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13.それぞれの、居場所を

 家に着き、ユーゴをベッドに寝かせてジョアンに任せた二人は、リビングに移って一息ついた。

 テオドールから渡された契約書をテーブルに広げて、ポーリーンは細い指を組んだ。


「テオ」


 声をかけると、テオドールは軽く姿勢を正して眼だけで返事をする。

「この件、とてもありがたいけれど」

「ポーリーンは、自分自身の、自分だけの城を持ちたかった、ですよね?」


 その通りだった。

 どこかできちんと働いたこともなく、親の手伝いや友人の手伝いくらいしかしたことのないポーリーンではあるが、自分だけの居場所を作りたかった。

 自分の力で運営し、ジョアンと自分、……願わくばユーゴとクロエの家となる店。


 テオドールが見つけてきてくれた場所は、確かにとても魅力的でこれ以上望めないくらいの良物件だった。2階3階は居住スペースになっており、住むにも貸すにも広々していてよい。

 ただ、借主がテオドールとなってしまっていることが気になる。


「確かに、店を構えるには資金が必要よ? 当然、それはわたくしの力で集めようと思っているの。父に頼るのも最低限にしたいと思うわ」

 言外に、父よりも関係の薄いテオドールには頼らないつもりだと匂わせて、ポーリーンはじっと彼の目を見つめた。

 テオドールは真剣な眼差しで、頷いた。

「わかります」

「時間はかかるかもしれないけれど、わたくしの希望の店を構えるためにはいくらでも頑張るつもり」

「それも、わかります。……だから、これは私のわがままだと思ってください」

「え」


 静かな声音でそう言い、テオドールは組まれたポーリーンの指へと視線を落とした。


「新しい店を開くには、初期資金がかかります。それをどちらかから借りるおつもりですよね?」

「えぇ。信用できる貸金業者を探して、」

「だったら、それは私でありたい」


 意を決したように、テオドールはポーリーンの目を見つめた。


「他の人からは借りないでほしい。私がすべて用意したい。店も、家も、人手も。すべて私を利用してほしい」

「テオ、」

「――私のわがままです。きいていただけますか」


 一瞬、時間が止まったかと思った。

 目の前の青年から視線を外せない。

 これほどにまっすぐに見つめられたら、頷くしかない。と苦笑いするポーリーンに、テオドールは慌てたように付け加えた。


「も、もちろん、負担に感じさせるようなことはしません。オーナーは私、と言いはしましたが、あくまでも貸店舗。資金がたまったらあの物件をそのまま購入することも可能で、その際にポーリーンに名義を代えることも、」

「テオ」

「……はい」


 一生懸命取り繕うテオドールの言葉を遮ると、叱られた子犬のような顔をする。

 初めて、彼の年下らしいところを見た気がして、なんだかおかしかった。


「ありがとう。お言葉に甘えるわ、軌道に乗るまでは。でも、返済はきちんとさせていただきます」

「! ありがとうございます!」

「わたくしがお礼を言っているのよ」

「私のわがままですから」


 ポーリーンよりも嬉しそうに破顔するテオに思わず吹き出すと、テオドールは羞恥で目元を赤くして微笑んだ。


 そして、ポーリーンは書類を横に置いて切り出した。

「……今日分かったこと、聞かせてくれるわね?」


 テオドールは、「ユーゴ達に関係があるとは限らないのですが」と前置きして、胸元から手帳を取り出した。ジャケットの下のポケットに何でも入れる癖があるのか、さっきからいろいろなものが出てくる。


「まず、幼児の誘拐事件や失踪事件についてですが、こちらは変わらず、該当事件なしということで進展はありませんでした。ただ、町はずれのパン屋の奥さんが、『数か月前から続いていた廃棄のパン泥棒が、この数日来ない』と」

 ユーゴを捕獲した際の汚れ方や痩せ方を思い返すと、廃棄のパンを盗っていたとしても不思議ではない。この数日というのが、ここにユーゴ達が来た時と日程的に合っていれば、犯人はユーゴであると考えられなくもない。


「その奥さんが言うには、廃棄のパンだから持って行ってもかまわないし、盗まれたと思っているわけではないけれど、不思議だとのことでした。あとは、身元不明の女性の遺体が見つかったとか、身重の女性を探している男性がいたりとか、そのくらいです」

「……」


 身重の女性、と聞いてクロエのことが頭をよぎった。が、乳児とはいっても生まれたてという感じではなかったし、すでに生まれているのだから関係は薄いかもしれない。


「どう、なのかしら。どちらも、ユーゴ達と関係あると思う?」

「パン泥棒のほうに関しては、おそらく。けれど、パン屋の奥さんは誰が持って行ったのか見たことはないそうで。パンを持って行っていたのは少年だ、などの目撃情報があれば少しは違ったのでしょうが」

「ユーゴが話してくれるようになればわかるかもしれないけれど」

「そうですね……」


 そもそも、話してくれるのであれば、すぐに元居た場所に返せるのだ。

 とはいえ、ユーゴにその気がないのに無理に調べて戻すのは良いことなのだろうか。世間一般的にはもちろん、戻すべきなのだろうけれど。


 深くため息をついて、ポーリーンは呟いた。


「ユーゴは、わたくしのところにいたいと言ったわ」


 自分の居場所は自分で決めていい、とユーゴは言った。

 だから元居た場所を離れて、ここに来たのだろう。あんなに小さな少年が家を離れるというのは相当勇気がいったことだろうに。考えれば考えるほど、切なくなる。


「ユーゴの、それからクロエの居場所を作ってあげたい」

「それは、」

「勝手にできることでないことはわかっているの。だから、親か……少なくとも、元居た場所を探して、それから正式にユーゴをいただきたいと話したいの」

「犬猫とは違いますよ」

「わかっているわ」


 子育てをしたことがない自分にはできないと思っているのだろうか、と少し腹が立った。

 けれど、テオドールの真剣な目は、侮っている様子は微塵もなく、ただ心配しているような穏やかな色をしている。


「でも」

「私にも、手伝わせてくださいね」


 そう言って、やはり穏やかにテオドールは微笑むのだ。



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