21.待ち人、来ず
それから一週間。
時間はまちまちだったが、クロードは毎日やってきた。朝来たり、夕方来たり、昼からずっと閉店までいたり。
一人でぼんやりしていたり、書類を眺めていたり、とここでのゆっくりとした時間を楽しんでいるようだった。
「公爵様?」
「ん? 何かな?」
「家に帰らなくてよろしいの?」
公爵の私邸からここまでは相当の距離がある。毎日行ったり来たりしているわけはもちろんない。連日、どこかに宿を取って泊まり歩いている。と、リフがぼやいていた。リフももちろん、クロードの巻き添えを食っているので帰れていない。
「家に帰っても、よいことがないからね」
「ここにいたって、別に……」
「ここには美味しいコーヒーと愛しい妻がいる」
「はいはい」
すでに、そうやってポーリーンをからかうのも持ちネタのようになっている。冗談とも本気ともつかない調子で言われる軽口に、むっとするよりむしろ笑ってしまう。
(公爵家で暮らしていたときよりも、ずっと自然な会話が出来ている気がするわ)
周りのお客達も、微笑ましげに店主と公爵のやり取りを眺めていた。
そういえば、と。
ポーリーンはここ最近集めた女性の自己紹介カードを奥から持ってきて、公爵の前に広げた。クロードはにこにこしながらそれを端から見ていく。
「本当に女性を紹介してくれるんだね、ポーリーン」
「えぇ。公爵様に紹介してもよい、と言ってくださった方のうち、貴方のお好きそうなかたを選びましたの」
「ふーん……」
一枚一枚手に取り、笑顔を崩さないクロード。
どのカードも目を通し、穏やかに頷いている。長い睫毛が、男性にしては滑らかな肌に影を落としている。
クロードはカードを丁寧にめくり、甘く目を細めた。
「素敵な女性ばかりだ」
「そうでしょう? どなたか、お会いになります?」
「私と会ったことのある人は、いるかい?」
「えぇ、何人かは直接ここですれ違っているかと思いますよ。公爵様は毎日ご来店くださるから」
「そうか。気付かなかったな」
気のない様子でそう呟くようにいう。
とんとん、とカードを揃えて横に置き、クロードはコーヒーを一口飲んだ。
「……ポーリーン、私は会いたい人がいる」
この中のどなたかに? と思ってカードの山に目をやるが、クロードはそちらを一瞥もしない。
「会いたい人……どこのご令嬢です? お呼びしますわよ」
「テオドール侯に」
彼の口からゆっくりと出た名前は、開店からずっとここに顔を見せていない男の名前。
忙しいのか、どこにいるのか、今何をしているのか。オーナーなのではなかったのかしら。
現在の様子がまったく分からないまま、連絡もないままのテオドールの名前がクロードから発せられたことに驚き、ポーリーンは動きを止めた。
そんなポーリーンの様子に、クロードはくしゃっと笑う。
「君も、会いたそうだね」
「え、あ、いいえ? た、ただここのオーナーですのよ、テオドール侯は。なかなかお忙しくて顔を出されませんけれども」
「君にそんな風に待たれている男と、ゆっくり話してみたいんだ……ゆっくりとね」
クロードは、このところずっと落ち着いている。
今こそ女性の影をちらつかせてくれればいいのにそれもなく、ただこの店に来て過ごす。
ポーリーンに軽口を叩くことはあっても、帰ってくるように要請するわけでもなく、愛を囁くわけでもない。
そして、テオに会いたいという。
意図が読めない。
会わせていいものなのかどうかも、判断できない。力のない優男であるクロードは、まさかテオドールに乱暴を働いたりはしないだろうけれど。乱暴したところで受け流されて終了だとも思うけれど。
「テオに会ったら、お伝えしますわね」
そう言うと、クロードはにっこり笑った。




