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10.昔の華やかな生活も、色褪せて見えて

 翌日。

 父の店のオープンセレモニーまであと5日と迫っている。ただ、ポーリーンの事前準備としてはテオドールに昨日持って行ってもらったもので完了。


「あとは、セレモニー当日の動きを確認する必要があるの」

「うん」

 ユーゴと手をつないで大通りを歩く。

 帽子を目深にかぶって足元しか見ていない少年の視線を上げようと、街にあるいろいろなものを指さして興味を引こうとしたポーリーンだったが、二区画ほど歩いたところでそれを断念した。


 今日は、クロエはジョアンと家でお留守番。テオドールは用事があるということで、ポーリーンはユーゴとふたりでオープン前の店を確認しに行くことにした。

 ユーゴを家に連れて帰った時と逆の道のりを歩く。そばを馬車が通るたびにびくりと身体を震わせるユーゴを守るように、なるべく明るく声を掛けながら。


「あら、オクレール公爵夫人!」


 不意にそう声を掛けられ、思わず足を止めた。

 立ち止まったポーリーンを不思議そうに見上げたユーゴは、声をかけてきた女性の視線を避けるように視線を足元に下げた。


 明るく声をかけてきた婦人は、ポーリーンのそばまで来ると丁寧に会釈し、「ご無沙汰しております」と笑顔を向けてくれた。

「ごきげんよう、ジェンセン子爵夫人」

「珍しいですわね、こんなところでお会いするなんて! ……あら、そちらの少年は?」


 ジェンセン子爵夫人とは、夜会でたびたび顔を合わせていた。よく思い出してみると、日の高いうちに会うのはもしかしたら初めてに近いかもしれない。ギルフォード伯爵邸での結婚式には参加していなかった。

 よくいる、『位の高いものに媚びるタイプ』の女性である。ギルフォード伯爵嫡男も子爵よりは高位だが、おそらくガーデンウェディングという形式が気に入らなかったのだろう。何よりも高級な、格式のある、貴族的なものを好むご婦人だから。


 公爵夫人であった時分にはそのような人は周りにはいて捨てるほどいたため、別に苦も無くあしらっていた。

 今この状況ではあまり関わりたくない人種だ。

 とはいえ、無下にするのもよくない。


 ポーリーンは腰をかがめてユーゴに顔を寄せ、婦人を見上げてにっこりと笑んだ。


「可愛らしいでしょう?」

「え、えぇ、とっても!」


 それ以上の詮索は許さない、と言外に伝えたつもりだった。受け取ってもらえてよかった、と内心ほっとした。


「あ、そういえば」

 今思い出した、という風を装ってジェンセン夫人はポンと手を打った。

「今夜の集まりに参加されるためにこちらに来られたんですわね」


 クロードが手紙で誘ってきた、面と向かっては誘ってこなかった定例の夜会の話か。

 いつも参加しているそれのためだといえば、ポーリーンがここにいるのも分かる、と子爵夫人も納得してくれるだろう。


 だけど。


「実は、夜会に出るのはちょっと迷っていて」


 と、ポーリーンは弱ったような顔を作った。

 ちら、とユーゴと目が合ったので、子爵夫人に気付かれないように小さくウィンクした。


「あら、どうしてですの? ポーリーン様とお話し出来るのを楽しみにしておりますのよ!」

「ありがとう、でも、……ジェンセン子爵夫人とはここでお話し出来ましたし、なんだか最近体調が思わしくなくて」

 ほぅ、とため息をつくと、婦人は「あらあら」とわざとらしく困ったような仕草でポーリーンの腕に手を添えた。

「無理はいけませんわ。夜会など、いくらでもありますもの! それに、公爵夫人主催の夜会も楽しみにしておりますの」

「えぇ、そうね……いずれ、またその時には声をかけさせていただくわ」


 いずれなんて来ないけれど、と心の中で付け加えて。

 子爵夫人に背を向けて歩き出すと、ユーゴが軽くポーリーンの手を引いた。

「?」

「やかい、ってなに?」

 不安と興味の入り交じった表情が可愛らしくて、笑みが漏れる。

「夜、食べたり踊ったりお話したりするのよ、大人がたくさん集まるの」

「たのしい?」

 楽しいと思っていた日々を振り返り、じっと自分を見上げる少年の瞳を見つめ、ゆっくり首を振った。

「今は、ユーゴやクロエ、ジョアンやテオとお昼におやつを食べる方が楽しいわ」

 ほっとしたように、ユーゴは「うん」と笑った。


 ユーゴと初めて出会ってからまだ3日足らずだと言うのに、この懐きよう。初日に感じたあの警戒心はどこに行ってしまったのか、というくらい。とはいえ、知らない言葉や人通りの多い道への警戒は解いていないようで、徹頭徹尾誰とも目を合わせないようにしながらも注意を怠らない。


 昨日もまだ、探し人の情報は出ていなかったとテオドールから報告があった。

 こうして街中を歩くときには少年の本名を呼んでいないため、万が一知り合いに見られたところで即気付かれるということはないだろう。初めて会った時とは服も違う、薄汚れて逃げまどっていた彼は、今は見違えるほど綺麗な少年になっているし。


 ユーゴは、ぽつりと呟いた。


「夜のおでかけは、あぶないよ」


 独り言のようなその言葉に、そうねとだけ応えてユーゴの手をぎゅっと握りしめなおした。

 元々行く気のなかった今夜の会合だったが、仮にクロードが直接誘いに来たところで行けないだろう。小さな子供を家に残して、踊ったり笑ったりする気にはなれない。


(これが、母親の気持ちなのかしら)


 そう思うと何だかひどく嬉しくて、この手を離したくない、と強く思うのだ。


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