大軍勢が来るっ!!
新たに到着した町は、多くの人が行きかって盛況だった。
「戦争が起これば人が集まる。人が集まれば商売の拠点となり、更に人が集まり繁盛する。
そして傭兵が増えれば、それを目当てに娼婦が集まる。」
師匠の言葉通り、町は盛況だった。
僕達のような屋台を引いた露店が集まり、テントを広げて行商人たちが何かを売っている。
そして、行きかう人々を目当てに大きく胸をはだけさせた女たちが街路に立って男を誘う。
少し外れた集合住宅の煉瓦の窓からは、半裸の美少年たちが男達を呼びこんでいた。
真昼間から大っぴらげに性風俗が流行っている。
路地を行くと聞く気もないのに、僕達の耳に少年や娼婦たちのすすり泣きに似た悩ましい声が聞こえてくる。
これは不道徳の極みだ。オリヴィア達は屋台馬車の中に入って、街の景観を楽しむ余裕もなく、目を瞑って耳を塞いでしまった。
ここは、まるで旧約聖書にあるソドムの街だ。
天の御使いと知らずに泊めたロトの家にはソドムの町の人が集まり、天の御使いを嬲り者にしてやるから差し出せと言う。ロトは困り果てて処女の娘二人を差し出すから旅人は勘弁してくれと言うが、ソドムの民はあくまでも天の御使いを差し出せと言う。結果として天の御使いによってソドムの町は滅ぼされロトの家族だけ助かった。
この神話からソドムは同性愛の町とされ、ソドミーという言葉の語源になったとか。
ただ、僕らの神である魔神フー・フー・ロー様は、別段この町を裁くおつもりはないらしい。
むしろ、馬車から顔を出して娼婦たちに手を振って愛想をふりまき、ヌー・ラー・ヌーにその手を噛みつかれていた。
というか二人は、目立たないようにしてほしい。
氷精霊の下級貴族シャー・シャー・ローの血を引くフー・フー・ロー様は、この世の者とは思えないほど美しい。白い肌、銀の長髪。眩い紫の瞳はただでさえ目立つ。フードを深くかぶり、顔を包帯で巻いて隠しているもののそれでも見える美しい瞳は女性を虜にするし、火精霊の貴族ヌー・ラー・ヌーは、高貴な美貌に加えてそのエロ過ぎる体形は男どもを寄せ付けてしまう。
だから、馬車の外に顔を出さないでほしい・・・・。
そんなこの世の者とは思えぬほど美しい容姿が理由で魔神フー・フー・ロー様は、自分だと目立つからと言って、疾風のローガンに町の顔役に店を出す許可を求め行くように指示して金を渡す。このみかじめ料が無ければ、この町で商売をしたら途端に、ならず者たちが僕達の露店に集まり商売を妨害する。
「誰の許しを得て、この場所で商売をしているんだ!?」
なんて決まり文句は、実際に存在する話で、そういう連中と仲良くすることが商売の鉄則だった。もちろん顔役たちも商売人がやっていけないような法外なみかじめ料は要求しない。その上、もし彼らの縄張り内で旅人や傭兵が無法な真似をしたら、途端に彼らがやってきて行商人たちを守ってくれる。この場合の守ってくれるは、商売の邪魔をした無法者をフルボッコにして身ぐるみ剥ぐって意味ね。
彼らは、この町の商売人の支配者であり自警団でもあったのだ。
旅慣れた疾風のローガンは、こういった連中との付き合い方も心得ていて、手抜かりなく顔役への挨拶と商売の許可を得る。
顔役は、疾風のローガンに青い羽根があしらっている通り番号が書かれた首飾りを手渡すと、区画の一番外にある場所に店を出すように言う。この区枠わけは、顔役が把握していて、ここで他の人間が商売していたら荒くれ者どもに命じて店を叩き壊す。店を出す許可を受けているかどうかは、首飾りで判断できるというわけだ。
僕達は、そう言った手続きを経て、このソドムの町で商売が出来るようになった。
露店を広げてすぐに、オリヴィアの可愛らしい声が町に響く。
「お菓子はいかがですか?
甘い果実の乗った焼き菓子はいかがですか?」
お菓子と聞いて娼館の少年少女がわらわらと集まってくる。だが、10枚で銅貨一枚と聞いて、少し躊躇する。上役に搾取される彼らにとって銅貨一枚は高価なのだ。
その様子を見て哀れんだ師匠は
「今日は顔見せという事で、無料で配ってやれ。気に入ったら、明日から買ってもらうという事で・・・・な。」
その言葉にアーリーは反対したが、娼館の少年たちが喜ぶ姿を見て、すぐに言葉を飲み込んだ。
「初日の顔見せとは言え、無料で配布するとは剛毅なことだ。」
周りの露天商たちも自警団のようなならず者たちも、師匠の振る舞いに感服したかのように唸っていた。
あっという間に焼き菓子はなくなってしまったけれど、僕達は満足だった。
だって、子供たちが喜ぶ顔が見れたから。師匠も子供たちに「ありがろうね。顔の綺麗なオジサン。」と言われて喜んでいた。
品切れになった僕達は、明日のお菓子の分も考えて、材料を仕入れに雑貨屋に向かう。
見た目が鬼族のシズールは馬車の中で師匠たちとお留守番。
僕はオリヴィアとミレーヌとローガンを引き連れて雑貨屋に向かう。
その道中の視線が気になる。元々、オリヴィアもミレーヌも絶世の美少女だ。目立たぬわけがない。
おまけに僕も美少年なので、ローガンは時々、大人の男達に「この少年はいくらだ。」「この娘はいくらだ?」と尋ねられていた。
ローガンは、そう言った連中を最初は「この子たちは私の主人の子供。今は商売の勉強で同行している。売り物ではありません。」と上手くあしらっていたが、やがてしつこい男たちも出てくる。
業を煮やしたローガンは、そんな男の襟首をつかむと、一瞬で地面にたたきつける。それっきり身動きしなくなったならず者を見て、町の誰も僕達に近づいてこなくなった・・・・・。
これで、この町での僕達の安全は確保されたと言ってもいいだろう・・・・。悪目立ちしてるけどね。
雑貨屋に着くと、小麦、砂糖、塩、油、乾燥させた果実、発酵乳などを仕入れる。どうやら女の子たちは明日はもうちょっと凝ったお菓子を出す気らしい。
雑貨屋の主人に支払いをするついでとばかりにローガンは情報を求めた。
もちろん戦場についてだ。
「やぁ、ご主人。盛況だね。この戦争はいつまで続くかね?」
雑貨屋の主人は首を振った。
「この戦争はもうすぐ終わる。」
「ほう、何故だね?」
「とうとう我らが親元であるラー・ラー・デ・コスタがしびれを切らして大軍勢を送ってくれるらしい。」
軍事大国ラー・ラー・デ・コスタは、ラインドロオ公国の母体となった国だ。もともと、ラインドロオ公国は、公爵家が与えられた土地が独立を認められてできた国。そして、今でもラインドロオ公国はラー・ラー・デ・コスタの庇護下にある。ひとたび公国に危険が迫ればラー・ラー・デ・コスタが出張って来るというわけだ。
軍事大国ラー・ラー・デ・コスタ。ドラゴニオン王国時代の僕が立てた作戦はこの国が本腰を入れぬうちに撤退させることだったが、戦争は長引いてしまった。そして、逆にラー・ラー・デ・コスタに本気を出させてしまう結果になったしまったのだ。
しかも地域の指揮者には、僕達の同級生ユリアの父親があてがわれていた。
僕はユリアの父親を始めドラゴニオン王国の兵士たちが心配になった・・・。
何故なら、雑貨屋の主人が言ったのには
「とうとう我らが親元であるラー・ラー・デ・コスタがしびれを切らして大軍勢を送ってくれるらしい。
その数、何と3万らしいぜ。」と言ったからだ・・・・。




