だめですよっ!!
師匠は何と4時間近くぶっ通しで話し続けてこの国の説明をしてくれたのだった。しかも途中からはこの国の言語を織り交ぜながら話してきたのだから、たまったものじゃない。
しかし、その甲斐あって。僕は今日一日で簡単な会話だけならできるようになってしまっていた。
師匠の長演説の後、夕食を前に僕は師匠に連れられて繁華街にいく。
”僕は ” というのは、他の女の子たちは宿で留守番をするからだ。師匠は、僕だけを連れ出して繁華街に来た。他の女子は自分たちが戻る前に夕食は先に食べておけと、師匠は指示を出す。そして宿の者に女の子たちの分の食事を部屋に持ってこさせて僕達だけは外食するというのだった。
オリヴィアが「絶対にエッチな店に行く気だっ!!」と、猛反発したけれど、相手は自分の神。そういつまでも反発することも出来ずに、渋々留守番することになる。
そうやって僕は女子たちから冷たい視線を向けられながら、宿屋を出るのだった。
外に出ると、夕暮れ時。往来を行き交う人たちの様子が様変わりし始めていた。
ようするに昼間は、仕事に汗を流し、夜は享楽にふけるというわけだ。
だから往来も昼間に来た時には、いなかったような退廃的な服装をした美女や美少年が客を求めて街頭に立ち始め、それを求めて男どもが・・・時には女どもが闊歩しだすのだった。
師匠は歩きながら「まぁ、お前も ”男” になった事だし、今日は十分に楽しめ。」と話し、やがて一軒の飲み屋に入る。入り口の扉は解放され店内には、武装した男女が酒を飲み、食事をとっていた。あから様に堅気ではない風体の彼らは、冒険者だと一目でわかる。
冒険者の仕事は以前の町でも軽く体験したけど、町の雑用を細々とこなした後に化物退治などをさせてもらえる意外なほどにカースト底辺の職業だ。しかし、こういった食堂で大酒を飲める彼らは、そんな冒険者の中でもそこそこ稼いでいる上級冒険者たちだ。きっと、相当な修羅場をくぐってきているのだろう。その証拠に僕と師匠が店に入った瞬間に誰もが緊張した面持ちで微動だにしなくなった。
誰もが師匠・魔神フー・フー・ロー様が放つ強者のオーラに威圧されてしまったのだ。
冒険者で最も大事なことは引き際を見誤らないことだと聞いたことがある。
彼らは、陣地を防衛しないといけない兵士と違って、命に代えても砦を死守するという任務はない。
なんだったら、生き残るために逃げ出せという事が最高の教訓になっているくらいらしい。だって、彼らは兵士と違って当てのない放浪の身。なんの保証もない生活をする彼らにとって、体は何よりの資本である。彼らは国を守るために戦っているわけではない。ただ、家族を養うために戦う彼らは、まず明日を見なくてはいけない。そんな彼らにとって相手が自分より強いか弱いかを認識できるかどうかが、生死を決定する能力となる。自分よりも強いなら逃げる。弱いなら狩る。そうやって生き延びてきた、ここにいる上級冒険者は、誰よりも生き残るための嗅覚が優れていると言っても過言ではない。
そして、その嗅覚が、師匠が放つこの世ならざる者のオーラを敏感に嗅ぎ取って・・・・そして、震えているのだった。フードを深くかぶり覆面をした師匠は正体の知れぬ相手だ。しかし、それでもきっと、いま、ここにいる冒険者全員が「この男に逆らったら、目を瞑る間もなく殺される。」と考えているだろう。
師匠は、にぎわっていたはずの店内を無人の野を行くように歩き、店の中央で周囲を見渡すと、テーブルについている冒険者たちの中でも飛び切り綺麗な女性冒険者2人に銀貨を見せて「俺たちの席に来て酌をしろ。」と命令する。いきなり何を言い出すのかと思ったけど、女性二人は嬉しそうにニッコリ笑って師匠の腕に抱きついた。
次に、師匠は店の真ん中にいた特別ヤクザな風体をしている冒険者たちが占拠するテーブルの足をゴツンと蹴ると「どけ。俺たちが食事をする」と脅して、まだ食事をしている人たちを追い払う。ヤクザ者は可哀そうに、怯えた表情でそそくさと別のテーブルに移った。・・・・・もう、メチャクチャだ・・・・。
それから師匠は、店主に「早く注文を聞きに来いっ!」と、怒鳴りつける。慌てて店主の娘と思しき少女が注文を聞きに来る。僕よりも2~3歳は年下ではないだろうか? そばかすまみれの薄い体の少女は若干、肩を震わせて怯えていた。
「この店で一番上等の酒と美味い料理を持ってこい。それから、さっきこのテーブルにいた連中にも美味い料理を。」
師匠はそう言って少女に銀貨を渡すと「お前は、ここで俺の連れの相手をしろ。」
と命令する。師匠に命令された少女は、さきほどまで怯えていたのに嬉しそうに銀貨をポケットにしまうと僕の腕に抱きついてまだ膨らみ切っていない小さな胸を摺り寄せてきた。
「ええっ!! ちょ、ちょっと・・・・!!」
僕が思わず声を上げると、師匠の両隣りの女性がニッコリ笑って「可愛い子ね。」と言った。
見ると少女もクスクスと笑っていた。
「わかるか? ジュリアン。これが下々の者の生活だ。
この者たちは知っているのだ。金が無いと生きていけないことを。プライドよりも大切なものがこの世にあることを。
お前は今、見たはずだ。金の持つ力を。そして、力無き者たちの生き方を。
その少女は既に何人にも体を売っている。いまさら、お前に抱かれてもなんとも思わんわ。
もちろん、金を払う必要があるがな。」
師匠が言ったことは、この世の一部の人間の真実だった。
師匠に強引に酌をするように言われた3人の女性はお金さえ払えば、見ず知らずの男に命令されても素直に従う。こんな不条理なことを当たり前のように受け入れられるのは、彼女たちが貧困だからだ。
そして、テーブルを追い払われたヤクザ者たちも店で一番美味な食事を上機嫌で味わっている。プライドを優先する人ならば、絶対に食事に口をつけないだろう。
師匠は、僕がこの世の一面を理解したことを察したのか、ニッコリ笑って言う。
「お前はこの世の事でまだまだ知らんことが多い。
今のうちに下々の事も良く学んでおけ。転生者のお前には必要なことだ。」
師匠は、この国の者たちにはわからぬようにドラゴニオン王国周辺の共通語で話す。この用心深さも僕は学んでおかねばならないだろう。
そして、師匠は続けて言う。
「お前も男だからな。知っておくべきことはたくさんあるし、男が外国語を覚えるのに一番いいのは、現地の女と仲良くなることだ。
まぁ、オリヴィアに気を遣いたいのなら、それも構わない。
ただ、この食事の時間くらいは楽しんで学べ。」
師匠は、僕にそう言うと食事を始める。
てっきり、「夜の伽まで共にせよっ!!」とか言われそうだったが、どうやら僕とオリヴィアの仲に気を遣ってくれているようだ。それは助かる。僕は別に浮気者ではないのだ。
僕は師匠の好意に甘えて、せいぜい、食事の時間だけ覚えたの拙い言語でこの少女との会話を楽しむのだった。
そして、2時間ほど過ごしただろうか? 楽しい時間はすぐに過ぎる。師匠は冒険者の女性二人を開放して宿に戻ると言った。てっきり師匠は、冒険者の女性二人と夜を過ごすと思っていた僕にしては意外な言葉だったが、僕もオリヴィアのいる宿に早く戻りたかったから、それはむしろ都合がよかった。
オリヴィアにいろいろと教えてあげたい。覚えたての色々なことをっ!!
そう考えながら宿屋へと急ぐ僕の背中に師匠がいう。
「お前、俺がなんで冒険者の二人と夜を過ごさないか不思議に思っているだろう?」
「はい。師匠。珍しいですね? どうしてですか?」
僕の問いかけに師匠はニヤリと笑って応える。
「それは、お前。ミュー・ミュー・レイの方が良い女だからさっ!!」
ごもっとも・・・・・。
あっ!! て、いうか師匠っ!! 今夜もミュー・ミュー・レイと爛れた夜をお過ごしになるおつもりですかっ!?
駄目ですよっ!? シズールの教育に悪いですから~~~っ!!




