暗殺慣れしてないんだねっ!!
僕が教授たちと議論しあった次の日の朝。僕は寝不足と疲れで最悪の目覚めとなった。
寝ぼけ眼で朝の支度をして朝食をとるために食堂に出たが、クリスとユリアの二人はまだ支度中だった。
女の支度は長い。
父上は常々、「女は男のために常に美しくあろうとする。そのために支度が長くなるならば、黙って待つのが男の仕事だ。」と、母上の支度を待っておられる。そういう教育を受けた僕は、クリスとユリアが綺麗に身支度して食堂に現れるのを心待ちにできる心の余裕がある。父上はいつも正しい。
僕がまだ寝ぼけた頭で二人を待っていると、スティールが執事に案内されて食堂まで僕を迎えに来た。
「殿下。おはようございます。」
昨日の決闘で僕に負けたスティールは騎士としての約束を果たし、僕に忠誠を誓った証を立てるかのように僕を迎えに来たのだ。
彼の顔に深々とついた切り傷は、僕の拳が作ったものだ。顔も随分、腫れている。この分だと、昨夜は熱が出ただろうに・・・・・。
「おはよう。スティール。出迎えご苦労。」
「・・・・その傷。痛むだろう? どうして回復魔法で治さなかった?」
僕が顔を指差しながら、スティールの顔に付いた傷を治さなかった理由を尋ねると「・・・・・悔しかったものですから。」と、はにかみながら答えた。その態度から察するに、昨晩は悔しさで寝付けなかっただろうが、朝には心の整理をつけて僕に臣従する気になったのだろう。そうでなければここには来ない。
「スティール、座りたまえ。もうじき、ユリアとクリスが来る。朝食はまだかい?・・・・よし、なら、一緒に朝食にしよう。その傷は食事の前にクリスに治してもらえ。折角の朝食が傷があっては台無しになるからね。クリスならば、一瞬で治してくれるだろう。」
僕がそう言うと、スティールはしばらく考えていたが、やがて「あっ・・・」と呟いて
「ああ。あの殿下と同じ転生者という少女ですか?」
と尋ねるので「そうだ」と僕は答えた。
その時、ちょうど朝の支度を終えたクリスとユリアが姿を見せた。
「「おはようございます。ジュリアン殿下。」」
二人は深々と僕にお辞儀をした後、顔を上げる。その時、初めて着座するスティールの存在に気が付いた。
ユリアはスティールを見ると、この傷を心配して、すぐに駆け寄った。
「大丈夫? スティール?
どうして傷を治してないの?」
スティールは、大分、答えにくいようで恥ずかしそうに顔を背けている。
そんなスティールを見かねて僕はクリスに傷を治すように頼むと、クリスは一瞬のうちに跡形もなく裂傷を治してしまうのだった。
「こ・・・・これはっ!!・・・・噂には聞いておりましたが、流石、神童でございますな。」
「そうだろう、そうだろう!!」
僕は自分のことのようにクリスのことを自慢した。
「いや。スティールも昨日は痛みで寝付けなかったみたいだな。僕も昨晩、右手がうずいて眠れず大変だったよ。」
などとそれとなく下ネタを言うのだが、スティールは流石に男の子だけあって苦笑いしていたが、クリスとユリアは、キョトンとしていた。
いや、知られたいわけじゃないよ?
昨晩、クリスがあんまり刺激的なことを言うから、収まりつかなくなっている僕の下半身を見た小姓は、僕を一人でお風呂に入れる様に気を使ってくれたし、ベッドのわきには、タオルが何枚も置いてあった。
おかげで僕は、身を焦がすような滾りを抑えることが出来たし、そのせいで頭がまだ寝ぼけているんだけど・・・・・・。
・・・・・どうも違和感があるんだよな。
クリスは前世が男なんだから・・・・・それも僕と一緒に日本で生まれ育ったのだから、気が付いてもよさそうなものなのに・・・・・まるで、男としての気持ちを察せないことが多すぎるように思う。
今生が女の子なのだから、その精神性が完全に女の子であっても不自然さはないのだけれども、知識はあるはずなんだが・・・・・・。
まぁ、知られたいわけじゃないから、これはこれでオッケーなんだけど、なんか違和感があるんだよね。クリスは・・・・。
まぁ、それはともかくとして、僕達は4人で楽しい朝食をとったのち、修学旅行2日目の準備に入る。
修学旅行2日目は、1チームを作っての飯盒炊爨だ。いや、飯盒はないけど。
ま、ようするにキャンプ飯だね。
僕達は4人でチームを組むことを約束すると、集合場所に向かう。
アルバート教授は「仲良くチーム編成するように。」と注意喚起をしながら、全員が仲良くチーム分けされるのをジッと監視していた。昨日のことを早速、気にしてくれているらしい。本当に助かる。
そして、全員のチーム編成が終わるのを確認すると、僕達に飯盒炊爨のやり方の説明とコツの説明をする。
その後、全員で昼食の準備にかかった。
この修学旅行は言ってみれば懇親会で、新入生同士が仲良くできるようになるのが目的だ。食事は仲を深めるのに適している。
僕達は、先ず食材集めから始める。湖のそばにある山林を歩き、山菜を集めたり薪を集めたりする。そして、男子はその後に湖で魚釣りをする。もちろん、一時的に釣り堀のようになっていて誰もが釣果を上げられるようになっている。スティールをはじめ下級組の皆は、こういったことに対する経験が豊富だが、生憎と僕は釣りは生まれて初めてのことで、随分と苦戦して、かなりスティールの世話になった。献身的なスティールの指導もあって僕も何とか制限時間までには魚を釣り上げることに成功して、恥をかかずに済んだ。
他の男子が釣っているのに、僕だけ釣れてなかったらクリスに対してカッコ悪いものね。
僕はクリスの前ではずっとカッコよくいたいんだ。
そして、釣り上げた魚は、無事女子たちの前に運ばれて、調理をしてもらうことになった。
クリスとユリアは、魚をさばくのも初めてのことだから、キャーキャー言いながら、怖がりながら調理をしていた。
なるほど。ここで女子力をアピールして、将来の殿方をここで見つけていくわけか。
そして男子は女子が悪戦する姿をニマニマしながら観察して癒されるわけだ。そして、恋人となるべき女子を探す。
この修学旅行は、懇親会でありながら、恋人探しの季節祭のようなものだ。
本来、祭りは豊穣を神に感謝するとともに、恋人探しをする行事でもある。この修学旅行もその部類に入るのだろう。学院側も憎いことをしてくれる。
僕はクリスの愛らしい姿を十分、堪能出来て嬉しい限りだった。
出来上がった料理は王家の僕にはなじみの薄いシンプルな魚料理であったが、「クリスが作ってくれるものだったら僕は何でもおいしいよっ!」と、何度も言いながら喜んで食べた。
そして、夕方までは再び自由時間となる。クリスが「ユリアとスティールを二人っきりにさせてあげましょう。」などと言いながら、上手く僕と二人っきりになれる時間を作ってくれた。
・・・・・
・・・・・・・あれ? あれだけユリアのことを毛嫌いしていたスティールなのに、二人は腕を組んで楽しそうに向こうへ行っちゃうぞ・・・・・
・・・あれ?・・・・・まさか、・・・・・あれ?・・・・・いつの間に?
僕が不思議がって何度も首をかしげていると、クリスは僕を見てクスクス愉快そうに笑うのだった。
ま、いいか。何はともあれ。僕はクリスと二人っきりになれるわけだ。
昨晩の様子と言い。これまでの変遷と言い。僕とクリスは精神的につながっているはずだ。
つまり・・・・その・・・・・そろそろ告白してもいいはずだよね・・・・・・。
前世の頃から、女の子に告白したことなんかないけど・・・・僕は・・・・クリスが欲しい。
クリスが恥ずかしながらも水着を見せてくれた時に、きっと僕は他の誰にも渡したくないって思ったんだ。
だから・・・・今日、この場で、誰もいなくなったこの場で告白するんだっ!!
と、決めたのになぁ・・・・・。
「おい。そこの慮外者。隠れていないで姿を現せ・・・・・。」
僕は背中に隠した中型サイズの剣を抜き取ると、クリスを守るようにしながら木の陰に隠れた男に語り掛ける。
隠れ潜んでいたことがバレた男は、剣をゆっくりと抜きながら姿を現す。
その姿を見てクリスが「きゃあああああああーっ!」と、悲鳴を上げた。
「騎士団すら気が付いていなかったというのに見事、見破ったな。だが、ここで死んでもらうぞ。ジュリアン王子・・・。」
暗殺者は、異形の持ち主だった。口は裂け、顔中に不気味なコブが出来ているし、目が3つもあったのだ。
その異形を見てクリスは悲鳴を上げたのだが、悲鳴を上げたもう一つの理由に、彼が明確に僕達を殺す「気」を発していたためだ。しかし、そのクリスの悲鳴のおかげで騎士団は異変に気が付き、僕達に駆け寄ってきた。
だが、僕と護衛の騎士団は10メートルほど離れている。暗殺者と僕達の距離はおよそ5メートル。
だから騎士団がどれだけ急いでもファーストコンタクトは、僕が防がねばならないのだ。
「しぃいいいいいいいーっ!!」
暗殺者は、奇声を上げながら僕に突進してきた。僕は素早く背中のマントを引き剥がし、彼が奇声を上げるフリをして口から一斉射出した毒針をマントで叩き落とす。
「おっ!!」
僕の素早い対応に暗殺者は驚嘆の声を上げる。意外だったのだ。僕の対応が完璧すぎたことが。
精神的な動揺は技の乱れを生じさせる。
暗殺者は、僕が振り回したマントに気を取られて、その陰に隠れるようにして伸びてきた中型の剣に気が付かず、右腕に深い刺し傷を負う。
「ちいいいいいー--っ!!」
意表を突かれた暗殺者は悔しそうに舌打ちをする。
「今時、含み針だけで暗殺が出来ると思ったか? お前、強そうに見えるが存外、暗殺慣れしてないんだねっ!?」
僕は暗殺者の未熟さを指摘しながら、追い打ちの袈裟切りを仕掛けるものの、流石にこれは剣で防がれてしまった。
暗殺者は、自分の未熟さを悟り、すぐさま逃走を始める。その後ろ姿を僕は追いかけんとしてクリスに援護を要請する。
「クリス!! 奴を捉えるぞ!! 君は補助魔法であの男の足を遅くしてくれっ!!」
突然のことにクリスはびっくりしたようであったが、すぐに答えた。
「あのっ・・・・・!!」
「ジュリアン様。あの・・・・わたし、回復魔法以外。全くつかえないんですけどっ!!」
は?
はああああああーっ?
「回復魔法以外、使えないっ!?
なんで? どういうこと? あれだけ神がかった回復魔法が使えるなら、何だってできるでしょっ!?」
僕がそう疑問をぶつけている間に暗殺者は、遠くに逃げ去ってしまった。
護衛の騎士団は、数名を残して暗殺者を追う。
そう、クリスは転生ブーストともいえるチートレベルの回復魔法を駆使できるのだが、それ以外の魔法は全く使えない普通の・・・・むしろ同年代には身体的に随分劣るか弱い少女でしかなかったのだった・・・・。
僕は、呆然としたままその事実を知るのだった・・・・・・・・。