燻製肉を作るぞっ!!
翌日、師匠はあっという間に大きな屋台の荷車を作り、それを走りオオトカゲに引かせる馬車を作る。
大工工事と言っても補強部分にはただの鉄ではなく、魔法で強化された木の楔を打ち込むわけで、その繊細な魔力操作に僕だけでなくオリヴィアも驚嘆して、ため息が漏れた。流石は師匠。魔神フー・フー・ロー様。僕達は文字通り神業を堪能するのだった。
馬車は半日で作られて、その日の夕方に僕達は走り大トカゲを操って林を抜ける。
それから、3日間は走り大トカゲの馬車だった。走り大トカゲは馬や毛長牛ほどには早く走れず時速20キロ強といったところか。それでも普通の人間が走るよりも大分早いし、速度がそこまで早くない分、荷台に乗っている人間への負担が少ない。どんなものにも長所と短所はあるもので、僕達は走り大トカゲのひく安楽な馬車の旅を楽しんだ。
そして、3日ほど走ってから、師匠は地図を広げながら再び、馬車を廃棄すると言い出した。
「この先、3キロの所に町がある。そこに着く前に馬車を廃棄して、町に着いたら、ちゃんとした馬の馬車を買おう。それでこいつにかかっている俺の魔力の痕跡も消せるからな。」
作っては壊し、作っては壊しの馬車の旅だが、師匠の言い分には無駄な部分は一つもない。師匠は意外なほど慎重で繊細な作戦を立てる。異界の王の首を狙うお尋ね者の神らしく、猫のように警戒心が高い。祖国に命を狙われる逃亡者の僕達にはかなり必要な生き構えだったので、つくづく勉強になるのだった。
ただ、「走り大トカゲは、殺して肉にする。」と、言い出した時には、閉口してしまった。※閉口=困ってしまうという事。
オリヴィアをはじめ女の子たちは、ここ数日ですっかり懐いた走り大トカゲに若干の愛情が芽生え始めていたし、僕としては大トカゲの肉なんか食べることに抵抗があった。お坊ちゃんどころか王子様だからね。しかし、火精霊の貴族ヌー・ラー・ヌーが「あら、走り大トカゲの肉は美味しいのよ? 半日以上煮込んだら、その身はトロトロの極上のスジ肉になって、シチューにしたら最高よ?」と、言うのを聞いて、途端に僕達は、興味がわく。なんといっても、僕達、成長期なのに、ここ数日はたんぱく質が足りていない。美味しいお肉と聞いては、胃袋が黙ってはいないのだ。
「俺が捌いて凍らして、体に巣食っている悪い虫を殺してから、調理する。
日持ちするように燻製肉にするから、ジュリアン。お前は火の用意をしろ。」
師匠は流石に僕達に気を遣って、絞めるのと、肉をおろす役をやってくれるという。というか、凍らせて寄生虫を殺すのを考えると、意外と生活に役に立つな氷魔法。僕は戦闘に使うことしか考えてなかったけど・・・・・。
そう思った時に、僕は氷魔法を使えば、バニラをはじめとする氷魔法に応用できるのではないか? また、冷凍庫を作れるのではないかと、思いを巡らせる。氷魔法は時間による魔力劣化によって、いつまでも氷を維持できるわけではない。だから、氷室くらいは作り出せるのだが、冷凍庫や冷蔵庫まで作り出せるわけではない。しかし・・・・。僕は上手くやれば、この氷魔法を使って冷蔵庫を作れるのではないかと思う。それが作り売ることが出来たら、それはこの世界では世紀の大発明となり、僕らは莫大な資金を得ることが可能となる。これは、是非に手を付けるべき案件かもしれない。
そんなことを考えながら、僕らは師匠が走り大トカゲをお肉におろす間に馬車を砕き、火を起こして燻製肉を作る準備をする。草と木の枝で組んで作った網に燻製肉を並べて、熱燻という手法で燻製肉を作る。熱燻は短時間で燻製肉を作るのに向いている手法だ。ただし、短時間の方法なので内部の水分が抜けにくく、腐敗しやすいという欠点がある。しかし、師匠は、それで構わないという。
「内部まで強烈に一気に凍らせた場合、内部の水分が一気に抜けるので数日は持つぞ。」という。
僕らはその言葉を信じて走り大トカゲの肉を熱で燻って乾燥させる。出来上がった燻製肉は、軽く酒で拭いてから、木の箱に詰めた。
「町に着いたら、この箱に詰める塩を買わねばな・・・・。日持ちが違う。」
僕達は師匠のサバイバル技術をまるでキャンプのインストラクターに指導されて感動する子供のように聞いてはしゃいだ。
そして、馬車が燃え尽きたのを確認すると、火を水で消してから、徒歩で近くの街を目指した。3キロの道のりは女の子の足の速さでも3~40分あればつく。僕達は、久しぶりに文明の香りに触れるのだった。
「うわ~・・・。田舎・・・。」
その町に着いて、最初に思わずそう呟いてしまった。その町には前線近くの街に会ったような活気も人気もなかった。一応商店街はあるのだが、距離にして50メートルほどの商店街だった。
それでも一応、商店街。食材が置いてある店があれば、武器が置いてある店もあるし、生活雑多用品から、鍛冶屋まである立派なアーケード街だった。
師匠はまず、宿屋を訪ね、3部屋押さえることにした。
一部屋は、師匠とヌー・ラー・ヌーとミュー・ミュー・レイの爛れた部屋。
もう一部屋は女の子の部屋。
そして、最後の一部屋は僕の部屋。僕と言うか、男の子の部屋だ。ローガンと合流したら、ここは二人の部屋になる。そうなるまで悠々自適の一人部屋だが、逆にこの数日、祖父と会えていないシズールがローガンの身を案じて心配そうに、
「神様。お爺ちゃん。無事か?
帰ってこない。どうしよう?」と尋ねた。
師匠は「ローガンなら心配ない。あ奴はそうそうやられたりしない。安心せよ。」と慰めるのだけれども、シズールは心配でならない様子だった。
「きっと・・・。ローガンとこんなにも長く離れ離れになった事が無いのよ。
ずっとローガンと一緒にいたから、喪失感が大きくてたまらないのよね。」
オリヴィアはそう言ってシズールを抱きしめてやるのだった。そう、オリヴィアもずっと一緒にいた自分の半身、クリスと別れ離れになった喪失感にずっと苦しんでいる。そんなオリヴィアにだからこそ、シズールを慰めることが出来るのだった。
僕は、一人部屋を堪能できなくなるのはさみしいけれども、シズールの事を思うとローガンの帰還が一日でも早くなることを願わずにはいられなかった。
そうは言っても、僕達は長い馬車暮らしから解放されたのだ。その日は久しぶりに僕達はゆったりと過ごせた。宿の据え膳、上げ膳の食事は楽だし、風呂もゆったりと入れる。こんな生活は久しぶりだった。
僕達はすっかりリラックスして、その日を過ごした。
でも、翌日、僕達は情報収集のために立ち寄った雑貨屋で衝撃的な話を聞いた。
僕達の祖国、ドラゴニオン王国の傭兵が死守する砦がラインドロオ公国の大軍勢の前に陥落し、全滅した・・・・・と。




