暴力反対だよっ!!
「で・・・? 具体的にどこが良いと思う?」
師匠の問いかけに僕は人差し指を地図上に立てて発言する。
「ここですっ!!
ラインドロオ公国!!」
そこは災いの神ドゥルゲットの思惑で戦争になった2国の内、父上が傭兵の派遣を決めたルーザ・デ・コスタリオと敵対した国だった・・・・。(※第一部12話「初めてのキスっ!!」参照)
僕達がこの隠れ家を出て転移する場所としてはココが一番いいと僕は判断する。
「ふむ。お前の国の支援する敵国に潜入して情報を得るというのか? 確かにそれは、安全地帯であろうな。ドラゴニオンの影響が全く及ばぬ土地だからな。
で、そこでジュリアン。お前は何をする?」
師匠である魔神フー・フー・ロー様は、僕を試すかのように問うのだった。僕は出現場所をここに選んだ自分の確信を伝えるために力強く答える。
「世界を自分の国の外側から見たいのです。そうすることで自国への認識も変わり、攻略法が浮かぶかも知れません。
そして何よりも転生者の使命として災の神ドゥルゲットの策略で始まったこの戦争を終わらせます!」
師匠は僕の答えに満足そうに頷いた。
だが、クリスティーナの復讐に燃えるオリヴィアは、難色を示した。
「ジュリアン様。
かの国はドラゴニオン王国から遠すぎるでしょう?
それではいつになったら災いの神ドゥルゲットの首元へ私達はたどり着けるのですか?
こうしている間にもクリスの体はドゥルゲットに乗っ取られたままなのですよ!!」
オリヴィアの目には、魔神フー・フー・ロー様に復讐を諭されてからずっと、怒りの炎が燃えていた。
その怒りの炎は、彼女の理性も焼き尽くしかねない。それを考えると長期決戦は悪手にも思える。しかし、短時間でバー・バー・バーン様と災いの神ドゥルゲットがいる一国と戦える力を得るわけもなく、僕達はまず情報収集と力を蓄える時間が必要があった。
だから、こうするしかない。だというのに、オリヴィアの精神状態を考えると、それも危険なんだ。
僕は焦っていた。焦っているのに焦って行動を移すわけにはいかないことに焦っていたんだ。
そんな僕に助け舟を出すかのように師匠がオリヴィアの頭を撫でながら
「オリヴィア。
気持ちはわかるが、今、出来ぬ事は口に出しても仕方がない。
今できることを着実に行い前に進んでいくしか我々にはできないのだ。」
師匠であり、神でもある魔神フー・フー・ロー様に”出来ぬこと” と言われてしまったら、それは人間にはとても出来ぬ所業であることは、考えるまでもない事でオリヴィアは涙をこらえて納得するしかない。
唇を固く結んで涙をこらえる姿は、彼女の精神が何時まで耐えられるのだろうかと、僕をさらに心配させるのだった。
師匠が賛成し、オリヴィアが納得した以上、この先の問答は必要が無い。僕達は師匠の転移魔法でラインドロオ公国へ飛ぶことになった。
かの地で僕は何を知り、そこで覚えた知識を持ってどのように自国を見直すのだろうか?
そんな期待にも似た不安が僕の心を波立たせる。
師匠が転移魔法の儀式に入り、その儀式の短縮化を火精霊の貴族ヌー・ラー・ヌーが手伝う。
前回の転移魔法は周囲の空間そのものを切り取って、別の空間へ貼り付けするものだったが、今度の転移魔法は単純にこの場所から、遠くラインドロオ公国へ我々だけを瞬間転移するものだった。
僕のイメージでは、人間だけでなく周囲の空間ごと転移する方が難しい気がするのだけれども、この魔法は術者の想像力が要となっているそうで、空間どころか人間の形の分だけを正確に切り取って、瞬時に移動させるのはデリケートさが全く違うそうだ。
例えばこの場にいる人間の姿かたちのサイズが、イメージと実物と5センチ狂って入れば、その人物は5センチカットされて転移されてしまう。流血沙汰どころか場所が悪ければ、5センチ違えば即死である。前回みたいに周囲の空間ごと切り取るとなれば、人間の周囲の空間は、ざっくりとしたイメージでいいわけだから、かなりアバウトなイメージで十分なんだ。
今、この場には、師匠。ヌー・ラー・ヌー。僕。オリヴィア。ミレーヌ。シズール。疾風のローガン。アーリーの8名がいる。通常の転移魔法でも相当高位な大魔法だというのに、この人数を正確に転移させるのがどれほどデリケートな作業になるのか、人間の僕には想像もできないほどだ。
それほどの無理をしての転移魔法を使うには理由がある。
前回転移するときに切り取ったヌー・ラー・ヌーの屋敷はすでに敵の手に落ちて、その情報がマークされている。それが、ある日どこかに突然、姿を現したとなれば、バー・バー・バーン様の警戒網に引っかかりかねない。それゆえに転移する情報は最小限に抑えなければいけなかった。
師匠は、故にこの難しい手段を取らざるを得なかったのだ。
転移魔法が成立するまでの時間。僕はともに戦ってくれる仲間に謝意を伝える。
「ミレーヌ。シズール。ローガン。アーリー・・・・。
この生きて戻れぬかもしれない旅路に付き合ってくれてありがとう・・・・。
そして、すまない。こんな危険な試練に付き合わせてしまって。
でも、僕とオリヴィアは君たちに絶対に後悔はさせない。世界を救うために共に戦ってくれ!!」
僕の言葉を聞いて、全員が「はい」と気持ちのいい返事をしてくれた。
・・・・・・あれ?
え、ちょっとまてよ・・・・。
「アーリー・・・。君も来るのかい?」
「はい。なにかもんだいでも?」
寝ぼけたような目をした美しいホムンクルスのメイド、アーリーは惚けたような返事をした。
いや・・・。君ね。
「だって、君はあれだろ? メイドで貴人に・・・その・・・・貴人に接待するのが目的で作られたアレでナニする能力しかないホムンクルスでしょ?」
そう、アーリーは端的に言えばセクサロイド。言って見れば高級ダッチワイフだ。とはいえ、ここには年頃の娘さんが3人もいるから、ハッキリとは言えないのが辛い。
「ジュリアン様。
さっきから、アレとかナニとか、何を言ってるんですか?」
キョトンとした顔で尋ねるミレーヌが可愛いけど、言えねえええええんだよぉおおおおおおおっ!!
そこ、もうちょっと空気読もうっ!! ねっ!!
そう思いながらも、僕はちょっと訓練の時に僕に全裸で引っ付いていたアーリーの姿を思い出してしまうのだった。そんな僕の心理を読んだのか、シズールが僕のほっぺたをつねる。
「ジュリアン様。 いやらしい顔してる。
きっとこのホムンクルスとエッチなことした。裸で馬乗りとかされた。」
・・・・・・随分、具体的に言い当てたなっ!! エスパーか、お前はっ!
「私も前に全裸でジュリアン様にまたがった。
ジュリアン様、いやらしい目で私見てた。 あの時と同じ目をしてた。」
衝撃の告白っ!! いや、今。それを言うのかよっ!!
「ジュ・・・っジュリアン様?」
ミレーヌは失意の目で僕を見て、オリヴィアは問答無用で魔神フー・フー・ロー様に下賜された武器「生命の杖」で僕を殴る。
ゴキって言ったよ? 僕の首が・・・・・。
クリスティーナはか弱い少女の体だったから、大丈夫だったかもしれないけれど、オリヴィアの魂はホムンクルスの体に入っている。その体で師匠の収集した貴重な魔法武具で僕を殴るとか・・・・殺す気かっ!!
それが生命の杖という回復魔法を補助してくれる魔法武具だというのだから皮肉なものだ。
生命の杖で死にかけるなんて・・・・。
などと考えていたら、やがてオリヴィアの回復魔法が効いてきて、楽になってきた。
目が覚めた時、僕はオリヴィアの膝枕の上だった。
「あのね。オリヴィア。
暴力は良くないからね?」
僕がそう言うと、オリヴィアは
「うるさいっ!! この浮気者っ!!
俺のことを可愛いって言ってたくせに、すぐ他の女とイチャイチャしやがって・・・・・!!」
と、涙ぐむ。
その姿が可愛いから、僕は全て許してしまう。
ああ・・・。そういや、クリスティーナも良く嫉妬して、僕を殴ってから治療してたっけ。
オリヴィア。やっぱり君とクリスティーナは同じ魂から生まれたんだね・・・・。
オリヴィアの太ももの感触を頭で感じながら、僕はもう二度と会えないクリスティーナを思い出して涙ぐんでしまった。




