ちょっと、待っててくれないかなっ!!
「か、回復魔法しか使えないって・・・・・。」
暗殺者の襲撃の時、僕はクリスに衝撃的なことを告げられた。
これほど神がかった回復魔法が使えるクリスが回復魔法以外使えないなんて・・・・・。
な、なんて歪なパラメーター設定だ。
超絶チートキャラかと思ったら、使い手を選ぶ高難易度のテクニカルキャラだったとは・・・・・・。
最初、彼女のチート具合に羨んだけど・・・・・これ、絶対に僕みたいな安パイキャラの方がいいな。
初心者向けのニュートラルキャラって最高だよね。
「前世の因縁でしょうか? 私、人を傷つける可能性が少しでもある他の魔法は全く使えなくて回復魔法しか使えないんです。」
と、少し落ち込んだように言うのだった。
「そ、そそそ、そんなことないよっ!!前世のことは僕気にしてないよっ!!
きっとアレだよ。神様が初期パラメーターの振り分けで遊び心を出しすぎちゃったんだっ!!」
僕は必死になって悲しそうに俯くクリスにフォローを入れる。
だが、僕がクリスに集中しきっていた時、僕に向かって弩から放たれた矢が飛び込んでくる。
「やーっ!!」
護衛に残った騎士団の精鋭がそれを剣で気合い一閃の下に叩き落とし、盾を掲げて円陣防御を組み立てる。
「殿下っ!!お怪我はありませんかっ!!」
周囲を見ると、いつの間にか暗殺者が10数名で僕達を囲みこんでいた。
「・・・・そうか、さっきの奴は騎士団を二分するための陽動か・・・・。やられたな。」
僕は暗殺者集団の手際の良さに感心したように言う。
「ジュ、ジュリアン様っ!! これは、いったい・・・・・?」
クリスが事態の急についていけず、困惑して僕の腕に縋り付く。
僕は、自分の腕に当たる「ぷにっ」とした小さくても確かなふくらみを見せるクリスの胸の感触に集中しながら、・・・・してないよ?
訂正。
僕はクリスが動揺しないように、出来るだけ平然を装って状況を説明する。
「クリス。忘れているかもしれないけど。僕はこれでも一国の第一王子。
自国内にも他国にも僕の首を狙う連中くらいは、いるものさ。」
「なあに、すぐにこいつらをやっつけて、目的を白状させてみせるよ。
大丈夫、誰にも君を傷つけさせたりはしないよ・・・・」
「だから、安心して・・・・・僕の可愛いクリスティーナ・・・・。」
・・・・・・・っ!!
やった!!・・・・・僕は今、すっごくカッコいいぞ!!
今なら自然に告白できるんじゃないか?
そうっ!!! 今だっ!! 今こそ、告白して男になるんだっ!!
いけっ!! ジュリアンッ!!
僕が、深呼吸して告白しようとした瞬間のことだった・・・・。
暗殺者は、雄たけびを上げて狂ったように突撃を仕掛けてきた。
騎士団が命を懸けて僕達を守ってくれようとしているのに、愛の告白も何もないもんだ。
ダメだよね・・・・?
やっぱり・・・・・・。
「・・・・・・おい・・・・・おまえらぁ・・・・・・・」
僕は、クリスに安全のために地面にしゃがみこむ様に指示すると、両腕に魔力を溜めて炎の魔法の詠唱を始める。
「燃え盛る火の国に住まわれし戦乙女のザ―・ダー・ザーよっ!! この世の悪性にして我が怨敵を焼き滅ぼすご助力を!
ドラゴニオン第一王子ジュリアンが畏み畏み願い奉り候」
僕が火炎魔法の言上と舞を踊ると、火の国の王に仕える重臣にして火の精霊の貴族ドー・ダー・ザーの34人の愛娘の一人ザー・ダー・ザーが次元の壁を切り裂いて現世に降臨する。ザー・ダー・ザーが指をパチンと打ち鳴らすと、炎の幻獣サラマンダーが召喚されて僕達の周囲に攻め込んできた暗殺者に炎の息を吐きかける。
「ぎゃあああっ!!」
数人の暗殺者が炎に巻かれるのを確認するとザー・ダー・ザーは、再び次元の壁を引き裂いて火の国へ帰っていった。
「高位精霊の交霊術だとっ!!ばかなっ!!」
暗殺者は暗殺者にあるまじき大声を上げて動揺する。
無理もない。これほどの高位精霊を降臨させるなど本来なら、相当なレベルの魔法使いか、数人の魔法使いが集まって魔力を結集しないと行使できないからだ。
だが、僕にはこの世界には存在しない科学知識を基に独自に作り上げた魔術公式がある。
他の魔法など比べ物にならないほど高率のよい新たな召喚術を持っているのだ。それも言上や舞以外にも秘められた要素がないと行使できない。だから、これは、見て盗み取れるものではない。僕だけが知りえる高位魔術なのだ。
「お見事ですっ!! ジュリアン殿下っ!!」
騎士団は、手槍を掲げると暗殺者の動揺に乗じて反撃の狼煙を上げる。
既に2分された騎士団と暗殺集団では、暗殺集団の方が数に勝っていた。僕も呑気に見守っているわけにはいかない。
「おいっ!! 僕にも槍をよこせっ!!」
僕が突撃せんとする騎士団に命じると、騎士の一人が槍を投げて渡す。
「殿下!! ご武運をっ!!」
「ありがとうっ!! 君もねっ!! 死ぬなよっ!!」
僕達はお互いの武運を願ってから、暗殺集団に突撃した。
僕が父上に叩き込まれた鎗術は、僕が最も得意とする武器術だ。たとえ大人であっても技量においては、その風下に立ったことはない。
父上が僕に叩き込んだ鎗術は「ドラゴニオン流」という。古代の頃から戦場で練り上げられたその鎗術は、派手さや目立った特徴はない。突く。打つ。払い、叩き切るだけという泥臭いが質実剛健の暴風雨のような鎗術だ。暗殺者は、身体能力の高さに任せた叩き切る僕の鎗術に度肝を抜かれる。
「こ、これがっ!! これが傭兵王国の第一王子の槍かっ!!」
驚きの声を上げて倒れるもの3人。その隙に騎士団も暗殺者を切り伏せていく。
数に勝る暗殺集団であったが、所詮は暗殺集団。敵の隙を狙って奇襲をかけることには長けていても、正面を切っての肉弾戦では第一王子を守る精鋭騎士団相手には分が悪い。
あっという間に制圧されてしまうのだった。
しかし、捕虜としてとらえようとした暗殺者は、皆、そのナイフで自らの命を絶っていく。
そして、暗殺者は誰も残らなかった・・・・・・・。
僕は、暗殺者の正体とその目的、雇い主を知りたかったが、それは叶わなかった。
「暗殺者は、正体を知られぬ前こそ死すべき時・・・・か。」
僕は、暗殺者たちの見事すぎる散り様に敬意を表するのだった。
振り向くと歯をガチガチと打ち鳴らして、怯えて震えるクリスがいた。
僕は、急いでクリスに駆け寄ると「大丈夫かい?怖かったね?」と、手を差し伸べた。
しかし、クリスは
「いやっ!!こわいっ!!
触らないでっ!!」
と声を上げて怯えるのだった・・・・・。
敵の返り血を浴びて体を真っ赤に染め上げた僕は、クリスの反応を見て、固まってしまうのだった・・・・・・。
「このまま王都へ戻るのは危険だ。道中に襲われる危険がある。それよりも近隣の駐屯所に走り馬を出して、救援を求めろ。僕達は、この別荘を拠点にして、敵の追撃あれば、ここで迎え撃つっ!!」
僕は、王家所有の別荘に戻ると、護衛の騎士団を招集して、すぐさま今後の作戦を立案、指揮を執る。
熟練の騎士が僕に尋ねる。
「殿下。ご学友たちは、如何がいたします?」
僕は即答する。
「王都へ避難させるのは危険だ。馬車の中に僕が隠れ住んでいないか敵は必ず確かめに来る。
全員、この別荘に集めろ。女子は奥の間へ、男子はあれでも騎士の跡取りどもだ。戦働きをしてもらうさっ!!」
僕は4人に指示をして生徒、引率の教授を別荘に集めるように指示を出す。
するとそこへ、騎士団の一人がやってきて、僕に耳打ちする。
「最初に襲ってきた暗殺者を生け捕りにした・・・・・・だと?」
僕は騎士団の快挙を聞いて、伝達に来た騎士団の背中をポンッと叩いて苦労をねぎらう。
「・・・・どこだ?」
「ご案内します。地下の貯蔵庫に縛り付けてあります。」
伝令に来た騎士と共に地下に下りると、貯蔵庫には腕に深い傷を負った少女が乳房を丸出しの半裸で縛り付けられていた。暗殺者の姿がニブラ瘤の口裂け男から少女に変わっているが、彼女は取り押さえられた瞬間にこの姿になったのだとか。
「っ・・・。肌くらい隠してやれっ!!」
僕が目を背けながら、そう指示するのだが、「羞恥は拷問の手段の一つ。殿下、ここはどうか心を鬼にしてください。」といって引き下がらなかった。
しかたない。僕は暗殺者にしては美しすぎる乳首を出来るだけ見ないようにしながら、問う。
「見事な幻術だったな。ニブラ瘤に裂けた口。お前のような小娘が、仮初にもあんな姿をとるのは辛かったろうに。」
と、僕が敵ながら天晴とばかりに褒めてやったと言うのに、暗殺者の少女は何も答えなかった。
「なぜ、死ななかった? お前の仲間は全員死んだぞ。」
僕の言葉を聞いて、暗殺者の少女は右腕の痛みに悶えながらも、僕をせせら笑って答える。
「お前たちもどうせ、すぐに死ぬ。わたしがお前たちを殺すからだ。」
・・・・・・。
なにを企んでいるのだろうか?
僕には彼女の狙いはわからないが、問うべきことはまだある。
「お前の仲間は、まだいるのか? 誰にやとわれた? なんの目的だ?」
と尋ねるのだが、暗殺者は何も答えなかった。
騎士の一人が僕に「ここには拷問に長けた者がいます。多少乱暴になりますが、確実に全てを白状させて見せるでしょう。」と、耳打ちしてきた。
僕は即答する。躊躇が死に直結する事態だと認識していたからだ。
「やれ。」
「殺さぬ限り一切の手加減はするな。ここにいる全員の命にかかわることだ。」
僕はそれだけ告げると、早々に地下室を出る。彼女の悲鳴を聞きたくなかったからだ。
僕は汚い。
僕はずるい。
酷い役目を部下に命じて置きながら、僕はそれを直視できる勇気までは持ち合わせてなかったのだ。
そうと理解しつつも、僅かに耳に入ってくる彼女の悲鳴に両耳を塞いで、聞こえないふりをした。
そんな僕を騎士の一人が
「無理もありません。殿下はまだお若い。ですが、よくご決断くださいました。それが無ければ、ここにいる者たちの命がどうなったのかわかりませんから。」
そういって、慰めてくれた。
「あいがとう・・・・。」
心の底から、僕はそう言うのだった。
その後、僕は別荘に集めた学友と教授に事態の危険性を告げる。
中には泣き出す女生徒もいたが、構っていられない。気の毒だけどね。
そんなことにかまっていたら、全員、死んでしまう可能性だってあるんだ。僕は、教授たちに女生徒たちを任せると、男子を集めて武器を配布する。
「いいか。僕達の全てをかけて女子を守るんだ。それが男の役目だと、誰もが習ってきただろうし、その覚悟はできているんだろう?」
僕がそう言うと、全員が頷いた。恐怖に顔を引きつらせたり、歯をガチガチ鳴らす者もいたが、それは気にしてはいけないことだった。
僕は右拳を高々と掲げて、気合いを入れる。
「ここが男子の本懐と知れっ! 敵に知らしめよっ!!
ドラゴニオンを背負う男子の屈強さを!!
どこの誰に喧嘩を売ったのか、薄汚い暗殺者どもに教えてやるんだっ!!」
ボクの言葉に合わせて「おおーっ!!」と声を上げて生徒たちは応じてくれた。練度はないが士気は高い。
これなら何とかなるかもしれんな・・・。
そう安堵していると、クリスが駆け寄ってきてくれた。
「ジュリアン様っ!! 私も加勢します。回復魔法なら、誰にも負けませんよっ!!
お役に立てますっ!」
クリスの顔は生気を取り戻していた。
「助かるよ。クリス。君の力が必要なんだ。」
僕はクリスの手を取ると、その場にいた全員に告げる。
「見ろっ!! 神童の転生者。ナザレ村のクリスティーナが僕達にはついているぞ!!
彼女の奇跡があれば、僕達は誰も死なないっ!! 僕達は生き残れるんだっ!」
と叫ぶと、誰もが嬉しそうに拍手してくれた。
場が大いに盛り上がった時、拷問を終えたと、騎士が僕に耳打ちした。
その内容に僕は戦慄した。
「あの暗殺者は伝染病に感染しています。・・・・・我々は助からないかもしれません。」