17.テオと、ふたりで
翌日。
出かける準備をし始めようか、としていたところにドアチャイムが鳴った。
「はいはー……リュカさん!」
「おはようございまーす! ジョアンさん元気? 兄さんいる? ポーリーンさーん!!」
朝からハイテンション過ぎる明るい声とともに入ってきたのは、リュカだった。昨日の今日でもう呼んだのか、とテオドールを見ると、驚いた顔で首を横に振っていた。
「どうしたのリュカ、どうしてここに?」
「ポーリーンさんに会いたかった!」
えへへ、とあざとさすら感じる表情で笑い、リュカは「なんてね」と言った。
「会いたかったのはほんとだけど、ちょっと心配だったっていうのもほんと。あと、ジョアンさんのクッキーも食べたかったし」
「ヴァルターには言ってから来たのか」
兄の顔をしたテオドールに訊かれて、リュカは頷いた。
「もちろん! 父さんにも言ったし、母さんにも言った。母さんは怒ってたけど」
「そばにいた子供が次々と家を出たら、シンシア様だってそりゃ寂しいわよ」
「そうじゃなくて、兄さんの邪魔するなって」
「まぁ」
テオドールの顔を見ると、なぜか慌てたような顔をしていた。
「わたくしは、人手は多い方が助かるわ」
「そうじゃないけど、ならよかった!」
何がそうじゃないのか、よくわからない。12歳も年下のリュカの考えていることなんて、ユーゴの考えていることと同じくらい意味不明である。年の差ってつらいわ、とポーリーンは思う。
とりあえず、やってきたリュカに手短に説明することにした。
男女が出会う場になるようなカフェを開きたいこと。
そのために、街のことをよく知る必要があること。
ユーゴとクロエのこと。二人を知る人を探したいこと。
ポーリーンが仕事中に、ユーゴとクロエと遊んでくれる人が欲しいこと。
「だったら、僕が来てよかったよね! 意外と強いよ、騎士団と訓練もしてるし。僕が一緒だったら、外に出ることだって、」
「それはやめておいた方がいい。不審な男がうろついているという話がある」
「捕まえようか?」
「そういう不審者とは違うのよ……説明しづらいけれど、なるべく家の中で遊んでいてほしいわ」
「了解です」
軽く答えて、リュカはユーゴのほうへと歩きながら振り返った。
「あ、そうだ!」
「なぁに?」
「そのカフェで、僕にも恋人見つかるかな」
「まだ16じゃない、早いわ」
「ポーリーンさんだって、結婚したの18だし。ベルタだって、結婚したの17だし」
可愛い子いるかなー、とうきうきした様子のリュカを見て、テオドールは深くため息をついた。
「テオ?」
「……出掛けましょうか」
三男坊といると疲れるようだ。長男は気苦労が多くて大変ね。デートついでに気分転換もさせてあげないと。
テオドールとふたりで街を歩く。
まずは、ポーリーンが開きたいカフェにコンセプトが似ている店を探して入ろうか、ということになった。
大勢の人が行き交う往来で出来る話には限りがある。静かに話が出来そうな落ち着いたカフェを見つけることにした。
「とはいっても」
あたりを見渡して、ポーリーンはちょっと息をついた。
「そう思って探すとなかなか見つからないわね」
食事のボリュームがすごいとか、子供連れでも入りやすいとか、そういった店はよく見かける。けれど、デートによさそうな、雰囲気のある佇まいの店はすぐには見つからない。
「なかなかないということは、出店したら流行るのでは?」
「需要がない、ということも考えられるけれど」
まぁ、ポーリーンの店のメインコンセプトは別にあるのだし、そこはあまり重要視しなくていいかもしれない。
結局、小さな喫茶店に入ることにした。メインストリートがよく見える、照明が薄暗い店の窓際隅を確保して、紅茶とケーキを注文。
メニュー表をじっと見つめているポーリーンの耳に、
「初めてだ」
とテオドールの独り言が聞こえてきた。
「初めて?」
「え、」
聞かれていると思っていなかったのか、彼は恥ずかしそうに口を大きな手で覆い、目を逸らした。
そのまま、独り言よりも小さな声で、呟いた。
「……こういう店に、女性と二人で来るのは初めてで」
「まぁ……テオが?」
「どういう意味です?」
照れ隠しのようにこちらを睨む目が可愛らしく思えて、ポーリーンは吹き出した。
「いえ、だって……テオドール=フォン=ホイットモーがそんな可愛らしいことを言うなんて!」
「フルネームはやめてください」
恥ずかしそうに視線を伏せて、ごまかすようにメニュー表を見始めたテオドールの、ページを繰る長い指を見つめた。
ポーリーンだって。考えてみたら、そうだ。
「わたくしも」
「?」
「こんな風に喫茶店で向かい合って、男性と過ごすのは初めて」
「!」
はっとしたように顔を上げたテオドールと目が合った。
どうしてそんな目で見るの、と言いたくなるような熱い眼差しに急に気恥ずかしくなって、ポーリーンは窓の外に目をやった。
「本当よ。……クロードとはそういう時間はなかったし」
「そう、ですか」
窓の外を歩く人を見ている視界の端で、テオドールが自分のことを見つめているのを感じる。
視線が触れている肌が、ぴり、とするくらいの強い目。
「ポーリーン」
普段よりひときわ低い声で呼ばれる。
切れ長の目に自分が映っていることに、どきりと胸が鳴った。
 




