ちがうよっ!!
「戦争っ!? この冬場に我が国がですかっ!?」
信じられない展開が起きていた。
我が祖国、傭兵王国ドラゴニオンが隣国ホドイスと戦争を始めたというのだった。
「バカなっ!? そんなことはありえないっ!」
僕は、前後不覚になるほどの眩暈を覚えて椅子の背もたれに身を預けた。ズルリと肩が背もたれを滑り落ちるほどの脱力感だった。そんな僕に師匠・魔神フー・フー・ロー様は「落ち着け! いかなる時も冷静さを忘れるな」と、叱咤する。
でも、僕はそれでも頭の中を整理できずにうわ言のように力なく呟いてしまうのだった。
「バカな・・・・。急すぎる・・・。
この冬に戦争をするような蓄えなんかどこにもないじゃないか。」
そう、ドラゴニオン王国だけの話ではないが、災いの神ドゥルゲットの予言の一つ、小麦が麦角菌に汚染される大異変が起きた。(※第29話参照)
その為、世界は多くの小麦を廃棄する事態となった。ドラゴニオン王国は僕の進言もあって、世界に急を知らせたお礼に多くの小麦を国々から頂いたが、それでも戦争できるほどの余裕はないはずだ。
冬の戦争は悲惨だ。雪が降り、夜に凍えて凍死しないようにテントがいるし、焚火の薪が大量にいる。装備も防寒の衣服を着こんで、装備重量が上がる上に動き難くなる。つまり兵士の負担が上がるというわけだ。暑い夏場の戦争も地獄だが、冬場はそれ以上に地獄だったのだ。だから、僕には、この事態が信じられなかった。
「バカな・・・・。あの思慮深い父上が何故、そのような無謀なことを・・・・。」
僕がそう呟いたとき、師匠は酒を飲み干したジョッキを勢いよくテーブルに振り下ろす。
ガンッという音に僕の体は硬直してしまう。
「バカはお前だっ!!
お前の父親ミカエラが、考えなしのそんな行動に出るとどうして思ったのだっ!!?」
確かにその通りだっ!! 僕はハッと我に返る。
「北部の戦闘で大量に死者を出したばかりか、南部の戦争にも多くの兵士を派遣している。
加えて大地震に大洪水。小麦の汚染。我が国に戦争をする余裕などどこにもない。父上がそんな戦争をするはずがないんだっ!!」
僕が冷静さを取り戻したことを確認した師匠は、大きく頷くとつまみの魚の干物を僕に食べるように差し出すと説明をしてくれた。
「この度の戦やドラゴニオン王国の状況を鑑みるにこれは災いの神ドゥルゲットの仕業と断定して良い。あの聡明なミカエラ王がこのような戦争を指示するわけが無いからな。
ミカエラ王を言葉巧みに操っているのか、民草を人質に取っていう事を聞かせているのかはわからぬが、傀儡王家となっている可能性は十分にあると思ってよい。」
説得力は十分にある。なにせ相手は師匠よりも高位の存在で、他の神さえ契約で従えている大物だ。いくら父上が聡明と言っても、そんな神を相手にどこまで抵抗できるかと言えば、かなり望み薄だ。師匠の仰る通り、残念ながら我が故国は既にドゥルゲットの言いなりとなっている可能性が高い。もちろん、父上には我が一族の守り本尊、バー・バー・バーン様がついてくださっているので、父上は無事であろうが・・・・。
「それにな。ジュリアン。
かの国にはドゥルゲット配下の神や精霊騎士が付いている。場合によっては、数か月を待たぬうちに終わる戦争やもしれぬぞ。」
師匠はゾッとするようなことを言う。
「恐らく、それはドラゴニオン王国にとってはいいことなんだろう。あの神はこの世に災いを振りまく厄災神だ。奴にとってドラゴニオンは外国を苦しめるに都合のいい道具だ。要するに戦争して隣国を滅ぼして回る。その時に数か国分の民が死に、苦しむ。そうなれば誰もがドゥルゲットの威光に恐れをなして信心する。そうして奴の勢力は大きくなっていくのだろう。」
僕は顎に手を当てて考えて、そして答えを出す。
「・・・つまり、ドゥルゲットにとって都合のいい道具のドラゴニオンは壊したくないという事ですね? 戦争で無駄減りさせるよりも大事に使う。それはつまり長い期間、世界はドゥルゲットの配下の神や精霊騎士の加護されたドラゴニオン王国の脅威にさらされることになると・・・・。」
一見すると、それはドラゴニオン王国だけは安泰のように見える。しかし、この世の中、そう甘くはない。多くの国を亡ぼすという事は、多くの恨みを買うという事だ。戦争で大事なのは完全勝利とは限らない。できるものなら和平交渉などで、支配下に置く方が楽なんだ。当国の自治は当国王家が一番事情を知っているから任せた方が楽で、宗主国は支配下の属国から税を取るだけでいい。そうすれば比較的恨みも買いにくく、なおかつ、人が死なない。
しかし、災いの神ドゥルゲットのやり方は違う。「滅ぼす」のだ。敵国を滅ぼし、多くを殺す。殺されたものは恨みを持って当然だ。多くの勝利を手にするものは、やりすぎないことが肝要なのだが。ドゥルゲットのやり方をすれば最終的にドラゴニオン王国は世界の敵になる。そしてその時、ドラゴニオンに立ち向かうのは、家族を失って亡命した遺族の集団だ。国を失い憎しみだけで戦う彼らは恐ろしい。命の投げだして復讐を遂げようとするものが幾万にもなって襲い掛かってくる地獄絵図となるだろう。それこそ、僕が父上に避けるべきことだと諫言したことなのに・・・。(※諫言とは、主君に注意すること。)
「このようなことが進めば、恐ろしいことになります。」
僕は未来を想像して声が震えた。
そんな僕に師匠は再び魚の干物を食べろと呑気な事を言う。
「まぁ、事はそう簡単には進まぬがな。ホドイスのような小国ならともかく、大国はドラゴニオンと同じように切り札として高位の存在を守り本尊として隠し持っている。ドラゴニオンもそうそう快進撃を続けられまい。そのうちに必ず戦火は停滞する。他国にドラゴニオンほど強力な守り本尊がいるかどうかは別として、そいつらのネットワークは恐ろしい。そうなると長期戦となる。まぁ、恐らく、このままでいくと100年続く世界大戦になるだろう。」
そこまで話すと師匠は、「いいから食えっ!!」とばかりに皿から魚の干物を一匹掴むと僕に差し向けながら言った。
「誰かが、これを止めぬ限りな!!」
僕は師匠の持つ魚の干物を受け取ると勢いよく噛みちぎり、食しながら頷いた。
やってやるさ!! 僕が戦争を止める!!
その為にも僕は力をつけなくちゃいけないっ! 龍退治なんかにいつまでも時間をかけていられるものかっ!!
僕が決意を新たにしたとき、師匠が「あ、そうだ・・・・。龍の事なんだがな・・・。」と、話を切り替えてきた。
「アレをお前たちが討伐するだけでは冒険者たちの現状を打破できないというのは正しい。
だが、アレは、大勢で戦わねばならぬ必要がある。そのために国は兵団だけでなく冒険者たちも雇うだろうな。
逆にいえば・・・・それだけ必要だという事だ。」
師匠はそこまで話すと、それ以降は、店の料理を食べようと言い出した。僕は3人娘を置いて食事を先に取る。神様のいう事には逆らえない。
師匠は目立つ。仮面をつけていてもその美しさを隠しきれない。だから、こんな普通の飲食店にいればなおのこと目立つ。
夕方に入る少し前の微妙な時間は夜の町に働く者たちが仕事前の食事をしに来る時間だ。そんなものたちにすれば、師匠の美しさには心惹かれるものがあるらしく、あっという間に僕達の席には勝手に相席してきた美女や美少年が座って師匠に甘えてくる。退廃的な衣装を着た美女や美少年が師匠を取り合っていがみ合ったりする光景は異様だ。
しかも、そのうちにあぶれた娼婦たちが僕にまで手を伸ばしてきた。
「あら、こっちの子もかわいいじゃないっ!!」
なんて言われて嬉しくないわけがない。とくに乳房がこぼれ落ちそうになっているほど胸元の開いた衣装の美女が僕の体にまとわりついてくる。そして「お安くしとくから、今晩どうかしら?」なんて尋ねてくる。その声に、吐息に。柔らかな肌の感触に。僕の体は反応してしまう。体の奥底から湧き上がってくる欲望が彼女を受け入れてしまいそうになる。
・・・・実は僕は、別れのあの夜から。男になったあの熱く甘い夜から・・・・・こういった刺激と誘惑に心と体が耐え切れなくなってきている。そして、その事を誰よりも僕は恥じているのだった。そして、その恥が僕の理性を支えてくれている。
「大変、魅力的なお誘いですが、心に決めた人がいるので・・・。」
と、僕は断ることが出来た。良かった。僕は未だ・・・・正常なんだ。僕は自分にホッとする。
しかし、そんな僕の気持ちも知らない娼婦たちは僕が断ると、娼婦たち同士で顔を見合わせてから、師匠を見て「ああ…ソッチの子?」と残念そうに呟くのだった。それから、美女たちは、暗黙の了解なのか自然と美少年たちと席を変わった。
「へぇ、君、カッコいいね。ねぇ、お安くしておくから、僕で遊ばないか?
ほら、僕って小さくて柔らかくて、可愛いでしょう? ねぇ~・・・。」
僕より若干年上の美少年たちが甘えるような声を上げて、手足を僕に絡みついてくる。
ち~~が~~~~う~~~~っ!!




