復讐を果たせっ!!
魔力を使い果たして体力を失った僕を師匠のフー・フー・ロー様にアーリーと二人して担がれて屋敷に連れ帰られる。
そして、ある程度、体力が回復してからようやく朝食の時間になった。
どうにか動くようになった体を引きずるようにして朝食のテーブルに着くと、そこにいたのは師匠とヌー・ラー・ヌーとアーリーだけだった。
「あの・・・・皆は?」
僕の問いかけに師匠は、ヌー・ラー・ヌーと共に先に食事を終わらせていると短めに答えた。
それはそうか・・・・。僕はアーリーが時間を測り損ねたおかげで大層な時間オーバーしたのだから、皆は先に食事を済ませているのか。
ならば、僕も早々に食事を終えて皆の所へ向かわないと。そう思って魔力回復の役に立つマー・マーの実で作ったジャムが詰まったパイを食べようとするのだが、疲れの為か糖質不足の為か手が震えてうまくつかめない。
そんな僕を見かねてアーリーがパイを手に取って口に運んでくれる。
「はい。あーん・・・。」だなんて、ちょっと照れ臭いけど、食べないと魔力も体力も回復しない。
必死で食らいついた。
その様子を見て師匠は笑う。
「食欲旺盛なことだ。
結構結構。
今日でお前の限界がわかった。明日からもこれぐらいの訓練になるので、食事はこの時間になると覚悟しておけ。」
・・・・・はい。
どれだけ過酷な訓練になろうとも、僕は耐えなくてはいけない。そうしなければ。・・・・強くならなければ転生者としての使命が果たせないからだ。
パイにがっつく僕を気だるそうな瞳のヌー・ラー・ヌーが見つめている。何だろうと見返したら
「転生者の使命も結構だけれど食事を終えたら、あの子たちをしっかりケアしないといけないことも忘れないでね。」
と言われてしまった。
なんだよ! そんなこと言われなくてもわかってるよっ!
と言い返してやりたかったけど、彼女に悪意はない。ただ、ただオリヴィア達を心配してくれているのだろう。
食事が終わると僕はオリヴィア達の部屋へ向かう。その背中に向かって師匠が夕方にまた訓練だと告げる。どうやら長い一日になりそうだ。
長い廊下を歩いてオリヴィア達の部屋の前に立ち、ノックして声をかける。
「オリヴィア? 僕だよ。開けていいかい?」
すると慌てた様子でミレーヌが扉を開けてくれた。
「ジュリアン様っ!!!」
泣きじゃくりながら僕に飛びついてきたミレーヌに驚きつつ、部屋を見渡して、僕はミレーヌの動揺の理由を悟る。
部屋の中心にあるソファーにうつろな目で座るオリヴィアは微動だにせず、まるで生気を感じられない。
「オリヴィアっ!!」
僕が慌てて声を上げて近づくもオリヴィアは反応しない状態だった。
泣きはらした真っ赤な目。きっと一晩中ずっと泣きっぱなしだったのだろう。
時折、「クリス・・・・。クリス・・・・」と呟く声からは正気を感じられない。
「オリヴィアっ!!」
僕は強く彼女を抱きしめて声をかけるも、オリヴィアは泣くばかりだった。
「ジュリアン様。
オリヴィア、昨日から泣きっぱなし。
ご飯も食べてない。このままじゃ死んじゃう。」
シズールが目に一杯涙をためて状況を説明してくれた。
これは大変マズい。昨日、フー・フー・ロー様は、彼女がクリスが死んでしまったことに対するショックを感じる暇を与えないように疲労困憊になるまで、行軍と恐怖を味合わせた。体のダメージは相当なもののはずだ。
それなのに、起きっぱなしで食事もとってなかったのだとすると、事態は深刻だ。
僕はオリヴィアの頬に手を当てると、体温の低さに気が付いた。
体内の栄養が枯渇して基礎代謝分の栄養も得られずに代謝が落ちている証拠だ。
それに大量の汗を描いているのにもかかわらず水分摂取していないのも理由だろう。体内のミネラルが減っているんだ。
僕は慌ててシズールに甘い菓子と飲み物を用意できないか聞いてもらう様に指示する。
「は、はいっ!! ジュリアン様っ!!」
と、慌てて飛び出すシズール。走って怪我をしなければいいのに・・・・。
僕はとりあえずオリヴィアを抱きかかえると、ベッドまで運んで寝かす。
そして、茫然自失となったオリヴィアの髪を撫でながら、話しかける。
「オリヴィア・・・。オリヴィア・・・。僕だよ?
大丈夫かい?」
僕の声にわずかに反応するオリヴィアは、肩を震わせて再び泣きだした。
「ジュリアン様・・・・。クリスが・・・クリスが死んじゃったっ!!」
声を振り絞る様にして声を上げるオリヴィアの姿に僕も泣きそうになったけれど、僕は泣くわけにはいかない。どれだけクリスを失ったことが悲しくても、今はオリヴィアのケアを優先しないといけない。
泣きじゃくるオリヴィアを抱きしめて、
「わかるよ。僕も悲しい・・・。
会いたいよ。クリスに・・・・ボクも会いたいよ・・・。」
そう口にしてしまうと、耐えていた感情を僕も押し殺せずにオリヴィアと一緒になって泣いた。
一度堰を切って零れだした涙は、自分では止めることは出来ない。
そんな僕達にミレーヌは耐え切れなくなって、叱責する。
「ダメですよ!
ダメですよっ!! 二人はしっかりしないとっ!!
泣いてばっかりいたら・・・・いたら・・・
クリスが悲しみますっ!!」
そう涙を流して励ましてくれる気持ちは分ってる。
分っているけれど・・・・僕達は本気でクリスのことを愛していたし、耐えられるわけなんてないんだっ!!
僕達は、そうやって5分以上抱き合って泣きあっていたけど、そこへシズールと共に師匠が部屋にやってきた。
「なんだっ!! その様はっ!!」
師匠は部屋に入るなり、僕達を怒鳴りつけて、その手で僕をビンタする。
「いい加減にしろっ!!
いいかっ!? お前達には泣いている暇なんかないっ!!
死んだクリスの為にも、お前たちは、強くならねばならんのだっ!!」
そういって、ベッドに伏すオリヴィアも引き上げて、立たせる。
傷ついたオリヴィアにも一切の容赦がない。
その額に自分の額がくっつくような距離まで顔を近づけて叱責する。
「お前が何時までもグズグズ泣いているから、他の者が同調するのだっ!!
お前が今やるべきことは泣くことかっ!?
そうやって、悲しんでいたらクリスが生き返るというのなら、死ぬまで泣いていろっ!!
だが、それでは何も解決しないことは、お前もわかっているだろう?
お前たちは戦わねばならんっ!!」
傷心で苦しんでいるところへ師匠にオリヴィアは思わず声を上げて反論する。
「しらないわよっ!!
転生者の使命なんか、どうでもいいわよっ!!
世界を救うための試練でクリスが死んだのに、どうして、私達が世界のために頑張る必要があるのよっ!!
・・・・私のクリスを返してよっ!!」
オリヴィアがそう言い返すと、師匠は問答無用に女の子のオリヴィアに対しても容赦なくビンタをする。
「ふざけるなっ!!
そうやって泣いていたら、クリスの名誉が損なわれたままだという事に何故気が付かないっ!!
なぜ、クリスのために戦おうと思わないっ!!
お前たちのクリスへの思いは偽物かっ!!」
”クリスの名誉が損なわれたままだ” その言葉に、僕とオリヴィアは、目を覚ましたかのようにハッとなった。
「クリスの・・・・名誉が損なわれたまま・・・・?」
オリヴィアは震える声で尋ねた。
「そうだっ! お前たちが愛した仲間は、災いの神ドゥルゲットの陰謀により殺され、大異変の首謀者に祭り上げられたんだぞっ!
なぜ、復讐しようと思わないっ!
転生者の使命だと!? それだけがお前たちの生きる道かっ!?
その前にするべきことがあるだろうっ!?
復讐を果たせっ!! あの災いの神を殺せっ!! そしてクリスの名誉をはらせっ!!
戦えっ!
奴を殺せっ!!
そのために、お前たちに泣いている時間などあるかっ!!」
それだけ言うと、シズールの手にしたトレイに載ったマー・マーの実で作ったジャムがたっぷり入ったパイを手にすると、強引にオリヴィアの口にねじ込む。
「戦えっ!! 生きて復讐を果たすのだっ!!」
唾液が無くなって食べにくいところへパイをねじ込まれたオリヴィアだけど、師匠を睨み返しながら、パイにかぶりつき、シズールのトレイから、飲み物を取るとゴクゴクと流し込む。
「やるわよ・・・・。」
オリヴィアの声に師匠が噛みつく。
「ああっ!? なんだとっ!? 声を上げろっ!!」
「やるわよっ!!」
「聞こえんぞっ!!」
そう言ってビンタを食らわせてオリヴィアが吹き飛ぶ。それでもオリヴィアはよろつく体を起き上がらせながら怒鳴った。
「やるわよっ!! あんたが言い出したんだから、力をよこしなさいよっ!!
あの悪魔を殺せる力を頂戴よっ!!」
その勢いに師匠は「いい目だ。」と、満足げにほほ笑んだ。
そして、シズールのトレイを指差して「では、まず死ぬほど食えっ!! それから死ぬほど鍛えてやるから覚悟せよっ!!」と指示する。
オリヴィアは、作法も何もない蛮族のようにパイを手に取ると師匠を睨みつけながら頬張るのだった。
「いい目だ。活きている者の目だ。
そして復讐するものの目だ。復讐は生きる目標になる。
今のお前に最も必要なものだな。」
魔神フー・フー・ローは、茫然自失となったオリヴィアをたった1分ほどの事で復活させ、超然と笑うのだった・・・・。




