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14.不在の夜と、不穏な噂

 その夜、クロードは訪ねてこなかった。夜会へ誘うのは諦めたのだろうか。本人も欠席にしたのだろうか。

 屋敷へは帰ったのだろうか、ここの街へとやってきたのは夜会への出席が目的だったのだろうから、さすがに戻っただろう。


 それとも。


「わたくしを、本当に連れ戻そうと……?」


 口に出してみる。が、あまり心は動かなかった。考えても仕方がないこと、それに戻る気にはとてもならない。

 今、頭の中を占めているのは新しい居場所にするためのカフェのこと、それからユーゴとクロエのこと。


「お嬢様、今日オクレール公爵様にお会いしたとか?」

 ジョアンが世間話のようにそう話しかけてきた。

「えぇ。人形の新店舗にやってきたわ」

「ユーゴが撃退したんですか?」

「ユーゴに聞いたの?」


 ふふふと笑って、ジョアンは隣の部屋で赤ちゃんを眺めている少年を見つめた。

「ポーリーンを、おじさんが追いかけてきたって。おじさん……ふふふ、社交界きっての伊達男も、子供からしたらおじさんですって!」

「笑いすぎよ……わたくしもジョアンも、そんなに年は変わらないでしょ?」

「4歳違ったら、生まれた子供がユーゴくらいになりますよ!」


 まぁそうかもしれないけれど。

 クロードの顔を見てからちょっと沈みそうになっていた気持ちが、ジョアンの明るさで引き上げられる。


 そういえば。


「テオは?」

「先ほど、外に出ていかれましたけど……行き先をきいてないんです?」


 どこにいったのだろう。

 今日はもうクロードは来ないだろうし、外はすっかり陽が沈んでいる。あとは寝るだけではあるけれど、昼間のことを思うと今夜はテオドールにもここにいてほしかった。

 心細いなんて思っている場合ではないのに。


「ジョアン、わたくし今夜はちょっと遅くまで起きているけど、」

「はい、子供たちは私にお任せください! ユーゴ、クロエー! お風呂に入りますよー!」


 一日中元気なジョアンにほっとしながら、ポーリーンはテオドールに渡された契約書を広げた。


 借主の欄にテオドールの自筆のサイン。

 性格を表すような、綺麗な流れるような文字を指でたどる。

(そういえば、クロードは字が下手だったわ)

 手紙を代筆したことも多々あった。そうするたび、妻である自尊心が芽生えたものだ。公爵夫人だった自分。

 公爵夫人ではなくなった今の自分。


 身軽になった今、新しい出会いが自分にもあるだろうか。

 思いつくままにジョアンの得意な軽食やデザートをノートに書き連ねていく。

 ジョアンの意中の人が、カフェに来てくれるお客の中から見つかるだろうか。

 飲み物、グラス、皿、装飾、気の向くままに描いていく。


 カフェが開いたら、クロードも立ち寄るだろうか。

 ユーゴを知る人も、訪れるだろうか。

 

 ――テオドールにも、良い人が現れるだろうか。


 カタン、とペンを置いて大きく一つ息をついた。


◇ ◇ ◇


 ユーゴの肌は、日に日に健康的に輝いていく。小枝のようだった手足も、はつらつとした少年のそれになっていく。

 クロエも日を追うごとに大きくなってくるようで、子猫のように小さかった声もよく出るようになってきた。

 引き受けていたオープニングセレモニーも無事に盛況のうちに開催し、その後はカフェの開店の構想を練りながら穏やかな日を過ごしていた。


 ひと月が経とうとしていたある日。

 それは突然訪れた。




「……赤ちゃんを探している男がいました」

 いつもより早く帰宅したテオドールは、帰ってくるなりそう言うと、椅子に座って考え込むように目を伏せた。

「赤ちゃんがいなくなってしまった、ということ?」

「それだったら話は簡単なんですが、……」

 どう説明したらよいかと悩むように、言葉を探すようにゆっくりと瞬きをして、テオドールはクロエを寝かしているゆりかごを見つめる。


「役所に探し人の情報が出ている、ということではないのが怪しいんです」

「個人的に探しているということかしら」

 そうですね、とテオドールは頷く。

「しかも、男の子か女の子かということを言わないんです」

「どういうこと? 赤ちゃんを探しているのなら、それが一番の重要な情報よね」

「はい。……生まれて半年くらいの赤ちゃんを探している、としか言わないんだそうです」


 聞いたところによると、その男は30歳くらい。北の方の訛りのある中肉中背の男で、やつれたような顔をして探し回っているようであり、店で尋ねていることもあれば、行き交う人をじっと見つめていることもあるとのこと。


「この町の住民ではなさそうで、保安官も注意して見ているとのことですが」

「……クロエを探している、のかしら」


 生後半年、クロエはちょうどそのくらいだ。

 首も据わり、だんだん一人で座れるようにもなってきた。……まだころんころん転がっているけれど。


 どきんどきん、と胸が鳴る。

 その男に会わなければいけないような、会いたくないような、複雑な気持ちで胸が騒ぐ。

 ポーリーンの様子を見て、テオドールは「でも」と穏やかに言った。


「まだ何とも言えません。違うともそうだとも。赤ちゃんの性別を言わない、ということは、その男も性別を知らないのかもしれない。それに、ユーゴ……少年を探してはいなさそうなので」

「そう、……」


 ユーゴとクロエが一緒のところから逃げ出してきたのであれば、少なくとも「少年と赤ちゃん」とセットで探すだろう。少年のほうが、うろうろしていたら目につきやすい。二人を探すのであれば、少年に対する目撃情報を得る方が確実だ。



 心配そうにそばに来たユーゴを抱きしめる。

 なんにしても、外を怪しい男がうろついているということに変わりはない。気を付けるに越したことはない。



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