22.テオ、拘束される!?
おかしい。何の連絡もないのはさすがにおかしい。
開店してから10日、あれだけ張り切って資金提供を申し出てオーナーとなってくれたテオドールが、何の音沙汰もない。来店もしないし伝言もない。ありえないのではないか。
「お客様、増えてきてくれましたね!」
ジョアンは嬉しそうにサンドイッチを焼きながらにこにこしているし、ユーゴも忙しくおしぼりを渡すのに奔走している。リュカはクロエと、店の中が見える部屋で落ち着いて過ごしている。
皆、店を一生懸命切り盛りしてくれているし、客足も順調に伸びているのに、どうしてもポーリーンの気持ちは晴れない。
そして、今日はクロードも来ていない。別に特に用事があるというわけではないけれど、落ち着かない。
どうしたのかしら、と嫌な予感がどんどん膨らんでいく。実家でなにかがあったのか。であれば、リュカにも分からないということはないだろうし。
もやもやしていると、ドアベルが音を立て、男が駆け込んできた。
「あ、いらっしゃ、……リフ!?」
はっとして反射的に挨拶をして見ると、クロードの従者が珍しく息を切らせて立っていた。
思わず身構えるが、彼の表情はどこか焦っているようで、ポーリーンを見ると襟を直して息を整える。
ユーゴに差し出された水を一気に呷ると小さく礼を言い、リフは客の視線に気付くと愛想良く会釈をしながらポーリーンに近付いてきた。
「公爵様なら今日はまだ、」
言おうとするポーリーンに手をかざし、言葉を遮る。
そして、ゆっくりと声を潜めて言った。
「テオドールさんが、拘束されました」
「!?」
ひゅ、と息を呑む。大声を出さなかったのが奇跡だった。
リフの言葉の意味を反芻するように視線を泳がせるポーリーンに、彼は続けた。
「クロード様が、役所にてご対応中です」
「やく、しょ、」
テオが、拘束された。
何をしたというのか。悪いことなどするはずも無い。ここに来てから、ずっと一緒にいた。
最近は見ていないが、それでも悪いことをするような人間ではないことを、ポーリーンは知っている。
混乱するポーリーンの手のひらを、きゅっと握る小さな手。ユーゴが不安そうな目でポーリーンを見上げながら、手の甲を宥めるようにぽんぽん撫でていた。
心当たりがあるとすれば、この子とクロエか。誘拐犯として?
だったとしたら、どうしてテオドールが? ポーリーンではなく?
それとも、調査を頼んでいたから不審者扱いで? あの思慮深いテオドールが、不審がられるような手段を取るだろうか。
とにかく、ここでこうしていても仕方がない。考えても詮無いこと。
「わたくしも行きます。どこです?」
「いや、公爵はただ、テオドール侯の拘束の事実のみを奥様に伝えろと。解決の芽が見えましたらご連絡をいたしますので」
「待っていられますか!」
ここは公爵領。公爵であるクロードが何とかすると言うなら何とかなるのだろう。でも、ただ待っている事などできるわけが無い。
10日間、顔を見ていない。
ただ無事を確認したい。
店のことはジョアンに任せ、不安そうな顔をしているユーゴを一度きつく抱きしめてから帽子を被った。リュカに、テオドールが拘束されたらしいことを説明すると、自分も行くと言いかけたが、
「――ポーリーンさん、任せてもいい?」
と我慢してくれた。青ざめた表情でクロエを抱えたまま、リュカはポーリーンに侯爵家の紋章の入った手帳を渡してくれた。「役に立つかはわからないけど」と。
短く礼を言い、何かわかったらすぐに連絡する、と言い置いて外に出た。
リフは、出てきたポーリーンを見るとわざとらしく笑顔を作った。
「馬車を呼びますか? 顔色が悪いですが」
「大丈夫。歩いた方が早いでしょう?」
「倒れても知りませんよ」
「……」
早足のリフについていく。彼は、ポーリーンが女性であったとしても足を緩めたりなどしない。気を遣うのは主人であるクロードにのみだ。そんな、彼のはっきりした性格は嫌いではない。人格を全体的に言うと大嫌いだが。
リフはじっとポーリーンの顔を見ている。
「……なんですか」
無視しようと思ったが、穴でも空くのではないかと思うほど見つめられ? 睨まれ? ているのは鬱陶しくて訊いてみた。リフは少し考えるように間をおいて、ぽそりと言った。
「クロード様が、テオドール侯と貴女の仲を裂くため拘束したのだ、とお考えですか」
「なぜそんなことをおっしゃるの?」
ポーリーンの反応に、リフはきょとんとした顔をした。
「そんなこと、思ってもみませんでしたわ」
「そう、ですか?」
「クロードがそのようなことをするわけがないでしょう」
クロードは馬鹿でどうしようもない男だが、私情を挟んで公権力を振りかざしたりはしない。……愛人を匿うときには私情のみだったが、公権力ではなくほぼ拝み倒しだったようだし。
「とにかく、状況は分からないけれどクロードが状況を把握しているのでしょう?」
「えぇ」
「だったら、安心だわ」
「ならなぜ急ぐんです」
分かっているくせにしれっと訊いてくる。こういうところが苦手なのだ。ポーリーンは答えずに、転ばずに歩くことに専念することにした。
「でも、よかった」
リフの独り言のような小声が聞こえて、思わず聞き返した。
「何がです。よかったことなんて何も、」
「貴女に、クロード様のことを信じてもらえていて」
リフを見上げると、彼はポーリーンの視線から逃げるように顔を背けた。垣間見えたその横顔は今まで見たことがないくらいに穏やかなもので、クロードに対する敬愛が分かるようだった。
リフは、公爵家に対する忠誠心が強すぎるためか、度々他人の気持ちを試すような言動をする。それを毎回クロードにも窘められているのに、どうして直らないのか。
相変わらずね、と短くため息をつき、さらに足を速めた。
とにかく、テオのもとへ。




