世知辛いよっ!!
「ごめんなさい。貴方達、この間入ってきた人たちよね?
そういう人たちにすぐに高報酬の依頼は出来ないのだけれども、いいかしら?」
「勿論、事情は承知しております。こちらとしても何の問題もありません。」
僕は笑顔でそう答えた。
でも現実は、そんなに甘くなかった・・・・。僕らはこのリアルな世界の冒険者の世知辛を思い知ることになるのだった・・・。
「じゃぁ、東に進んだ村にいるクリーンさんの牧場で、羊飼いの補助をしていただけるかしら?」
羊飼いの補助・・・・?
一瞬、冒険者と言う言葉のイメージからかけ離れた言葉に僕は呆然とした。
「あの・・・。羊飼いの補助って、・・・?」
オリヴィアも依頼内容を不思議に思って受付嬢に尋ねた。
受付嬢は答える。
「ああ。クリーンさんの所の羊飼いが足を捻ってしまったみたいなの。
それで補助役を探しているのよ。仕事内容は羊飼いが指示してくれると思うわ。」
「もしかして、オオカミが出るとか? それで、僕達にオオカミ退治を依頼しているとかではないんですか? 依頼内容は羊飼いの補助で合ってますか?」
僕にそう言われて受付嬢はとりあえず依頼書を確認する。
「え~と? いえ、特にオオカミついての記述はないわ。
一日当たり、銅貨2枚ってところかしら。」
あ? 銅貨2枚だって?
一日働いて、僕達が前線近くの町で焼いたお菓子2つ分の金額っていうのか?
「申し訳ないが、いくらなんでも銅貨2枚の仕事は・・・・。ほかにありませんか?」
「そうですねぇ・・。他にはドブさらいがありますが? そちらは一人当たり銅貨3枚ですね。」
「・・・・。」
話にならない。
なんだ、この仕事は・・・・?
冒険者としての経験を積むために渋々冒険者の仕事をすることを納得したオリヴィアの顔が見る見るうちに険しくなっていく。
ただ、ミレーヌはそんな僕達に説教をする。
「ちょっと失礼します・・・・・。」
受付嬢にそう言いながら、僕達の服の袖をクイクイッと引っ張ってカウンターから数歩離れた所へ僕達を連れて行く。
「ジュリアン様。オリヴィア。
貴方達は、冒険者の仕事を何だと思っているのですか?」
僕はミレーヌの言葉にキョトンとしてしまう。
「あの・・・・。牧場を襲う魔物退治とか。
強盗集団の退治とか、そう言うのだと思ってたんだけど・・・。違うの?」
「いえ。勿論、そう言うのもありますけど。
ありますけど、その前に先ほど受付嬢が言っていたように、そう言った依頼はそれなりに信頼を得てから出ないといけません。
具体的に言うとですね、この小さな町で何か危険で高報酬な仕事があったとしても、その高報酬を支払うのがもったいないと。だから、その仕事を与える前に細々とした雑用もやらせてしまえ! ってことですよ。
高報酬の仕事がしたければ、先ほどの雑用をこなさなければ、仕事は与えてもらえないでしょう。」
・・・・。なんということだ。
つまり、僕達は雑用をこなした後で、その報酬として初めて真っ当な仕事を与えてもらえるという事か・・・・。
「あのですね・・。ジュリアン様。
ドブさらいも羊飼いの雑用も立派なお仕事です。・・・・・・。まぁ、子供のお使いレベルの仕事と言って差し支えありませんけど・・・。」
「いや、言いたいことはわかるけど、本来の職業以外の仕事を押し付けられるのはあんまりじゃないか?」
僕がそう疑問を口にすると、ミレーヌは ”この・・・お坊ちゃんめ ”、とでも言いたげな深いため息をついてから言う。
「ジュリアン様。流れ者と言うものが、どういう扱いをされるのか、よくお考え下さい。
どこの誰とも知らぬ放浪者に誰が優しく接してくれますか? 下手に優しくすればつけあがられたり、場合によっては犯罪に巻き込まれてしまいます。街の住人の信頼を得るためのプロセスをしっかりこなすことが双方のためになるのですよ。
それに本来の仕事以外の仕事ですって? それは違います。質の違いはあれど、この世界の誰がやりたい仕事だけをやらせてもらえるというのですか? 皆やりたくない仕事をたくさんこなしています。その内に儲け話ややりたい仕事が回ってくるものです。そうやって皆、生計を立てているのです。
冒険者は本来の仕事を与えられるまで、下積みとして、こういった仕事をする。それがセットです!!」
王族でお城に生まれ育った僕には到底、想像できない下々の事情をミレーヌは教えてくれた。・・教えてくれたというよりも世間知らずのお坊ちゃんにちょっとイラっと来ている感じだった。
まぁ、でも。確かにそうかな。儲け話の下には数々の下積みの仕事があるのは、前世の日本でテレビタレントさんもデザイナーさんでも一緒だった。冒険者の場合、雑用がそれにあたるわけだ・・・。
仕方がない。では、受けるとしようか・・・・。しかし、その前に・・・・・。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが、これらの仕事をこなした後の高報酬のお仕事って何がありますか?」
僕が受付嬢にそう確認すると、受付嬢は少し困った顔をして「すみません。現在、そのような依頼はありません。・・・・小さな町ですので、すいません・・・・。」と言って気まずそうにしている。
・・・・
・・・・・。なるほど、つまりこういう事か。
ありもしない高報酬の仕事は流れ者に安い仕事をさせるためのエサってわけだ。そして、仕事が終わった後に、「高報酬の仕事は、終わってしまった」とでも言うのだろう。汚い真似を。
僕とオリヴィアは怒って役所から出ていく。そのあとをミレーヌが慌てて追いかけてきた。
「ジュリアン様。流れ者の冒険者は日銭を欲しがるものです。さっきみたいな仕事でも喜んでやりますよ? 王族の貴方にはわからないかもしれませんが、どんなことでもやって収入を得ないことには死んでしまうのですよ?」
・・・・。王宮暮らしの僕には想像もできないことだったが、お菓子二つ分の対価のために大の大人が一日かけて働く世界なんて・・・。そんな稼ぎの親に育てられた子供は、どんな生活をするのだろう?
僕は改めて下々の者たちの生活の厳しさを思い知った・・・・・・。
そんな僕達が役所を出て、宿屋に帰る途中、路上で何事か騒動が起きていた。様子を見てみようと野次馬の中に混じって、揉め事が何か確かめてみた。
するとそこには、見るからに少数民族の民族衣装を着た者たちが露店を広げていたので、町の人々に怒られている様子。きっと彼らは、町の顔役を通していないのだろう。
「よそ者が誰の断りを得て、ここで商売しているのだ?」
「まってください。ここは誰に断りを入れる必要のない往来。どうか、見逃してください。ほら、この果物をさしあげますから。」
言い争いをしている二人は、如何にも力の強そうな町の住人と、それをどうにかなだめようと、干した果物を手渡そうとする若者だった。
しかし、誰がドライフルーツなんかで、その商売を認めるのだろうか?
その少数民族の若者の露店を覗くと、ドライフルーツやら豆やら干し肉が置いてあった。なるほど、この内容なら、商店街の人たちと揉めるのは当然だろう。販売している商品が重なっている。これが少数民族ならではの珍品であれば、対立することはあまりないだろうけど、こうなったら若者は商店街の人たちの商売敵になる。また、町ではある程度、品物に対する相場というものがある。それを崩されては日々の収入計算が狂ってしまう。町の人たちが怒るのは当然だった。
やがて、町の人だかりが増えるにしたがって、揉め事が大きくなる。そのうち、商店街の人たちは、怒鳴り声でなく、商品を置いた棚を叩きはじめた。このままではその内、品物を地面に投げつけかねない危険があった。その危険な空気に若者の連れた幼子たちが怯えて泣き出した。
「うわああああああ~~~っ!」
と、泣き声を上げながら、意味の分からない言語で何かを訴え始めた。
・・・・・・・これは危険だ・・・・・。
子供の泣き声はどういうわけか、他人を苛立たせるものだ。すでに怒り出した街の住人に対してこの泣き声を浴びせるのは、火に油を注ぐようなもの。
それは彼らの怒鳴り声が大きくなる様子から察せられた。
「まてまて。待ってください。落ち着いてください。皆さん。」
僕がたまりかねて、揉め事に割って入る。
「なんだ!? てめえはっ!!?
見かけない顔だなっ!? よそ者か?」
初めに若者と揉めていた如何にも力の強そうな男が僕に向かって威嚇する。
「私は旅の者です。そこの宿に泊まっていますし、上等の馬車を注文している上客です。」
僕が自分が町にお金を落としている客と知って、町の人たちは、少し冷静を取り戻す。
僕はその隙をついて、若者と街の人双方へ話しかける。
「それよりも、乱暴はおよしなさい。この人数が抑制が効かなくなったら、人死にが出かねませんよ。」
「それに露天商を開いている君。ここでこれ以上店を開くと間違いなく、店は壊されてしまいますよ。悪い事は言わない、今すぐ、町を出て行きなさい。子供たちまで危険な目にあいますよ?」
僕は出来るだけやんわりとした口調で双方を説得する。町の人たちも僕が「店をたため」と言っているので、自分たちの味方をしてくれていると思って少し落ち着いたし、若者も「店を壊される」「子供も危険だ」と言われたら、引き下がるしかない。
ここは、若者が店を引き上げるという事で話が落ち着いた。
すごすごと町を立ち去る若者の背中を見ながらミレーヌがいう。
「彼はまたやってきますよ。
生きるために、危険を冒してでも、家族を養うためには稼がないといけないのですから・・・・。」




