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12.どうぞ、一緒に

 自分の居場所、とユーゴは言った。

 ここに来る前の生活がどのようなものだったのか、まだ話してはくれないが。ここにいたいと言ってくれるのは素直にうれしい。


(どうしたらよいのかしら)

 手にした作業用リストの上を目が滑る。内容がなかなか頭に入ってこなくて、作業がはかどらない。

(どうしたら、ユーゴとクロエを手元においておけるかしら)


 頼れば喜んで力になってくれるだろう権力者はいる。

 父親だって、きっといろいろ取り計らってくれるだろう。けれど。


 形になりかけた思考を遮るように、ドアベルが鳴った。

 どうぞと声をかけるよりも早く、駆け込むように入ってきたのは、今までになく取り乱したテオドールだった。


「テオ!?」


 いつも落ち着いているテオドールの慌てぶりに、ポーリーンは驚いて帳簿を落として駆け寄った。

「どうかしたの?」

「だいじょうぶですか!?」

「え、」

 両肩から腕までを数回ぱたぱたと撫でるように確認され、その勢いに呑まれてじっと身を固くした。

 テオドールはきょとんとしているポーリーンの表情に気付き、横のソファに座って同じように驚いているユーゴの姿を見て、大きく息を吐いて力を抜いた。


「――よかった」

「いったいどうしたの、そんなに慌てて……まさか、何か分かったの?」

「え?」

「?」


 今日もユーゴとクロエの件で奔走していたテオドールだったが、ポーリーンの問いの意味が分からないような顔をし、それからハッとして頭を下げた。

「すみません、驚かせてしまって」

「いえ、それはいいけれど」

「先ほど、この店のほうからオクレール公爵が出てくるのを見かけて、……」


 言いにくそうに語尾を濁し、「すみません」と再度頭を下げる。


 クロードから離れてここに移ってきたいきさつを知っているから、何かトラブルがあったのかと駆けつけてくれたのか。恥ずかしそうに小さくなっているテオドールに、思わず吹き出した。


「大丈夫よ、クロードはわたくしに危害を加えるようなことはしないわ」

「いえ、そんなことは心配しておりませんが、……」


 他に何の心配をしたのだろう。

 ちょっと待ってみたが、テオドールはそれ以上この件については触れなかった。


 気を取り直すように姿勢を正し、改めてポーリーンに向き直る。


「今日も役所の方へ行ってきました。が、状況は同じです。けれど、ちょっと気になる話を聞いたので」

 ちら、とユーゴのほうを見る。

「そちらは関係があるかもわからないので、後回しに」

 子供に聞かせない方がよい話なのか。テオドールの気遣いに、小さく頷いた。


「あと、これは差し出がましいかもしれませんが」

 上着の内ポケットから、折りたたまれた紙を取り出してポーリーンに差し出してきた。

 穏やかなテオドールの表情に、安心してそれを受け取り丁寧に開いていった。


「これ、」

「はい」

「すごいわ、テオ!」


 大き目の紙に記されていたのは、メインストリートの一角にある貸店舗の情報だった。

 広さや立地が申し分ない、カフェを開くにはまさに理想的な場所。


「わたくしの昨日の話を覚えていてくださったのね?」

「お気に召しました?」

「希望通り……いえ、それ以上だわ!」


 メイン通りに面してはいるが、多少奥まっているからテラス席も作れる。そばに競合しそうなカフェや軽食屋もなさそうで、雑貨やアクセサリー店が並ぶ一角であればそれこそ遊びに来ている若者が多数訪れる。

 今住んでいる家からも近く、広さも日当たりも問題ない。毎日そのそばを通っているのに、貸店舗情報が出ているのは気付かなかった。


 父が頼りにするのも頷ける。有能だ。 


 帰り道で物件の目の前を通って行こうと思うと、心が逸って自然と作業スピードは上がる。

 テオドールはポーリーンの姿を目で追いながら、ユーゴと何かを静かに話し続けていた。聞き耳を立ててみたけれど、テオドールの低い声は表通りから聞こえる微かな喧騒にもかき消されるほどで、ポーリーンの耳までは届かない。


 全て片付けたころには、ユーゴはすっかり寝入っていた。

 揺り起こそうとしたがテオドールに優しく制されて、ユーゴはそのままテオドールの背中へ。

「重くはない?」

「鞄より軽いくらいですよ」

 テオドールはポーリーンの荷物も持とうとしたが、それはさすがに断った。気さくに呼び、呼ばれるようにはなったが、考えてみれば相手は侯爵家嫡男。自分はすでに公爵夫人ではないわけで、荷物を持たせるなどおこがましい。



 大通りを、並んで歩く。

 夕方のメインストリートは賑やかで、みな足早に過ぎていく。テオドールは背中の少年を起こさないようにと静かに、ゆったりとした足取りでポーリーンの横を歩く。


「あ、ここね」


 テオドールが探してきてくれた物件の前で足を止めた。

 図面ではわからなかったが、壁の色や周りの装飾、どれを取っても華美すぎずに落ち着く雰囲気だ。

「お気に召しましたか?」

「えぇ、とっても」

「安心しました」

 にっこり笑って、テオドールはポケットから出した封書を差し出してきた。

「これは?」

「言い忘れてました。すでにここ、契約済んでます」

「え!?」


 慌てて封筒を開けて中を見ると、この物件の賃貸契約書の写し。店舗扉には、貸店舗の札の代わりに「準備中」の札がかかっていた。

「え、え、でも、」

「よく見てくださいね」

 上から順番に見ていく。

 

 契約日、住所、貸主、借主、……借主の欄に、テオドール=フォン=ホイットモーの文字。


「これ、」

「はい、私の名前で借りております」

「どうして!?」


 ちょっと困ったように笑んで、テオドールは言った。


「昨日の、ポーリーンの企画したお店がとても面白いと思ったので。オーナーは私。企画運営はポーリーン、というのはどうでしょう。資金面はすべて、私が工面します」

「で、でも、」

「だめ、でしょうか。……一緒に、やらせていただきたいのです」


 ポーリーンの瞳をまっすぐに見つめてくる瞳。寂し気に寄せられた瞳は深くて、思わずポーリーンは首を横に振っていた。


「いいえ、……でも、よいの? 成功するとは限らないのよ」

「成功しますよ」


 ほっとしたように笑い、背中のユーゴの位置を整えるために少し跳ねる。

「必ず成功します。必ず」

 この青年にそう言われると、安心感で胸が満たされる。

 背中で幸せそうに眠っているユーゴの、どことなく笑っているように見える寝顔を見ながら、「そうね」と呟いた。



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