何処でそんな言葉を覚えてくるんだよっ!!
「クリスの損なわれた名誉をはらせっ!!
復讐せよっ!!」
師匠の言葉は僕達にとって、クリスを失った悲しみを忘れさせるための物であり、生きる活力でもあり、同時に呪いでもあった。
オリヴィアはその言葉を聞いた瞬間から、クリスの復讐を果たすための機械となった。
次の日から僕と一緒に死んだように訓練に明け暮れた。
オリヴィアも僕と同じように師匠・魔神フー・フー・ロー様と契約して氷の魔法の神文を背骨に刻み、その魔法を使いこなせるように訓練した。
オリヴィアにとっての訓練初日は僕にとっての訓練二日目で、僕以上に辛い一日になったはずだが、それでも彼女は最後まで心が折れることなくやり切った。
そして、訓練が3か月の長きにわたっても彼女の心は折れることなく、取りつかれたように必死になってくらいついた。
元々、魔力操作が僕以上のオリヴィアは、クリスティーナを失ったことにより転生者にもたらされる恩恵であった神がかった回復魔法の能力が薄れてしまったが、師匠に神文を刻まれたことによりグングンと氷魔法のレベルが上がり、潜在能力が平均的な僕以上の氷魔法使いとなった。
そして、僕はそんな彼女を不安に思っていた。
こんなに短期間で氷魔法のレベルを上げるために、かなり無理をしていたから・・・・。
そんな彼女を気遣って僕達はオリヴィアに何度も休むように言ったのだが、オリヴィアは決して休まなかった。
・・・・・・・そして、彼女の目から復讐の色が消えることはなかった。
師匠である魔神フー・フー・ロー様は、そんな彼女を見て
「復讐は人を変える。
活きる力を与え、そして、破壊もする。
彼女の王子様であるお前は平静を保ち、見守ってやれ。」
と、僕に彼女の管理を頼むのだった。
復讐のための訓練にはシズールやミレーヌも加わったが、こちらも得意分野はハッキリと別れていた。
魔法に長けたシズールと体術に長けたミレーヌ。
こうなると僕達の連携は組み立てが容易だ。それぞれの特徴がはっきりと分かれていて自分たちの仕事がはっきりしているからだ。
前衛の僕とミレーヌ。
遠隔攻撃のオリヴィア。
補助役のシズール。
冒険者のパーティとしては最高のバランスではないか?
それは同時に僕達の部隊には大きな穴があることも示している。
それは、僕達のセンスは歪み過ぎていて、誰もお互いの代わりになれないことだった。
唯一の救いはオリヴィアとシズールはセンスが似ている事。二人ともが遠隔攻撃と補助役になりえた。
ただ、僕とミレーヌはオリヴィアとシズールの代わりは成りえない。
前衛がいなくなれば、特に男の僕がいなくなれば、前衛の能力がガタ落ちする点だ。
それが僕達の欠点であった。
勿論、僕達には魔神フー・フー・ロー様がついているので、一人二人かけても大丈夫なんだけれどね。
なんてたってクラス神だよ? 人間やそんじょそこらの精霊貴族でも相手にならないだろう。それでも師匠は言う。
「俺は言うほど強い神ではない。仮初の神でしかない。
だから、何時でもお前たちを守ってやれるとは限らんのだ。
お前たちは何時でも自立できる力を身につけておけ!!」
だから、僕達は僕達だけのパーティだけで欠点をなくさないといけないのだった・・・・・・。
ところがだ。
ここに来て疾風のローガンが体力を回復して復活した。
火の国の王の呪いを消すために魔力を根こそぎ持っていかれて、体力を消耗して昏倒していたが、最近になってようやくベッドから起き上がって話せるようになった。
それはいい。
しかし、彼はシズールのお爺ちゃんだ。僕達の危険な旅にシズールを巻き込むことに大反対してきた。
「なりませんっ!!
いかにジュリアン様の願いであっても、シズールの頼みであっても!!
この娘をこれ以上危険にさらすわけにはいかんのです。それが、この娘の母に守ると誓った私の曲げるわけにはいかぬ信念なのですっ!!」
これは正当な主張だった。
シズールは、これまで鬼族のハーフという事で苦しい環境で生きてきた。だからこそ疾風のローガンは、シズールの幸せを願ってきた。外敵から身を守るために隠遁生活をしてきたのだ。そんな疾風のローガンに僕は、シズールが安心して生きていける場所を提供するという約束をした。だから、この主張を尊重しないわけにはいかない。
師匠にしても、疾風のローガンの言い分は一々もっともだ、と納得していて
「気が済むまで孫娘とここに暮らすがよい。私がいる間は、孫娘の安泰を約束しよう。」と、保証した。
僕もオリヴィアもミレーヌも異存はない。
皆がこれから災いの神ドゥルゲットと戦う旅にシズールを巻き込むつもりはない。むしろ、ここにいてほしいとさえ思った。
「シズール。君はローガンと一緒にここにいるべきだ。」
僕達はそう言って説得するがシズールは納得しなかった。
「嫌--っ!! 私、ジュリアン様と一緒!!
病むときも健やかなるときもジュリアン様と一緒っ!!」
シズールは涙を流して駄々をこねる。
というか、何処でそんな言葉を覚えてきたんだ。
「誓いの言葉っ!!
私、ジュリアン様の女っ!!
死ぬときは一緒にいないと嫌っ!!」
その激しく泣く姿には、僕もローガンも動揺するばかりだった。
そんな僕達に向かって火精霊の貴族ヌー・ラー・ヌーが笑い飛ばす。
「大の男どもが何を狼狽えているのですっ!
騎士には騎士の死に様がある様に、愛に生きる女には、女としての死に様と言うものがありますっ!!
愛する男と共に死にたいというシズールの覚悟は立派ですっ!!」
ヌー・ラー・ヌーは、そう言って僕達の師匠の腕に腕を絡めるのだった。
まるでその姿から女の矜持を主張するように。
ヌー・ラー・ヌーも業深き女だった。自分の娘を魔神フー・フー・ローにかどわかされ、連れ去られた。にも拘らず、自分も娘と同じ男を愛してしまったのだ。精霊の愛は重い。この先、決して彼女は師匠を裏切らないだろう。その男を愛する姿がシズールと自分とを照らし合わせてしまうのだろう。
「女の死にざまとは・・・・・。ヌー・ラー・ヌー様。
この老人に、罪なことを仰いますな・・・・。」
ローガンはそう言って、理解はしても納得できぬことを受け入れなくてはいけない哀しみに涙をこぼすのだった・・・・・。
こうして、僕達は決意も新たに外の世界に出るのだった。
師匠である魔神フー・フー・ロー様は言う。
「正直、あと10年はお前たちをここで鍛えてやりたい。だが、それではお前たちの成すべきことが成せまい。
これからもお前たちは、強くなる必要があるが・・・・・。それは実戦の中で身につけるしかない。
簡単に言うが、修羅の道だぞ。常に死がお前たちのそばにあると思え。
この世の人間に唯一の平等があるとすれば、それは、人間誰でもいずれは死ぬという事だ。
強者であろうが、弱者であろうが
富めるものであろうが、貧たる者であろうが
幸運の者であろうが、不遇の者であろうが
長生きしようが、短命であろうが
人間は必ずいつか死ぬ。
お前たちにできることは、その時を早めないように、せいぜい油断せぬ事だ‥‥。」
出発の前夜、魔神フー・フー・ロー様は僕達に師匠として激励してくれるのだった。
僕達は、師匠から下賜された高価の装備に身を包み、完全に安全な隠れ家を出て、危険な現世でクリスの穢された名誉を回復するための復讐の旅に出るのだった。
例え、それが引き返せぬ片道切符であったとしても、誰も後悔はなかった・・・・・。




