契約するよっ!!
僕は泣いた。
クリスティーナを思い出してしまって泣いた。
そんな僕達を魔神フー・フー・ローは、決して甘やかさなかった。
僕達を気遣うことなく、次の作戦を語りだしたのだ。しかし、あの厳しい行軍や戦場の間、僕はクリスティーナのことを考えつきもしないほど精一杯だった。
あれがフー・フー・ローの気遣いだったと今はわかる。
だって、あの緊張感から解放されて我に返ってしまった僕は今、こんなにも悲しいんだから・・・・・・。
この身が張り裂けそうなほど辛い。
フー・フー・ローはその哀しみで僕達が潰れる前に靴で大げさに床をカツンと鳴らして、僕達を注目させる。
「さて、今日はジュリアンにももう休んでもらうが、その前に話しておくことがある。」
魔神フー・フー・ローは、僕達をソファーに座らせると、カツカツと靴を鳴らしながら歩いて状況を説明する。
「事態は最悪な状況だ。
災いの神ドゥルゲットの陰謀により、お前達転生者は、傭兵王国ドラゴニオンから命を狙われている。
そして、国王ミカエラは、先祖の契約により土精霊の大貴族バー・バー・バーンを仲間にしている。
さらに、バー・バー・バーンの配下に闇と暴風の国の騎士ターク・タークがいる。あのターク・タークという騎士。闇属性だけあって、しつこい性格をしていると思うぞ。執拗に私たちを追ってくるだろう。
・・・・しかも、お前たちは、自分たちの状況を一変させるためにも今後は隠遁し続けるわけにもいかず行動を起こさなければいけない。」
魔神フー・フー・ローは、状況を説明しながら、ヌー・ラー・ヌーの屋敷から連れてきたホムンクルスが差し出す酒の入ったコップを受け取り、一口飲む。
「ただし私は元々、氷と泥の国の王の命を狙うお尋ね者。
隠遁生活は、お手の物だ。私が本気で身を隠した場合、何人たりとも私を見つけることは難しかろう。
ただ、それは隠遁していてこそだ。
この屋敷からお前たちが一歩外の世界に出れば、それだけ見つかるリスクが高くなる。
隠遁し続けるのなら、この屋敷にいるべきなのだ。
・・・・・それを知ったうえで、お前たちは今後どうするね?」
今後どうするかね?
フー・フー・ローが言わんとすることは理解できる。
ここにいれば安全だという事だ。わざわざ敵に身を晒すように出ていく必要なないのだろう。
しかし・・・・。
「しかし、お前達には転生者としての使命がある。
そうなのであろう?」
そう・・・・。そうなんだ。
僕達には、転生者としての使命がある。それが何かはわからないが、僕達は何かをなさねばならない。災いの神ドゥルゲットの陰謀を阻止して、”何か” をしなくてはいけないのだ。
「神よ。
あなたは、僕達転生者の使命をある程度ご存じなのでしょう?
どうか、ご教授ください。僕達の生きる道を・・・・・。」
跪き、首を垂れて僕は魔神フー・フー・ローに指導を仰ぐ。
僕の命をつけ狙った神とはいえ、今は大恩ある存在でもある。最大限の礼儀を払って質問しなくてはいけない。
だが、魔神フー・フー・ローは、応えてはくれなかった。
「人の身が己の運命の先を知って何とする。
ふいに訪れる障害をも乗り越えて更なる高みに上るのが、人の営みぞ。答えを先に求めてはいかん。」
フー・フー・ローは、僕に説教をするかのように言ったかと思えば、
「私にしても同じことだ。更なる高みを目指さなくてはならない。
いつまでも仮初の神のママではいけないのだ・・・。」
と、自分自身を叱責するようにも話す。
そして、跪く僕をジロリと睨みつけると、僕の手を取って立ち上がらせる。
「お前と出会ったのは、私にとってもお前にとっても何かの兆しかもしれぬ。
私はお前を殺すつもりであった・・・・。
しかし、この期に及んでは、私はお前を育てたいと思う。それが私を神として更なる高みに導くような気がするのだよ。」
「私を・・・育てる? フー・フー・ロー様がですか?」
僕は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だって、ほんの1日前は、事が済めば僕を殺すと言っていた神が、今度は僕を育てると言ってきたからだ。混乱するなと言う方が無理じゃない?
混乱する僕にフー・フー・ローは取引を持ち掛けてきた。
「お前は、私から魔法と武術を学べ。そうすることがお前の野望を、転生者の使命を果たすことに役立つであろう。そして、そうしなければ、お前は生き残れまい。
私にしても、お前と言う存在を育てることで神として更なる高みに立てる。
どうだ?
悪い取引ではあるまい?」
・・・確かに・・・・・。
フー・フー・ローの申し出は、僕にとっても都合がいい。
このまま魔神フー・フー・ローの後ろ盾があるのと、無いのとでは、この先の戦いで全く異なる展開になるだろう。
そして、なによりもオリヴィア達を守ってもらえる・・・・・。
ならば、僕が迷う理由は何処にもない。
うやうやしく首を垂れて、その申し出を受諾する。
「では、これからジュリアン。
お前は私の配下の者として契約することになる。
これから私はお前の王であり、師匠であり、父でもある。
その事を血の誓いによって、約束してもらおう。」
そう言ってフー・フー・ローは僕の右手を取ると、がぶりと噛みついて、肉を引きちぎる。
・・・ぐっ!・・・・
うめき声が盛れそうになったが、そこをぐっとこらえる。
右掌からしたたり落ちる血は、フー・フー・ローが手にした酒のコップに注がれる。
そして、フー・フー・ローもまた、自分の血を酒のコップに注ぐ。
そうして溜まった血を指ですくって、フー・フー・ローが空中に神文を描くと、僕達の契約はなされる。
血の契約書。
それは、約束を違えれば命を絶つ呪いの契約書でもある。空中で描かれた契約書は、やがて光り輝き、呪いとなってお互いの魂に吸い込まれ、刻み込まれる。僕達はお互いを裏切らない誓いをここに立てたのだ。
「ぐっ!!!」
魂を焼かれるような痛みに思わずうめき声をあげてしまったが、フー・フー・ローは許してくれた。
「よい。
人間の子。ジュリアンよ。
これより、貴様は私の配下の物であり、弟子であり、子である。」
フー・フー・ロー様のお言葉に続いて僕も返答する。
「はい。
魔神フー・フー・ロー様。
あなた様は私の王であり、師匠であり、父であらせられます。決して裏切らぬ事をここに硬く誓います。」
こうして、僕達の契約は成立したのだった・・・・・。
僕達は今後は客間に泊る様に指示され、元々フー・フー・ロー様のお屋敷にいた一人の妙齢の美しいメイドに部屋まで案内された。
フー・フー・ロー様は、そんな僕達を見送ることなく、ヌー・ラー・ヌーが待つ寝室へいそいそと出かけて行った。
確か・・・・。フー・フー・ロー様はヌー・ラー・ヌーの娘をかどわかして監禁しているんじゃなかったっけ? 母娘共にフー・フー・ロー様の虜にされるとは・・・・・。
僕はみだらな妄想に掻き立てられぬように、考えないようにすることにした。
ところが・・・。案内された客間は一室のみでベッドは超巨大サイズの一つのみだった・・・・。
・・・・・え?
こ、これって・・・
もしかして、僕達に同衾しろって言うのっ!?
そ、そんな・・・・。だって・・・・。だって・・・・
女の子3人を同時に相手にするなんて、今夜は絶対に眠れなくなる奴じゃないかっ!!
僕は、フー・フー・ロー様とヌー・ラー・ヌーの事以上にみだらな妄想に取りつかれてしまうのだった・・・・。




