じっとしていられないよっ!!
「ジュリアン様。貴方はそれをどうやってドラゴニオン王国の傭兵に伝えるおつもりですかな?
甘ったれたお考えは、お捨てなさい。」
ローガンの言葉に僕は凍り付くのだった。
そう。そうなのだ。僕はもうドラゴニオン王国の第一王子ではない。それどころか故国傭兵王国ドラゴニオンは災いの神ドゥルゲットの思惑に乗せられて、転生者である僕とオリヴィアの命を狙う存在になっていた。
それでも僕はドラゴニオン王国の民草には無事でいてほしいし、商業国家ルーザ・デ・コスタリオに派遣されている部隊の皆を無事に故郷に帰してあげたい。そう願っている。
同時に、心のどこかで僕は未だ家臣たちが僕の事を大切に思ってくれていると信じていた。
疾風のローガンの言葉は、そんな僕の甘い考えを真っ向から否定したのだ。
分かってはいることだったが、改めて言われると、これはかなりキツイ。
僕がローガンの言葉ですっかり意気消沈した姿を見て、シズールがローガンに向かって「御祖父ちゃん、ジュリアン様を虐めないでっ!!
わたし、御祖父ちゃん。嫌いになっちゃうぞっ!!」
と、非難の言葉を浴びせるも、ローガンは厳しい表情を変えずに僕を見つめていた。シズールはローガンのそんな姿を見て、ただ事ではないことを悟って泣き出す始末。
オリヴィアはオリヴィアでローガンの意見と僕の意見を見比べることもなく、より復讐に近い方を選択することだけを考えているらしく、何も言わない。
ミレーヌはと言うと、やはり、ルーザ・デ・コスタリオには、僕達の同級生ユリアの父親が指揮官として派遣されているのが気になるというのだった。
「皆さん。私は、個人的な感情でジュリアン様に賛成します。
あそこにはユリアのお父様がおられます。ユリアの為にも無事に帰してあげるべきです。」
ミレーヌの必死の言葉に、シズールも復讐に取り憑かれたオリヴィアの心も注目させられる。
「そう・・・ね。
ユリアの為にも、ルーザ・デ・コスタリオの傭兵にこの危機を伝えるべきだわ。」
オリヴィアも我に返ったかのように復讐よりもユリアのことを考える。
そうやって皆の心がルーザ・デ・コスタリオの傭兵たちを救うことに心が傾きだした時、ローガンは再び忠告する。
「何を甘ったれたことを・・・。魔神フー・フー・ロー様も仰ったように、これは戦争なのですぞ。勝つ側と負ける側は必ず存在します。ルーザ・デ・コスタリオの傭兵たちも大勢のラインドロオ公国軍の兵士を殺しています。死んだラインドロオ公国軍の兵士たちにも家族がおりました。ルーザ・デ・コスタリオの傭兵たちは自分たちの危機と言うわけでもないのに金目当てでこの戦争に参加して、それを殺したのですぞ?
ジュリアン様。魔神フー・フー・ロー様は、貴方に意見を求めましたが、それは傭兵王国ドラゴニオンの第一王子ジュリアン・ダー・ファスニオンに対してではなく、転生者ジュリアンに対して意見を求めたのです。
今、貴方の心は転生者ではなく、故国の兵士を思う第一王子となっています。しかし、この世界を救う転生者の貴方がそのように片方側にだけ肩入れするというのはいかがなものですかな?」
疾風のローガンの言葉はグウの音も出ないほどの正論だった。
確かにそうなんだ。僕は世界を救うという使命を背負わされてしまった以上、どちらか片方の味方をするべきではないのかもしれない。
師匠も仰った。戦争は人の業なのだと。
僕はその言葉の意味をよく考えろと、師匠から試されていたのだろうか?
ただ・・・。ただ・・・、それでも僕は、人が蹂躙されるのを見過ごすわけにはいかない。
そう、思うのだった。
「ローガン。では、僕はどちらかのためではなくて、戦争被害をなくすためにルーザ・デ・コスタリオの傭兵を救いたい。
・・・・駄目かな?」
ローガンは是非を答えず、フンっと鼻息荒く後ろを向くと部屋を出て行こうとする。その姿以上に不賛成を示す態度はないだろう。
だが・・・。ローガンが扉を開けた瞬間に、廊下からヌー・ラー・ヌーの甘ったるい鳴き声が聞こえてきて、部屋に響く。
慌てて部屋の扉を閉めるローガンは、大汗をかきながら、「いや。これは困りましたな。」とアーリーの方を見る。アーリーは肩をすくめて「だから言ったでしょう? 居場所が無いって・・・。」と苦笑い。
その部屋にいる者、誰もが赤面しながら苦笑いを浮かべた。
しかし、一旦部屋を出ようとしたローガンは、このまま居座るのも居心地が悪いようで、窓を開けると「では。」と一声かけてから、外へ飛び出していった。
・・・・部屋には、僕達が残された。
ローガンの言いたいことはわかる。転生者は中立でなくてはならないという考え方は僕も正しいと思う。それに既にドラゴニオン王国は災いの神ドゥルゲットによって僕の敵となっている。そのまま3万の軍勢が来ると知らせるためにノコノコ出て行けば、攻撃されかねない。
かといって、このラインドロオ公国の中の住人にメッセンジャーを任せるわけにもいかない。
僕らはしばし、頭を揃えて思案する。3人寄れば文殊の知恵なんていうけれど、人数が集まったからと言って、そうそういい考えなど出るものではない。
そうやって、うんうん考えていた時、ふと、前世の戦国時代の歴史が脳裏をかすめた。日本の戦国時代、降伏勧告を行う際、軍使が派遣される。しかし、軍使が殺されてしまう場合があるので僧侶が派遣されることがあった事を思い出した。
「そうだ! 僕が幻術で神殿の神官に変装して谷間の砦にいるルーザ・デ・コスタリオの兵士に危険をしらせるのはどうだろうか?
神官ならば、向こうも攻撃はしてこないだろう?」
全員がこの案に賛成したが、ふとシズールが
「朝になってこれを言ったら、反対されない?
御祖父ちゃんも神様も反対しないかな?」と不安そうに言う。
それを聞いて、僕達も一気に不安になる。
・・・・・これは、確かにそうかもしれない・・・。
不安は募って、女の子たちは皆、僕達を見つめる。そして、その不安を僕も抱えていた。
・・・・どうしよう?
どうするべきか? ちゃんと師匠に相談するべきか。それとも反対された時のことを考えて先に行動するか・・・?。
ええいっ!! 悩んでいても時間が過ぎるばかりだ。
僕は、一人、部屋を飛び出す。女の子たちは危険だから自分も行くと必死だったけれど、「君たちまで来たら、かえって邪魔になるっ!!」と、押し返した。
アーリーだけが一人、慌てて、ヌー・ラー・ヌーの悩ましい声が響く師匠の部屋へ走っていった。
僕は宿を出ると、ミレーヌが馬車に乗り込んできた。
「ミレーヌ!! 危険だ。君はここにいろっ!!」
「いいえっ! 私も幻術が使えますっ! ジュリアン様のお役に立てるはずですっ!!」
ミレーヌは引き下がる様子が無い。仕方なく、僕はミレーヌを連れて砦に向かうのだった・・・。




