なんでわかってくれないんだよっ!!
「伝染病だって・・・?どういうことだ?」
僕は皆が見ているというのに、慌ててその場を離れて地下室へ降りていく。
できるだけ、その情報を知られたくなかった。パニックを避けたかった。
だけど、広間を離れるときに僕の耳には「伝染病とか言ってなかったか?」という生徒たちが動揺する声が聞こえてきた。
くそっ!!なんてザマだっ!
僕は心の中で毒づくと暗殺者の少女を監禁した部屋へ向かう。
「殿下、この先は我々が・・・・・」と、感染を危険視した騎士団が止めようとするが、僕は感情に任せて「お前たちが感染したかもしれないような伝染病なら、僕も既に手遅れだっ!! どけっ!! 時間が惜しいっ!!」と、怒鳴りつけて騎士団を押しのけると、暗殺者を監禁した部屋に入る。
部屋に入ると、拷問を受けた恐怖と苦しみで号泣する少女がいた。
「うぇぇえええええん。ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・。全部、喋りました。全部喋りましたから・・・・・・もう酷いことしないでぇ・・・・。」
腹が立つほど、従順な姿勢を見せる暗殺者の少女だった。
「悪いが、僕は暗殺者の涙を信用するほど、甘くはないぞっ!」
僕はそう言うと、キツいビンタを少女に放つ。
「いたあああいっ!! やめてっ!! 全部話しましたっ!!・・・やめてぇ・・・・・・。」
大きな破裂音が鳴ると少女は悲鳴を上げながら許しを請う。
だが、僕は許しはしない。
少女の髪の毛を掴んで引きづり上げると詰問する。
「黙れっ!! そんな芝居を信用するほど僕は甘くないと言ったはずだっ!
お前のように鍛え抜かれた暗殺者がそうそう口を割ったりするものかっ!!
お前の涙も、お前の悲鳴もっ!!それがお前たちが捕虜となった時の処世術だという事ぐらいは、知っているんだっ!
さぁ、白状してもらうぞっ!!
お前の言う伝染病とは何だっ!? 感染力はっ? その対処法はっ?
対処法がないとは言わせないぞっ!!
そうでなければ、お前の部族は既に全員、伝染病に感染して死に絶えているからなっ!!」
僕は、時間が惜しかった。何故なら、この別荘にいる全員の命がかかっているからだ。
ここにいる全員が、僕の暗殺に巻き込まれた被害者だ。僕の厄介ごとに巻き込まれてしまった被害者たちなんだ。
ここでこの暗殺者の病気に対する対処法を聞きださない限り、全員が死んでしまうかもしれない。
それは絶対に避けなければいけない。
特にクリスティーナ・・・・・・・。
僕のクリスだけは、絶対に死なせてなるもんかっ!! そのためなら、僕はどれだけだって残酷になれるんだっ!!
僕の怒りの表情を見て暗殺者の少女の瞳が恐怖にかげる・・・・。だが、口を割りはしない。
僕は一人の若い騎士を睨みつけると、次の指示を出す。
「おい、塩を持ってこい。こいつの傷口に摺り込んで白状させるぞ・・・・・。」
そのセリフに少女どころか騎士団すら青ざめる。
「殿下・・・・それはっ!!」
「黙れっ!! 僕のいう事が聞けないのかっ!!
今すぐ塩を持ってこないのなら、僕はこの少女の腕を切り落とすしかなくなるんだぞっ!!」
僕が凄い剣幕で怒鳴りつけると、騎士は慌てて部屋を出て行った。
その様子に流石の暗殺者の少女も僕が本気だと悟り、観念したように白状するのだった。
まぁ、もっとも今のは、芝居なんだけどね。
塩を傷口に摺り込んだり、腕を切り落とすだって?
そんな残酷なことが僕にできるのなら、なんだって拷問を騎士団に任せて地下室から逃げ出したりするもんか。僕の限界はビンタと恐喝くらいだ。それだってどれだけ良心が痛むか・・・・・・・。
全くなんて真似をさせてくれるんだ。この少女は・・・・・・。
「い、いいます。いいます。この伝染病は、古代人の毒ツボに封印されていたものです。
この病気の名前も症状も私は聞かされておりません。
対処法は、ありますが今からでは間に合いません。感染する前に薬を打っておかないと耐久力が無くて死んでしまうのです。病気はわたしの息で広がります。この部屋にいる皆さんは既に感染しています。4日後には私ともども死にます。」
なるほど・・・・・。ワクチンのようなものを持っているのか・・・・・・。恐らくこの病気を開発した古代人は、あらかじめワクチンと病気を一緒に封印していたのだろう。その製造法と共に。
この少女の所属する暗殺者集団の中で一定以上のランクにあるものは、その製造方法を知っている。だから、直接この任務に出るような下っ端以外は既にワクチンを打って死なずに済んでいるという事か。
そして恐らく、この少女と暗殺に加わった連中の遺族に対しては、報酬として厚い待遇を受けられることを条件にこの任務を引き受けたのだろう。聞くまでもないことだ。
この作戦は、この未熟な暗殺者が捕虜になることを想定して計画されたものだから、当然、病名も。その病名を探り当てるヒントとなりうる症状もこいつの上司は話したりはしないだろう。
万が一、こいつが口を割って症状が僕達の陣営に知られてしまうようなことがあれば、そこから学者が病名を割り出して対処してしまう可能性が高いからだ・・・・・。
そして、その作戦は成功し、僕達には「死を回避することが出来ない」という情報だけが与えられたようなものだ。
なんてことだ、これでは手詰まりじゃないか・・・・・。事態は最悪だな・・・・・・。
と、僕が思っていた矢先、事態はもっと最悪の方向へと進んでいた。
なんと、上の広間で「伝染病」の情報を少し得た集団がパニックを起こして情報を求めて地下へと降りてきてしまったのだ。
そして、その集団をかき分けるようにして・・・・クリスが拷問部屋に入ってきた。
「く・・・・・・クリス・・・・・・・。」
僕は一番見られたくない人に一番見られたくないものを見られてしまった。
クリスは、僕には目もくれず、拷問された少女を見て石のように固まってしまったが、やがて僕を責めるように睨みながら「ジュリアン様・・・・・あなたは・・・・・なんてことを・・・・・。」と、呟くのだった。
「き、聞いてくれクリスティーナ。これは仕方がなかったんだ。皆の命を守るために、僕はっ・・・・・・!!」
僕は慌てて弁明しようとする。だが、クリスに触れようとする僕の腕は無惨にもクリスに払われてしまった。
「いやっ!! 触らないでっ!!」
僕を拒絶するクリスの悲しそうな瞳が僕を凍り付かせる・・・・・。
騎士団が慌ててフォローに入る。
「クリス殿。・・・・・これは仕方なかったのです。殿下は皆様の命を守るためにっ!!」
だが、クリスに騎士団の言葉も届かない。
「どいてくださいっ!! 手当しますっ!!」
クリスは、騎士を押しのけて暗殺者の少女に近づくと回復魔法で傷を癒して、心の傷ついたその少女を抱きしめてやるのだった・・・・・・・。
そして、少女の拘束を解くように騎士たちに進言して、押し問答を始める。そんなことが許されるわけがないんだ。
許されるわけがないだろう・・・・。
・・・・クリス。
・・・・・・・・・・クリスティーナ・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・どうして
・・・・・・・どうして、わかってくれないんだ。
「どうして、わかってくれないんだっ!! クリスティーナっ!!
僕達が好き好んで、こんなことをしたと思っているのかっ!?
今が、どんな状態かわかっているのかっ!?
みんな・・・・みんな死んでしまうんだぞっ!
君たちが勝手なことをしたために、伝染病が広がってしまったっ!!
なぜ、・・・・・・なぜ勝手な真似をしたっ!?
こんなことをしなければ、被害は最低限に抑えることも出来たのにっ!!」
「・・・・クリスっ・・・・・・!!!
せめて・・・・・・せめて・・・・・
せめて、君だけでも僕は守りたかったのにっ!!
どんなことをしてでもっ!! 君を守りたかったのに・・・・・っ!!!」
「手遅れだよ・・・・・・・クリス。君はその少女に触れてしまった。近づいてしまった・・・・・。
君も感染してしまったんだ・・・・・・・・・・・・・・。」
僕は、絶望して力なくその場に崩れ落ちると、声を上げて泣きじゃくった。
僕は、僕は・・・・・・どんなことをしてでも君だけは守りたかったんだ。
僕のクリスティーナ。君だけは・・・・・・。
でも、クリスは、僕のそんな気持ちもわからぬように
「これは伝染病ではありません。毒の霧を用いた魔術にすぎません。」
と、平然と答えるのだった。
え?
・・・・・・はい?
・・・・・・・・・・い、いいい、今、なんて言ったの?
「いえ。だから、これは伝染病などではありませんよ。
だって、ほら。この少女の口から吐き出される息をご覧になってください。
闇の国の王の眷属の小精霊がいくつも踊り狂っています。
これが人々の体に入って毒で呪い殺す。ただの魔法です。」
・・・・・・・・・次の瞬間、教授勢が叫び声を上げるっ!!
「な、ナザレ村のクリスティーナっ!! あ、ああああ、あなたは、現界していない精霊を肉眼で見えるというのですかっ!!?」
まぁ、そうなるよねー。
僕が使う召喚術は精霊が向こうから現界してくれている。姿が見えるのは当然のこと。
だが、クリスティーナは霊界の位にいる状態の精霊を肉眼で見ているのだ。
わかりやすく言うと、幽霊だ。
幽霊は呪う相手の前に姿を現すが、それ以外の相手には姿を見せない。
幽霊は自分の意思で霊能力もない相手に姿を見せることも見せないことも自由にできる。
言ってみればクリスティーナは、人間に姿を見せる気がない状態の精霊の姿を肉眼で「勝手に見ている」のだ。
それが、どれほど異能な事か。この国の碩学である教授たちの驚きっぷりからでも察することは容易なはずだ。
クリスは、予想する。
「恐らくこの少女の肉体のどこかに魔術紋様が刻まれているはずです。それが通路となって闇の王の眷属である小精霊たちを召喚させて悪さをさせているのだと思います。」
僕は、その言葉を聞いて、すぐさま騎士団に指示を出すっ!!
「す、すぐに体を調べろっ!!」
その言葉を聞いたクリスは僕のほっぺたを引っ叩いて、「女の子に何をする気ですっ!! エッチっ!! 大っ嫌いっ!!」と叫んだ。
真っ赤な顔で僕をジト目で睨みつけるクリス・・・・・・。
・・・・・え~・・・・・・・?
・・・・・え~っ!?。・・・・・・
そ、そんなレベルの話では・・・・・・
・・・・ってぇっ!!君、人前で僕に対して、なんて真似をっ!!
騎士団が怒って君に何をするかわからないぞっ!!!!
「ま、待ってくれ、皆。こ、これには、深い理由が。た、ただの悪ふざけでクリスに罪はないんだっ!!」
僕は慌てて皆に弁明しようとした。
そのときのみんなの白い目が・・・・・・しらけた空気がわかるでしょうか?
「・・・・・・我々は殿下の痴話げんかに付き合っていられるほど、暇ではありません。」
「いま、やることかしら?・・・・ひくわー・・・・・よそでやってくれないかしら・・・・・。」
「バカップルって、どこ行っても邪魔よね~・・・・・。」
などなど、騎士団だけでなく、生徒たちからも顰蹙の声が聞かれた。
どうやら、僕達は、僕が告白する前に公認のカップル扱いだったらしい・・・・・・
え~・・・・?。僕、そんなにあからさまにクリスを特別扱いしてたっけ? バレないようにやってたつもりなんだけど・・・・・
「殿下。いいから早く、処理を進めてください。」
騎士の冷たい言葉が胸に刺さる。
暗殺者の少女は別室に運ばれ、引率に来ていた女助教授のソフィア嬢が魔術紋様の刻まれた場所を特定。除去が行われ無効化された。また、その魔法がバラまいた毒の精霊たちは、教授たちが解毒魔法で取り除けるという事だった。
一人一人が、教授たちに解毒されていく中、教授たちの解毒魔法を見て学んだクリスが手伝うと。一瞬でその場にいた全員の毒が無効化されてしまった・・・・・・・。
教授たちは、「これが精霊を肉眼で見る者の天賦の才かっ!!」と、あきれ返っていた。
僕もあきれ返ってしまった。
いや、僕ね。チートだとは思っていたよ。でも、回復魔法しか使えないと知って、やっぱり、自分の方が凄いって思いなおしたところなんだけど・・・・・
やはり、クリスはチートキャラだった・・・・・・。
クリスの奇跡を見た騎士団も生徒も教授も「ナザレ村の神童 クリスティーナ」を崇め奉るかのような目で見つめるのだった。
しかし、一人だけ・・・・・・暗殺者の少女だけは、違った。
いや、正確に言うと暗殺者の少女の中にいた何かだけは違ったんだ。
「はははははっ!!これが転生者の奇跡かっ!」
いきなり男の声で高らかに笑いだした暗殺者の少女に全員が凍り付いた。
異様。
あまりにも異様なその光景に理解が追い付かないんだ・・・・・・。
暗殺者の少女は、僕とクリスを睨みつけながら、預言の言葉を吐いた。
「これより三月の間に三度の戦争と三度の大異変が起こる。
人々は、苦しみあえぎ、この世は麻のように乱れるだろう。
転生者を手にしたものだけが救われる。
気を付けろ? マヌケな転生者ども。お前たちは既に狙われているぞ。
せいぜい、気を付けることだ。」
そこまで言うと、暗殺者の少女は意識を失って倒れ込んだ。
そして、全員が見た。
暗殺者の少女の体から黒い闇のような魔神が煙のように浮かび上がって、天に昇っていく姿を・・・・・。
「あ、あれはっ!!! 伝承にある災いの神ドゥルゲット!!。神の落とし子にして人ならざる人。
厄災をもたらすものだっ!!!」
教授の叫び声を聞いた生徒たちは半狂乱になって、大声で悲鳴を上げながら地下室から逃げ出していく。
災いの神ドゥルゲットが振りまいた呪いの残滓を被ることを恐れたのだ。
地下室に残されたクリスの肩に手を置いて、大丈夫だったかい? と声をかけた僕にクリスは再び、怒りの声を上げた。
「いやっ!! 触らないでって言ってるでしょっ!!! 女の子にこんなことをして・・・・・・。
おまえなんか・・・・・・お前なんか、大っ嫌いだっ!! バカヤローっ!!」
クリスは再び男言葉で僕を威嚇する。
折角、心を開いていてくれたのに・・・・・・
でも、でもねクリス。
全てみんなの命を守るためにしたことなんだ。
君を守るためにしたことなんだ。
なんで・・・・・
なんでわかってくれないんだよっ!!