もっと知りたいよっ!!
僕達3人が山頂に戻った時、行商用の屋台が出来上がっていた。
それはまるで旅芸人の一座が使うような立派な屋台だった。それをこの一刻のうちに大工工事で作ってしまったのだから、流石は我が師匠。魔神フー・フー・ロー様と言ったところか。その屋台の傍らには、この大工工事に付き合わされて精魂共に尽き果てたかのようなローガンが横たわっていた。シズールが心配そうに声をかけているが、大丈夫なのだろうか?
「シズール・・・・ドコダ・・・ミエナイ。」
「ここっ!!
お爺ちゃん、私ここっ!!」
しっかりと手を握り締めるシズールにローガンは微笑み返しながら、弱弱しく答えるのだった。
「私ハ、ドーヤラ、ココマデダ。
アトハ、ジュリアン様二、オ願イシテアル。
二人ノ赤ちゃんヲ見レナイノハ、トテモ残念ダガ、幸セニナ・・・・・ガクッ・・・。」
「お爺ちゃ~~~んっ!!!」
ああ。いつもの小芝居が出来ているみたいだから、全然大丈夫だな。あのジジィ。
僕はローガンを気にしないふりをして、宝石袋を師匠に返す。師匠は中身を確認してから、中から小さな赤い宝石を選んで僕に渡す。
「もってろ。保険の代わりになる。」
その赤い宝石の名前は忘れちゃったけど、確か凄い高価な奴。光にかざしてみると龍の目が移り込む魔法の宝石で、これ一つで金貨50枚の値打ちがあった。
たしかにこれがあれば、例え何かの理由で一人になっても、全然暮らしていけるし、身代金代わりになるし、何だったら傭兵を何人も雇えてしまう。小さいけれども、それくらい高価な宝石だった。
そんな高価な宝石に皆が目を奪われているのを楽しそうに見ながら、師匠は確認する。
「で、ジュリアン。お前は町で何を見た?」
その一言で場の空気が変わる。みんなの視線が宝石から僕に移る。それは当然のことだった。
だって、僕らは3か月もあの隠れ家にいたんだ。どうしたって世俗に疎くなる。皆にとって僕のもたらす情報が今の世界を知る唯一のものだった。
僕は出来るだけ正確に情報を伝える。
山頂から街までの経路から始めて、町がどれくらいの規模であったかも語り、そこにあった雑貨屋がそれほど大きくはないものの小麦などが十分にあった事、そして、そんな店であってもこれ以上戦争が続けば、食糧難が来ると警戒しないといけないほど、戦争が長引いている事。
・・・・・・それらが僕のもたらした作戦が原因だという事。ひいてはドラゴニオン王国の庶民の評判を悪くしていることまで正確に語った。
フー・フー・ロー様とヌー・ラー・ヌー、疾風のローガンは、それを黙って聞いていた。まるで当たり前のことのように。
「・・・・この情報は、皆さんにとっては、大した刺激にはなりませんでしたか。」
僕は3人の様子から、僕自身にとっては大きな問題であったのに、世間的には小さな問題であったのだと、思った。
だが、そうではなかった。
「気にするな、ジュリアン。むしろお前は、よく観察してきたし、よく情報を集めてきたし、言いたくないこともよく正直に話してくれた。
ただ、俺たちが真顔なのは、長い歴史を見てきて人間の世界がどうであるか知っているからだ。
ドラゴニオン王国があるから戦争が長引く? それは合っているが正確ではない。
本当のことを言うと人間は満ち足りない生き物だからドラゴニオン王国などなくても戦争を続けるし、ドラゴニオン王国がなければ、新たな別のドラゴニオン王国が生まれるだけの話だ。
食料が足りない。
資源が足りない。
労働力が足りない。
色々な足りないを補うために人間は戦争を繰り返してきた。それはこれからも変わらない。
お前が見た雑貨屋の主人が言ったことは、あっているが正しくないとはそういう事だ。しかし、雑貨屋の主人の知りえる情報の中ではドラゴニオン王国が悪く見えるのが当然の話で、それを責める気はない。
むしろ俺が知りたいのは、ジュリアン、お前だ。」
話の照準が急に僕に向けられた。
畏まって僕が「どういうことでありますか?」と、問い返すと
「私が知りたいのはそれらの情報を知って、今後お前がどう動きたいと思うかだ。
今起きている戦闘をどうしたい?
止めたいのか? その時、ドラゴニオン王国の傭兵たちはどうする?
そこのところまでの考えを聞きたい。」
中々、難しい事を聞いてくる。
僕はそう思った。だって、僕もさっき聞いたばかりの事で、全体を把握しているわけではない。安易に戦争を止めるのが正しい選択かどうか、判断できないからだ。
しかし、もしかしたら師匠は、その時間もなく速やかに僕が決断できるか試しているのかもしれない。
そう思うと今、決断するべきか悩ましいところだった。
僕はじっくり考えたのち、「もっと情報を集めるべきです。」と答えた。
師匠はそれを聞いていいも悪いも応えず「お前が望むのならばそうしよう。」とだけ答えた。
それから、師匠は女子たちに菓子作りを指示する。
女の子たちは、アーリーにお菓子の内容を聞くと、テキパキと料理を始める。
普段からこういう躾を受けていると、大体の内容だけでお菓子が作れるようになるんだな、と感心させられる。
ちなみにアーリーが今回、用意したのは甘さ控えめの素朴な焼き菓子だった。クッキー状のベースの真ん中にドライフルーツを入れたもので、甘味はそのドライフルーツがもたらす。しかし、一枚のクッキーに果実が一つ載っているのだから、それだけで十分、お菓子として成立する。素朴なお菓子だったが、これが売れるのだろうか?
「安価なら売れます。
10個で銅貨1枚なら子供のお菓子としては、少し贅沢ですが、今のこの国の経済状態なら、まだ売れるでしょう。
これの売れ方を見て、あそこよりも大きな町なら砂糖を混ぜたお菓子も売れる可能性があります。そこも含めて、これを試してみましょう。」
アーリーは中々、商才があるかもしれない発言をする。
僕達は納得するが、師匠は顔をしかめて言った。
「いや。ガチの行商人になってどうする。
我々は行商人として成功する必要はないのだぞ。」
あ・・・。
僕達は完全に目的を見失っていた。
師匠は、行く先を変更して、より戦場に近い大きな町に出かけて情報収集しようと提案し、僕達はそれに賛同した。特に僕とミレーヌ、オリヴィアは故国に関わる情報を得られるのだから、その方がよかった。
孤児になってしまったミレーヌと違って、オリヴィアにも僕にも家族がドラゴニオン王国にいる。
オリヴィアの場合は、特に家族は農民だ。差別される可能性もあるし、さぞかし心配だろう。
はやる小さな足は、グングンと坂道を下り、目的の街を目指していた。そんなオリヴィアの姿に僕達もつられるように足が速くなる。
そうして、2日歩いて目的の街に着いた。
街についてその中に入って、僕達は呆然としてしまった。
そこは、僕達が想像するよりも退廃的な町だったからだ・・・・。




