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交渉するぞっ!!

「こちらのご子息が、流れ者の若者のまだ8歳の娘さんをかどわかしたと聞いた。

 このような非道な振るまいが許されてよいわけがない。どうか、返してやってはくれませんか?」


僕はアーリーを連れて、街の顔役のところへやってきた。目的は少数民族の若者の娘さんを取り返すためだ。娘さんはまだ8歳だ。少数民族の若者も食べていくためとはいえ、禁止された露店ろてんを開いた落ち度はある。しかし、露店を壊された上に大怪我を負って、今は起き上がることもできない。その上にまだ8歳の子供を誘拐するとは、いくらなんでも無法にすぎる。

僕は、そういった事を顔役に訴えた。顔役は街の鍛冶屋の親父で名前をマック·ラーデンという。若い頃からヤンチャして、鍛冶屋で鍛えた腕っぷしでのし上がり、今では町の顔役だという。つまり、顔役というが、要するに荒くれ者どもの親分というわけだ。

そんなラーデンは、僕の話をジッと聞いていたが、やがて口を開き、

「いいか、坊主。テメェのその根性に免じて今日は許してやるが、今度、俺のせがれが子供を拐かしたなんて抜かしてみろ、ただじゃ置かねぇぞ!」

こんな口の利き方をされるのは、今の僕は王子という身分ではないからだが、非常に新鮮な体験だ。正直、ムカつく。

多少、イラッと来つつも僕はラーデンに再び問う。

おどしても無駄だ。僕はこれまでに多くの戦闘を経験している冒険者だ。

 そんなつまらない話はやめておいて、お互いに為になる交渉をした方が良いと思いますが?

 ラーデンさん。貴方の息子さんは何処ですか?」

冷たい瞳でラーデンを見据えながら言うと、ラーデンは、引きつった笑いで僕を見る。相当怒っているがそれでも子供の僕に対して大人の対応を見せようと必死に我慢していると言った様子だ。

「いいかい? 坊主。

 仮に俺のせがれ賤民せんみんのガキを誘拐したとしよう。

 だからって、それに何の罪がある? 相手は、俺たちの町に来て税も払わずに露店を開いた無法者だ。だから、罰を受けた。それだけの話さ。」

ラーデンは、息子の罪を悪びれるどころか正当化するのだった。

これにはカチンときたが、話し合いで解決しないことには、僕達は殺しあいになりかねない。そうなったら大事件だ。潜伏中の僕らは目立ってはいけないというのに・・・。

僕は少し思案しあんしてから、もう一度、交渉する。

「ラーデンさん。貴方あなたはこの町の顔役と聞いた。その息子が幼子おさなごに手を出す変態だと噂が立ったら、どうしますか?

 貴方の息子が誘拐したことは街の皆が見ています。

 貴方の為にも、息子さんと若者の娘の場所を教えてください。」

僕は、ラーデンの顔役としての立場を利用して揺さぶってみたが、ラーデンは鼻で笑った。

「ふんっ。いいかい、坊主。よく聞きな。

 ここはな、都会の大きな町じゃねぇ。どいつもこいつも稼ぎは変わらねぇから、経済力や教養でのし上がれるわけじゃねぇんだ。

 たまにくるお役人さんと話ができる程度の教養と、町に無法者が出たときに追い払える腕っぷしのある奴が顔役に選ばれる。

 て、ことは、そこそこ頭のいいヤクザ者が顔役になるって寸法よ。そんなヤクザな俺の倅が子供を手込めにしたからと言って、何の問題があると思って揺さぶりをかけてるんだ?」

ラーデンは僕の作戦を見抜いていた。この男は、腕っぷし一つでのし上がってきた男だ。それに加えて交渉事にもけているらしい。僕の揺さぶりなど意味がない事だった。

「なぁ、坊主。悪い事は言わねぇ。大人しくしてな。

 お前の正義感は立派だ。だがな。世の中、正義だけじゃ渡っていけねぇんだ。時には不正に目をつむって自分に火の粉が降りかからねぇようにしないと、お前だけじゃねぇ、お前の周りの者にも迷惑がかかる。我慢することを覚えるんだ。いいな?」

ラーデンは、そう言うと、つぼから飴玉あめだまを取り出すと僕とアーリーに手渡す。

「今日は、もう帰って忘れな?

 お前は腕っぷしがよくてもこのお嬢さんは、そうじゃねぇだろ?

 行き過ぎた正義感は周りも不幸にする。そうなる前に・・・・・大人になるんだ。」

ラーデンは、まるで子供をあやすように僕を説得すると、鍛冶屋の弟子に指示して僕達を家から追い出した。

暴れまわって目立つわけにもいかず、店の外まで追い出されたあっさりと追い出された僕は、怒りで肩が震えた。

・・・・・こいつら、今すぐギタギタにやっつけて、女の子を取り戻してやろうか?

怒りはやがて殺意に似たものにまで上り詰めていく・・・・。そんな僕にアーリーが拍子抜けたことを言う。

「あら。この飴玉、美味しいですわ。

 あの顔役、いい人ですね?」

は?・・・・・いい人だって?

自分の息子が幼子おさなご誘拐ゆうかいしたのを見過ごす奴がか?

僕は、アーリーに呆れかえってしまった。

「だって、ホラ。私たち無事に帰してくれたじゃないですか?

 少なくともあの人は、息子さんと違って簡単に女子供に手を上げるような人じゃないってことですよ。」

アーリーは、空を見上げながら、そう言った。

・・・・でも、確かにそうだ。僕は舐められたことに対する怒りが先行して、ラーデンを見損なっていたのかもしれない。

「アーリー。ありがとう・・・・。

 君がいてくれたから、僕は冷静でなかったことに気が付けたよ。」

僕はアーリーに感謝の言葉を述べる。

「それから、ジュリアン様。交渉事をする時には、相手に対して見返りを用意しておかないと交渉事にはなりませんよ?

 貴方はもう権力を振りかざせる王子様ではないのですから・・。」

アーリーの言葉は、一々、もっともだった。このホムンクルスは、寝ぼけたことを言う事も多いが、意外と切れる部分もあるなぁ・・・。

僕はアーリーに初めて感心したかもしれない。

「参ったよ。アーリー・・・・。君は意外と冷静で賢いね。今日は、本当に参ったよ・・・。」

僕の言葉にアーリーは勝ち誇ったような笑みを浮かべてから、自分のほっぺたを指差して言う。

「さぁ。ジュリアン様も飴玉をお食べ下さい。

 とっても甘くておいしいですよ。」

全く、呑気な娘だ。でも・・・。彼女のこの呑気さが、頭に血が上ってしまった今の僕には足りないんだ。少し頭を冷やさねば。

そう思って、飴玉を口に運ぶ。甘い上に柑橘系かんきつけいの香りがする本当に美味しい飴玉だった。

「ああ。本当に意外と美味しい飴玉だな。」

僕がアーリーにそう返事をすると、意外にもアーリーは、僕を冷たい目で見ていた。

・・・・え? 一体、何故?

「・・・・お気づきになりませんか? ジュリアン様。

 この飴玉。どうして強面こわもてのあの男の部屋にあったんでしょうね?」

・・・言われて見ればそうだな。この飴玉、強さでのし上がったあの男が持っているには、可愛らしすぎる・・・。

「泣きじゃくる子供を手懐てなずけるには、お菓子が一番です。

 甘いお菓子を口に入れて、優しい言葉をかけてやれば、あっという間に信用します。

 私は、魔神フー・フー・ローごしゅじんさま様にお仕えする前は、酷い男に使われていました。そこでは、幼い子供が連れてこられて、金持ちの変態どもに酷い事をされていました。

 私は主人の命ずるままに、子供たちの食事の世話をしました。その子供たちは、連れてこられた時は、決まって泣きじゃくっていましたが、お菓子をたくさん貰ったら、すぐに泣き止んで大人を信用してしまいました・・・・。

 この飴玉の使いどころはきっと、そういうことなんでしょう・・・・。」

アーリーは空を見上げながら、辛い過去を話してくれた・・・。

その時、僕はどうして戦力にもならないはずのアーリーが僕についてきたのかわかった。セクサロイドの彼女は主人の命令には逆らえない。たとえ嫌でも、子供に手をかける変態どもの言う事を聞かねばならなかったのだ。


そして、きっと・・・・・。その思い出が今も彼女の心を苦しめているんだ・・・。


「アーリー・・・。辛い過去を話してくれてありがとう。」

「どういたしまして・・・。」

返事を返すアーリーからは、悲壮感は感じられない。それはそういうように作られているからだろう。それでも彼女には心がある。正義を知る人間の心が・・・・。そうでなければ、僕についてきたりしないんだ。

「アーリー・・・。必ず僕と一緒に娘さんをとりもどそう!」

「勿論です。

 そして、それはフー・フー・ロー様にお仕えする条件なのですから。

 ・・・あの日、変態どもの屋敷から私を解き放ってくださったフー・フー・ロー様は、私を所望されましたが、私はそれを断りました。

 そして、こう言ったのです。 

 ” 神よ、私は命令とはいえ、この変態どもの魔の手から子供たちを見殺しにした大罪があります。決して神である貴方様にお仕えするわけにはまいりません・・・・・” と。

 すると、フー・フー・ロー様は、私にこう言ったのです。

 ” その態度、殊勝しゅしょうである。しかし、私はこう思うのだホムンクルスよ。

  主人の命令に逆らえぬ体に作られたお前に罪はない。お前にあるのは罪ではなくて、罪悪感だ。その罪悪感はお前の魂の美しさに由来する。それゆえにお前には神に仕える資格がある。

  どうだろうか? お前の罪悪感を払拭ふっしょくするために、私はお前が哀れな子供のために尽くすことの自由を許そう。それを報酬として、私に仕えないか? ”、と。

 ご主人様は、神の申し出を断った私を本来ならば、一撃のもとに粉々に砕くべきでした。にもかかわらず、私を・・・・私の魂を救うために雇い入れてくださったのです。

 そういう経緯があって・・・・私の今日の行動は神に許された自由なのです。」

アーリーはいつも通り眠たげな眼で返事を返すのだった。

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