そんな無茶なっ!!
「見ろ。お前の浅慮が新たな危機を生んだ。
精霊騎士が二人、我らを追跡してきている。このまま逃おおそうとするのは、オリヴィア達まで危険にさらすことになる。ここで迎え撃たねばならん。
全て、お前が招いた危機と知れっ!!」
師匠・魔神フー・フー・ロー様が指をさす方向には、僕にはまだ何も見えなかったが、風と月の国の淑女ハー・ハー・シーに看破の右目を授かった英雄・疾風のローガンには、その姿が見えるようでその身にまとう闘気が急に高まってきている。精霊騎士がやってきているは間違いない。
ローガンの体から放たれる緊迫感に嫌でも僕の緊張感が高まっていく。
「あれは、土精霊騎士のガークと水精霊騎士のミュー・ミュー・レイだな。
召喚に応じて来たか、無理な契約で縛られているのかのどちらかだな。
どちらにせよ、この場所で迎え撃つのは危険だな。もう暫く北へ移動して拠点を作る。俺の神域の中なれば、ジュリアン、お前でも奴らとやりあえるだろう。」
魔神フー・フー・ロー様は、敵の情報を正確に把握すると、僕達を担ぎ上げて走って、さらに北上する。先ほどの場所から10キロほど移動しただろうか? 師匠は僕達を降ろすと地面に神文を書いて御自分の神域を作り上げて、拠点とする。
10分ほどすると、二人の精霊騎士がその場に現れた。
屈強な肉体に大剣を背負った土精霊ガークと見目麗しい水精霊のミュー・ミュー・レイ。
二人はこの場に魔神フー・フー・ロー様がいることを知らなかったのか師匠の御姿を見て、狼狽しながらも、剣を構えて戦闘態勢を作る。
二人の精霊騎士のその凄まじい魔力量に僕は圧倒されてしまう。だが、師匠は二人の存在を鼻で笑うかのように言って諭す。
「誰に召喚されて来たのか知らぬし、どんな契約に縛られているのか知らぬ。
俺にとってはどうでも良い事だ。
ただ、俺の弟子に手を出すというのなら、盟約に基づいて貴様らを殺さねばならぬが、どうするね?」
手を出さねば殺しはしないという、警告だった。
だが、二人の精霊騎士は、師匠に頭を下げて敬意を示すものの「そうは参らぬのが、契約と言うもの。お覚悟をっ!!」と、不退の覚悟を示した。
二人がそう言った瞬間の出来事だった。二人は一瞬でその場から弾き飛ばされて地面を転がる。
何が起こったのか、僕には見通せなかったが、二人が元々いた場所に師匠がサイドキックのポーズをして立っておられたので、師匠が瞬間移動をして二人を蹴ったのだと理解できる。文字通り精霊騎士たちが一蹴されたのだった。
どうにかこうにか立ち上がる精霊騎士二人の体が震えている。恐らく、相当なダメージを内臓に負ったのだろう。
「神である俺に覚悟せよとは、随分と尊大な口を叩くな? 精霊騎士の分際で・・・。」
そう。そうなのだ。かつて僕は師匠と戦った時、王家と契約している5人の精霊騎士を召喚して立ち向かってもらった。5人がかりであったが、師匠相手には時間稼ぎをするのが精一杯だった。その上、あの時の師匠は到底本気を出しているとは思えなかった。それは、あの時、僕に召喚された5人の精霊騎士たちが師匠と戦うことなったと知らされた時の怯えた様子と、その後に召喚した地の底の国の防衛隊の隊長と言える高位の龍族ギューカーン様さへ、善戦したとはいえ師匠に手傷一つ負わせられず押し止めるのが精一杯だった事実を踏まえると明らかだ。それを思えば、今、師匠相手に精霊騎士が二人で戦う姿は、自殺行為と言うより他なかった。
「これは・・・・。凄まじいですな。」
200年前、魔神ゴランと戦った勇者アルファのパーティの一人、疾風のローガンをもってしても、圧倒的な強さを師匠は示して見せた。
「魔神ゴランは、闘神ではなかった。魔神フー・フー・ロー様は、仮初の神とはいえ、その本質は闘神。やはり、戦いとなれば魔神ゴランとは格の違いを感じますな。」
疾風のローガンは、かつて自分が戦った魔神ゴランと師匠の戦力差に驚きを禁じ得なかった。
師匠は、その言葉を聞いてニヤリと笑うと、「俺とあの疫病神を一緒にするな。」と答える。
戦力差は圧倒的だった。恐らく、剣戟が三合する間に決着はつくのだろうなと、僕は推測する。 ※三合。文字通り互いの剣が三度の攻撃を交えるという意味。前の数字の数だけ攻撃の回数は変化する。古武術の用語
しかし、師匠はそうはしなかった。
「ジュリアン。此度の失策の罰を受けよ!!
そこな土精霊騎士と一人で戦い、五合のうちに打ち殺せっ!!」
と、僕に命令する。
・・・・・・・
・・・・・・はいっ?
僕が・・・・土精霊と戦って・・・・殺す?
「む、無理無理無理・・・・無理ですって!!
師匠、僕は人間ですよっ!? よしんば勝てたとしても五合の間にとは、無理難題すぎますっ!!」
僕は右手を左右に必死に振って、師匠に懇願するも、「何のためにこの場を俺の神域に変えたと思うのだ? 俺と契約せしお前なら、今なら人外の力を発揮できる。いいからつべこべ言ってないでやれっ!!」と願いは一蹴されてしまう。
うう・・・。や、やるのか。僕が・・・?
「あ。土魔法は使うなよ? あと、氷精霊の召喚魔法も俺の身の上を考えれば分るだろうが、使うなよ?」
師匠っ!! それって、あんまりじゃないですかっ!?
「黙れ、俺はこの女を生け捕りにする故、お前はそいつを殺せっ!! これは神命であるっ!!」
神命。その言葉を聞かされたら、僕の体は盟約に従って抗うことは出来ない。自分ではそうしようと思ってもいないのに、体は土精霊騎士ガークに槍の穂先を向けて構えていた。 ※槍の穂先とは、槍の刃物部分のことをさす。穂先の反対側を石突という。
「おのれっ!! 神とはいえ、舐めた真似をっ!!」
土精霊騎士ガークは、恥辱に身を震わせながら、僕に襲い掛かってきた。
「いかに神域といえど、人間ごときが我ら精霊騎士に敵うと思うなっ!!」
怒りの言葉を発しながら、凄まじい速度で僕に襲い掛かるガーク。だが、神域のご加護だろうか? 僕の目にもガークの動きが見えた。バックステップで後方へ飛び去ると、ガークの大剣による横薙ぎを避けることが出来た。
「なにっ!!?」
大剣をかわされたことは、ガークにとってもショックな事だったようで驚きの声を上げる。
それと同時に水精霊騎士ミュー・ミュー・レイの「きゃああああああっ!!」という悲鳴が鳴り響く。
悲鳴の方向を僕と同時に振り向いたガークは、師匠の隠し武器・神鉄の鎖によってあられもない姿に緊縛されて生け捕りにされてしまった哀れな水精霊騎士ミュー・ミュー・レイの姿を見る。
「いやぁあああっ!!
こ、こんな格好っ!! ひ、酷いっ!! 酷いっ!!
神よっ!! 女とはいえ、騎士にこのような恥辱を味あわせるのなら、一思いに殺せっ!!」
ミュー・ミュー・レイは、恥辱に耐えきれずに涙をこぼして師匠に訴える。
だが、師匠は「女とはいえ・・・だと? お前が女だと思い知るのは、これからだと覚えておけ。」と、残酷な笑みを見せながら言うのだった。ミュー・ミュー・レイはその言葉にえも言われぬ恐怖を感じているのか、悲鳴を上げて怯えながら暴れてどうにか逃げようとするのだが、その身を縛る神鉄の鎖は、たとえ細くても想像を絶する頑丈さで精霊騎士の力をもってしてもとても引きちぎれるような代物ではないようだった。
「神よっ!! いくらなんでも惨すぎませぬか? 彼女に騎士としての誇りある死をっ!」
見るにたえぬと、たまりかねたローガンが諌言するが、師匠は聞く耳は持たないようだった。
「我々は、これからこの女から敵の情報を聞き出さねばならぬ。
甘えたことを抜かしていないで、ジュリアンとガークの戦いを見届けよっ!」
師匠は、彼女を尋問して情報を聞き出すつもりらしい。そう言えば、かつてミレーヌを捕えた時、僕の護衛の騎士団もミレーヌの服を剥ぎ取り、裸にしていた。僕が「肌くらい隠してやれ」と、命令しても「羞恥は拷問の手段の一つ。殿下、ここはどうか心を鬼にしてください。」といって引き下がらなかったな。今、ミュー・ミュー・レイが師匠によってあられもない姿で拘束されているのも、そういう意味があるのだろう。
「なんと惨い真似を・・・・。」
土精霊騎士ガークも同じ精霊騎士としてミュー・ミュー・レイが受けた恥辱に非難の声を溢すのだった。しかし、その言葉は師匠に利用されてしまう。
「では、土精霊騎士のガークよ。
そこな少年と戦い五合を乗り越えて生き残って見せよ。その暁には、この女を解放してやろうぞ。」
その言葉は、土精霊騎士ガークに火をつける。
「二言はないなっ!! 神よっ!!」
「無論だ。お前たちを見逃してやる。」
師匠が断言したことにより、契約が成立する。この契約を破れば、師匠はいつぞやのように罰を受けるだろう。
余計な真似を・・・・・。さっきまでのガークだったら、僕に対する油断もあり、付け入る隙もあっただろうに、今のガークは、ほんの少しの油断も隙もない。対する僕は、土魔法は使えない。氷魔法による召喚術も使えない。縛りルールを付与された状態で土精霊騎士ガークに勝たなくてはいけなくなった・・・・・。
そ、そんな無茶なっ!!!
僕は心の中でそう叫ぶのだった。




