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23.役所にて

 役所に着くと、リフは窓口を素通りして奥のドアを開けた。他の目が少し気になるが、ポーリーンも黙って後をついていく。

 いくつかの部屋の前を通り過ぎ、一番奥の扉の前でリフはノックした。


「リフです、入ります」

 どうぞの声を待たずに開ける。慇懃無礼なほどに礼儀正しいいつものリフからは考えられない行動に驚きながら、彼の背中越しに中を覗いた。


 そこは応接間だった。ソファセットが置かれ、観葉植物がいくつか。横にはデスク。

 じっと考え込んでいる様子のクロードが座っていた。テオドールはいない。


「クロード?」

「! ……ポーリーン、店はいいのか」

 甘く眇められた瞳に微かにほっとして、頷いた。

 クロードに慌てている様子はない。ということは、焦っても仕方がないか、もしくは焦る必要がないか。

 ソファを勧められたが断って、帽子を外して胸に抱えた。


「テオが、テオドール侯が拘束されたというのは?」


 静かな室内に、ポーリーンの声が響く。

 クロードは、「拘束?」と呟くと、リフをちらっと確認した。無表情の侍従の様子に目を瞑って低く唸ると、「どこから話せばいいか」と呟き、姿勢を正した。


「まず、役所の外、ありていに言えばホイットモー家にはテオドールの現状については何も連絡をしていない。自宅に戻すことが物理的に出来ないことと、捜査への協力を取り付けるためだ」

「まどろっこしい言い方……クロードらしくない」

 大人らしいだろう? とわざとらしく無理に笑う彼に、ポーリーンは焦れて尋ねた。


「何の捜査です」

「遺体の身元調査と、誘拐だ」


 どく、と心臓が一つ高鳴った。


「遺体……、誘拐? テオドールが、犯人だと……?」

「そうは言っていない」

「遺体、とは? テオの遺体というわけではないでしょ?」

 く、と笑ってクロードは首を振る。

「遺体を拘束はしないよ、ポーリーン、お馬鹿さん。彼は、……無事と言えば無事だ」


 クロードは手帳を取り出し、眼鏡をかけた。めったに見ない仕事仕様の姿に懐かしさと共に緊張を覚える。

 いつの間にか、リフがコーヒーを準備していた。ふわりと、場違いなほどにいい香りが漂った。

 

「順を追って話そうか。

 まず、発端は11日前の夜のことだ。ポーリーンの店の、開店前日だな。その夜に、テオドール侯は町の外れにある、ほぼ廃墟となっている家を訪れたようだ」


 また明日、と言って別れたあの後に、テオドールはそんなところへ行っていたのか。いつも調査だ何だと飛び回っていたが、ポーリーンは彼がどこへ何をしに行っていたのかをよく知らない。調べた結果のみを聞くだけだったことに、いまさらながら悔やまれる。


「そして、そこでグレイル氏と遭遇した」

 グレイル。聞いたことがない名前だ。

 ポーリーンの表情からそれを察し、クロードは頷いた。

「知り合いではないぞ、ポーリーン。この町の者でもない。隣の町の住人だ」

「隣町の住人が、なぜここの廃墟に?」

「妻が住んでいた、と言っていた」

 別居していたということか。無い話では無いけれど。

「……廃墟だったのでは?」

「厳密に言うと、廃墟に近い家、だな。グレイル氏はそこに住んでいた女性に会いに来たと言っていた。が、そこでテオドール侯と鉢合わせし、刺した」

「刺した!?」


 びっくりして椅子を思わず蹴ってしまい、その音に驚いたクロードがコーヒーを倒した。リフが慌てて拭き掃除に入るが、もちろんポーリーンを睨みつけるのも忘れない。

 けれど、そんなことに気を取られている場合ではなかった。


「刺した、というと!? テオが刺されたの!?」

「あぁ、まぁ落ち着け。一週間ほど傷からの熱で朦朧としていたようだが、今はもう命に別状はない。役所隣の診療所で治療中だから、あとで会いに行ってやれ」

 

 ほっとして、崩れるようにその場にへたり込んだ。

 10日間も顔を出さないなんて、と思っていた裏でそんなことになっていたなんて。

「拘束と言われた時も驚きましたけれど、刺されて一週間意識不明に近い状態だなんて……」

「そんな風に取り乱すと思ったから、敢えて伏せておいたんだ」

「どっちにしても取り乱しますわよ! ……で、刺した男はどこに行ったのです」

 一段声を低くしたポーリーンに、クロードは細く息をついた。

「それがまた問題でな。錯乱状態で話ができる状態じゃない」

「というと?」


「どうやら、テオドール侯が自分の妻を攫ったと思い込んでいる。身重の妻を攫った悪人だ、引き渡せ、とそればかり叫んでいて話にならない」


 以前、テオドールが言っていた。身重の女性を探しているという男の存在を思い出す。

「グレイル氏が言うには、一年程前に妻が身重のまま家から攫われた。あそこの廃墟に住んでいることを突き止めたが、攫った犯人しかおらず、妻がいないと」


 一年前に身重だった女性が、今もまだ身重なわけがない。どこかですでに出産しているだろう。

 テオドールがあの家にいた理由、身重の女性を探していた男、いろいろが繋がるような気がした。詳細は、テオドールから聞くのが一番早そうだ。


「テオは今はもう、話ができる状態です?」

「あぁ、無理をさせなければ」

「わたくし、そちらへ行っても?」

 クロードは黙って、その場で一筆書いてくれた。

「隣の診療所の女性に渡すといい」

「……ありがとう、クロード」


 くしゃっと笑って、クロードは手を振った。

 ポーリーンも、笑顔で頭を下げて、リフにも会釈して部屋を出る。

 急がないと。



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