逞しいわけじゃないっ!!
「野生の龍は只の生き物だ。それを殺すために神である私に龍討伐の助力を願うのは違う。考え方を改めなさい。」
師匠・魔神フー・フー・ロー様は急に神らしい態度で僕達に説教をされる。僕とオリヴィアは、師匠に龍退治をお願いすることは断念せねばならなかった。
師匠が手を貸して下さらないという事は、僕達が自力で野生の龍を狩らなければならないことだが、敵はそんなに甘い相手には思えない。基本的には人間よりも強い。
しかし、個体差も大きく情報を集めないと、どれくらい強い龍なのかもわからない。だから、まず僕らがやるべき行動は龍の情報を集めることだった。
「ここは王都だ。今頃、国から龍に報奨金がかかっているんじゃないか?
町に行って情報を集めてくればいい。
お前もいつまでも親のスネをかじる真似をしていないで、自分で金を稼いで来い。」
師匠は、まごまごしている僕達を部屋から追い払う様に手でシッシッとジェスチャーする。これが師匠の優しさだという事はわかっている。僕達は師匠のアドバイスを受けて町で龍の情報を集めることにした。
「おい。お菓子は持っていけ!」
師匠は、僕らの分のお菓子を紙に包んで持たせてくれた。紙袋の中から焼き菓子の香ばしい香りがしていた。
宿屋を出たオリヴィアはほっぺを膨らませて、大きく足を振りながら往来を歩く。
「アドバイスするぐらいなら助力してくれてもいいのに、素直じゃないんだからっ!!」
しかし、怒っていながらも少しうれしそうにも見える。彼女が嬉しそうにしている理由はきっと師匠がくれた焼き菓子が思いの外、美味しかったからであろう。
しかし、これ。本当に美味しいな。大好きだった縁日のベビーカステラに似たサイズの焼き菓子だ。
オリヴィアだけでなく僕達3人で紙袋の中の焼き菓子の味に表情を緩めながら食べながら歩く。
「往来を食べ歩きなんて、行儀悪い真似するなんて思わなかったなぁ・・・。」
なんて言いながらも僕もこの焼き菓子の味に満足する。
「でも・・・。私たちは行商人としてやっていくなら、これ以上に美味しいお菓子を焼かねばなりませんね。」
ミレーヌは食べながら、少し暗い顔をする。いや、だから・・・・。
「そんなところで本気になってどうするの。僕達の本当の目的を忘れないでね。行商人じゃないよ!!」
「「はっ!!」」
自分の使命を思い出してミレーヌだけじゃなくオリヴィアまで我に返る。いや、ミレーヌはともかく、転生者の君は当事者なんだからね。お菓子焼くことに情熱燃やさないでね?
まったくもう・・・・。
そんな話をしながらも僕らは町の商工会役場にやって来る。ここに来れば、大体の情報は入る。
ただ、龍討伐の情報と言うなら、ここに当然、来ているはずの人物たちがいない。そう、冒険者たちだ。しかし、商工会の壁に貼られている龍の情報を見て、どうして冒険者がここに集めっていないのかわかった。
「酷い・・・・。安すぎるわ。」
ミレーヌは思わず不満を口にした。
龍討伐の報奨金は金貨5枚だった。
僕達は下々の者たちがどういう生活水準なのか知らないが、龍の討伐に僕の祖国だったら、金貨20枚は出す。それが金貨5枚とは。
しかし、役場の人間に尋ねても
「戦争に行ってもせいぜい一人金貨3枚の報酬だろう? 戦争で死ぬのも龍と戦って死ぬのも同じ命だ。それを龍討伐では5枚出すんだから、有難いと思ってもらわねばな。」
と、不満げに口にする。
確かに彼の言い分にも筋が通っているようにも感じるが、龍討伐に出て、誰も死なないのなら問題が無いが、タダで済まないのは火を見るよりも明らかだった。つまり、明らかにリスクの高さと報酬が見あっていないのだった。
「しかし、龍が相手では下手すれば、死人が一人二人では済まない場合がありますよ?」
僕が食い下がって尋ねると、役場の人間は「知らんよ、金を払うのはお上の仕事だ。それに冒険者が何人死のうが知った事か。」と、唇を尖らせて僕の前から立ち去っていった。
「そうか・・・・。この国は冒険者が出稼ぎして金銭を手に入れる国。
この国にとって冒険者は消耗品なんだ・・・・。」
僕はそこに気が付いた。そして、残酷すぎる現実に呆然とするのだった。
それから、僕達3人は、情報を求めて師匠と一緒に来た飲み屋を訪れる。そこは未だ昼だというのに、数人の客がいた。当然、冒険者たちだった。僕は彼らに意見を求めて歩く。
「龍討伐が金貨5枚とは無法ではありませんか? 冒険者さんたちはどうお考えですか?」
僕の質問は余に不満を持つものならば、必ず同意するであろう質問だったのに、冒険者たちの答えは意外なものだった。
「お前さんはよそ者だからわからんのさ。この国ではこれが当たり前なのさ。」
「これが普通だ。俺たちはこの国で定職に付けない外れ者たちだ。だから、俺たちはこの国では他国以上に安く見られるのさ。」
「そもそも、お前。俺たちがなんで冒険者になっているか知っているか?
家の出自が悪くて、自分たちが耕す土地を持っていないからだ。俺たちは生きるために冒険者になる以外に手はねぇんだ。」
他国でも冒険者は言って見ればカースト底辺ではあった。しかし、多くの冒険者を出稼ぎに出すこの国では、それはもっと輪をかけてカースト底辺らしい。
商工会役場での会話で僕はこの国で冒険者が消耗品扱いだと知った。そして、冒険者たちが教えてくれた情報からどうしてそのようなことが成り立つのか理解できた。
つまり、こういうことだ。
この国では土地を与えられない賤民が生きていくための職業として冒険者がある。彼らは別に冒険者になることを望んで冒険者になったわけではない。耕す畑も無く定住する場所もない彼らがつける職業は放浪の行商人や旅芸人、もしくは冒険者と言うわけだ。そして、彼らは賤民であるがゆえに消耗しても誰も文句は言わない。
どうりで師匠にあのような振る舞いをされても彼らは腹を立てなかったわけだ。彼らは虐げられ、踏みにじられることに慣れている。だから、どんなに惨めな扱いを受けても彼らは笑っていられるんだ。
後で知った話だが、この飲み屋の店主も元は冒険者でこの店は借屋という事らしい。彼らに定住の地はない。だから僕よりも幼い娘が体を売っていても店主は何も感じていないのだろう・・・。それが底辺というものなのだと、僕は思い知って胸が痛むのだった。
僕はあの夜、師匠が言った
「わかるか? ジュリアン。これが下々の者の生活だ。
この者たちは知っているのだ。金が無いと生きていけないことを。プライドよりも大切なものがこの世にあることを。
お前は今、見たはずだ。金の持つ力を。そして、力無き者たちの生き方を。」
と仰ったその言葉の意味を今頃になって思い出す。
そうだったのだ。師匠は僕にこの事を伝えるためにあのように無法な真似をしたんだ・・・・。師匠は僕に「この国の冒険者の」現状を伝えておられたのだ・・・。
しかし、ここに一つ疑問がある。
「・・・・・・・。もし、報酬が安くて誰も依頼を受けなかったならどうなるのです?
領民が疲弊することは国家の一大事。加えてここは王都だ。龍が出れば、王都へ直接被害が出る可能性も高い。国自体も困るだろうに・・・。」
僕の質問に冒険者の一人が答えた。
「そのときゃ、兵隊様のお出ましって寸法よ。まぁ、その時運が良けりゃ、俺達冒険者に「手伝え」って仕事が回ってくる。強制的な上に個別の報酬金に比べたらずいぶん安くなるが、それでも兵隊と一緒なら、いくら龍でも多勢に無勢。俺たちは比較的安全に日銭を稼げるって寸法さ。
だから、若いの。いいかい? 今は手を出す時じゃねぇ。ジッと待っているのが吉ってもんよ!!」
・・・・・・なんと逞しい事だろうか?
虐げられることに慣れている彼らは彼らなりの処世術を心得ていて、なおかつ、うまくお金を稼げる手立てを心得ている。僕は感心する以外ほかなかった・・・・。
店を出てから僕は興奮気味に彼らの逞しさについて雄弁に褒めたたえた。
僕の説明を受けてようやくオリヴィアも冒険者たちの逞しさを理解して、「凄い!! 凄いねっ!」ってはしゃいだ。可愛いっ!!
いや、それはさておき・・・。さっきからミレーヌの顔が曇っているのが気になるところだ。
僕がどうしたの?と、尋ねるとミレーヌは重い口を開いた。
「ジュリアン様。ジュリアン様は彼らが逞しいとお喜びですが、その逞しさは彼らが望んで手に入れたものでしょうか?
彼らは逞しいのではありません。そうしなければ生きていけないだけの事です。他の階級の人から見れば逞しいと思えるのかもしれませんが、人がプライドを捨てて生きていくという事がどれほど辛いという事か想像が出来ますか? 賤民の生活と言うものは、そんなに甘いものではありません・・・・。」
ミレーヌは悲しそうな目で空を見上げて言う。
「もし、私達がこのまま成り行きを見守って終われば、この国はこのまま変わりはしないでしょう。
でも、私達が龍を退治してしまえば、国にとってはそれで問題が無く、やはり何も変わりはしないでしょう・・・・。私たちはどうすればいいのですか?・・・・。」
ミレーヌの瞳には大粒の涙がこぼれ落ちそうなほど湛えられていた。彼女は空を見上げていたのではない。上を見なければ涙が流れ落ちるからだ。暗殺者の一族と言う賤民出身のミレーヌには冒険者の彼らの苦悩が痛いほどわかるのだろう。
僕とオリヴィアは、自分たちの浅慮を呪うのだった・・・・。




