話を聞いておくれよっ!!
僕達は夜中に月明かりを頼りに砦へと向かう。前線から近い町だったので3時間もあれば砦付近にたどり着ける。その道中、僕達は土の国の王に使える神官に姿を変えることにする。
「いと恐ろしき冥界と現世の間の国の騎士ゴー・ラー・ドーよ。闇と光と汚辱と,栄光の虚実を練り合わせて我に異形の姿を与え給うこと、
ジュリアンが畏み、畏み願い奉り候。」
僕達は冥界と現世の間の国の王ルー・ラー・ドーン様の配下の騎士、ゴー・ラー・ドーが授けし幻術を唱えて土の国の王に使える神殿の神官に身をやつす。ドラゴニオン王家の秘術は土魔法であることは国民は誰でも知っているので、土の国の王に仕えし神官ならば、商業国家ルーザ・デ・コスタリオの砦を任されしドラゴニオン王国の傭兵たちも邪険には扱わないだろう。
僕達は深夜に松明を煌々と照らして、自分たちの存在をアピールしながら砦に近づく。
夜襲を考える者は、松明を使わないし、ましてや砦に二人で攻撃を仕掛けるバカはいない。砦の見張りも最初は何事かと怪訝な顔で僕達を見ていたが、やがてはっきりと姿が見える距離になると、僕達が土の国の王に仕える神官だと気づき、声をかけてきた。
「そこの神官二人。どうぞ、お止まり下さい。一体、何用があってこの砦に近づきなさいます?」
見張りの一人が声を上げるので、僕達は馬車から降りて話しかける。
「おお。砦を守りしドラゴニオン王国の兵よ。すぐにお逃げ下され。
もうじきラインドロオ公国の親元であるラー・ラー・デ・コスタが3万の軍勢を率いてここに向かってきます。」
「えっ!? なんですって?」
僕の言葉に砦の見張りは顔をしかめた。
「聞こえなかったのかね?
ここにもうすぐラー・ラー・デ・コスタの3万の大軍勢が来る。無益な殺生が起きる前にお逃げなさいと言っているのですよ。」
僕は努めて冷静な口調で語り掛ける。
しかし、夜中にいきなり現れた神官に「逃げろ」と言われる非現実的な状況を訝しんだ見張りは、自分では判断できないと思ったのか、「しばらく待たれよ!」と僕に伝えてから、自分の上官らしき人物を連れてきた。連れてこられた上官も明らかに不信感を漂わせた表情で僕を見る。その身なりからすると、まず間違いなく小隊長だ。
「土の国の王にお仕えの神官殿とお見受けするが?」
小隊長らしき男は、まず僕の身分を確認する。
「いかにも。私はラインドロオ公国にある土の国の王の神殿に仕える神官である。
ドラゴニオン王国は王家が我らの神を厚く信仰してくれているので、この度のことを警告しに参った。
すぐにお逃げなさい。近いうちにラー・ラー・デ・コスタの3万の軍勢が貴方たちを蹂躙する。そうなれば、目も当てられない悲惨なことになる。貴方達は皆殺しにされ、国民も多く殺され、奴隷にされ、搾取されてしまう。そうなる前にルーザ・デ・コスタリオの国民も引き連れて、お逃げなさいと言っているのです。」
僕は出来るだけ危機感をあおるように説明するが、小隊長らしき男はそれで怯むような男ではなかった。むしろ冷静に僕の話を聞き、矛盾点を話すのだった、
「はて、それは不可解な話。
通常、貴方が軍使として降伏勧告をしに現れるのなら、話も分かるが、こんな夜更けに神官が二人連れで砦に来るなど聞いたことがありませんな。」
小隊長らしき男は僕を信用しないと言っているのだ。仕方ない。
「では、この砦の責任者とお話しさせていただきたい。
一刻の猶予もないのです。」
小隊長らしき男は、「そんな無茶苦茶な。」と、鼻で笑う。しかし、”一応は ”、という事で使者を出して指揮官と連絡を取ってくれた。ほどなくして、砦の扉が開き、中へ入れと言われた。
僕は小声で「気をつけろ。中に入った途端に襲われる可能性があるぞ。」とミレーヌに忠告する。その言葉を聞いたミレーヌは顔面蒼白になって、気絶寸前である。しかし、それにかまっている時間は僕にはなかった。無言で彼女の前を歩くと、ミレーヌは恐怖からか、僕の服の袖を掴んで後ろからついてくる。
その様子を見て、砦の傭兵たちが笑う。
「なんだぁ? えらく臆病な神官様だ!。」
「そんなに引っ付いて、お前はオカマか?」 「ま、坊主はアッチが多いって言うしな。」
などと嘲りを受けながらも僕達は砦に入る。入り口付近には100を超える兵士たちがすでに陣形を組んで僕達を取り囲んでいた。そして、僕達の退路を防ぐように扉が閉められた時、一人の立派な身なりの男が護衛に囲まれたまま姿を現した。
「私がこの砦の指揮官の一人グリス・ベン・シリバスだ。
土の国の王にお仕えする神官よ、今日は何用で参った?」
その名を聞いて、僕達は驚いた。彼こそ、僕達の同級生ユリアの父親だったからだ!!。
しばし、脳が真っ白になったが、やがて、これがかえって好都合という事に気が付いた。何故なら、僕達はユリアからある程度、この人物の情報について知っていたからだ。
そのおかげで彼に信用してもらうための妙案が思いついた。
僕は咳ばらいを一つしてから答える。
「おお。貴方がグリス・ベン・シリバス等爵様でしたか。神殿を通じて聞き及んでおりますぞ。確か、ドラゴニオン王国にある土の国の王の神殿に帰依なされておられるとか?
それならば、是非に私の言葉に耳を傾けていただきたいと存じまする。」
僕の言葉にグリス・ベン・シリバスはギョッとする。彼は僕が本当に土の国の王に使える神官かと訝しんでいたのだ。だが、僕が彼の身の上を知っていることで、僕に信憑性が出てきたと、思わずにはいられないのだ。
何故なら、等爵家は代々、王家に仕える正当な貴族と、豪商などが一代限りに爵位を買ってなる2パターンがある。代々、王家に仕える等爵家は他国からも一応、注目されているが、一代限りでコロコロ変わる側の等爵家など、他国はいちいち気にしていられない。それなのに彼が爵位を名乗る前に、他国の神官の僕が彼が等爵家と断じたことは、神殿を通じての情報であると思われるからだった。
僕は彼がほんの少しの動揺を覚えたスキに話を進める。冷静になってからでは、話が通じぬ可能性がある。
「等爵様。ほどなくラー・ラー・デ・コスタの3万の軍勢がこの砦を蹂躙いたします。そうなる前に、ルーザ・デ・コスタリオの国民共々、お逃げなさい。そうしなければ、ルーザ・デ・コスタリオは阿鼻叫喚の地獄絵図と相成りましょう。
何卒、お聞き入れのほど、よろしくお願いいたします。」
グリス・ベン・シリバスは、返答に困っていた。僕をまだ信用するわけにはいかなかったからだ。
ただ、動揺していることは確かだ。今なら畳み込めるはずだ。
・・・・・・。そう思って、説得を続けようと思ったのが間違いだった。
僕は数分にわたって説得を続けてしまい、完全に引き時を見失っていたのだった。
こんな敵地に長居をするなど危険行動以外のなにものでもない。本来なら、用件だけを伝えて僕達はすぐに去るべきだった。そうするのが自然だ。如何に神官と言えども戦争中は敵兵の怒りを買って殺される場合もある。それなのに、僕が何時まで経っても帰ろうとしないことをグリス・ベン・シリバスは不審に思ったのだ。
「・・・・・。神官殿にしては、えらく長居をされますな。ちょうどこちらも貴方のことを調べたいと思っていました。どうぞ、奥へ・・・。」
グリス・ベン・シリバスが右手を上げると、兵士たちが僕達の腕を掴む。
しまったっ!! このままでは僕らは不審者として捉えられ拷問されかねないっ!!
そう思った時、僕は最後の切り札を出す。
「ええいっ!! 放せっ!!」
僕は怒鳴り声を上げながら、ドラゴニオン流の体術で僕の両腕を掴む兵士を投げ飛ばし、ミレーヌの腕を掴む兵士も投げ飛ばす。その様子を見て兵士の一人が声を上げた。
「あれは、我が国の体術だ!! なぜ、ラインドロオ公国の神官がっ!?」
その声にグリス・ベン・シリバスが「なんだとっ!?」と、声を上げて驚く。
その動揺の冷めぬうちに僕は高々と名乗り上げる。
「我が名は、ドラゴニオン王国第一王子ジュリアン・ダー・ファスニオンっ!!
故あって、変装して危機を伝えに参ったが、こうなれば致し方ないっ!!
三文芝居は、御終いだっ!!
皆の者っ!! 心して聴けっ! 先ほど話したことは真実である。今すぐに撤退せよっ!!」
そう言って幻術を解き、本当の姿を現した時、軍勢から声が上がる。
「あっ!! あれは紛れもなくジュリアン殿下だっ!!」「殿下だっ!!」「本当だっ!! 転生者のジュリアン殿下だぞっ!!」
口々に兵士たちが声を上げるのを聞いて、僕はホッとした。これで、聞いてもらえると思ったからだ。
・・・・・思ったからだ・・・・。
だが、グリス・ベン・シリバスが次にとった行動は、僕の抹殺命令だった。
「殺せっ!!
世界を滅ぼす元凶となる転生者は殺せとの国王陛下のご命令だっ!! 今すぐ、殺せっ!」




