二人ならやれるさっ!!
「やぁ、君たち。なにをしているんだいっ!?」
僕は、わざとらしいほど陽気な声でパシリに大荷物を持たせている集団に声をかける。そんな僕の小芝居にこらえきれずに「あははっ!」とクリスが笑っているが、気にしたらイケナイ。
集団は、「この国の第一王子が来た」と、わかりやすいほど動揺している。
ま、この分なら脅さなくても、いう事を聞くだろうな。
僕は、またまたわざとらしく、集団の少し後方を歩く大荷物を持った・・・・・・少女を見る。
・・・・・・え?・・・・少女?
僕とクリスは遠目でこのパシリを見つけたし、彼女が水着を着ていなかったから気が付かなかったが、荷物を持たされていたのは、間違いなく少女だった。
少し肥満気味の少女だったので、大荷物を背負わされると余計につらかっただろうに。
僕は振り返って集団を睨みつけながら尋ねた。
「・・・・なんだ、これは?」
僕は少し不機嫌になって・・・・・いや、正直、はらわたが煮えくり返りそうになっていたけど、出来るだけ落ち着いて、不必要に威圧しすぎないように気を配る。
僕は上級組の時に一つだけミスをしたとすれば、王家であるのに感情をあらわにし過ぎたことだ。家臣に対して粛清が行き過ぎると反発を生む。今は子供同士だからいいかもしれないけど、僕が大人になったときにおかしな癖がついてしまったら、困る。僕は今の内から帝王としての立ち振る舞いを徹底しないといけないんだ。
それでも集団は、僕が怒っていることに感づいていた。
誰も下を向いて何も言ってこない。
僕は再び、彼らに尋ねる。
「答えてくれ諸君。一人の少女に大荷物を背負わせるのが、騎士として正しい振る舞いなのか?・・・・答えてほしい。」
僕がそう言うと、集団は蚊の鳴くような声で「・・・・いいえ」と答えるのだった。
「ならば、荷物は諸君が持ちたまえ。・・・・ああ、もちろん。この少女の分も諸君が持つんだ。男ならば、当然だろう?」
僕が有無を言わさぬ迫力でそういうと、いじめを行っていた少年たちは、あわてて荷物を手に取った。
「・・・・大丈夫だったかい? 君の名前は?」
僕が少女の手を取って名を聞くと少女は、息を切らせたまま慌てて「ユリア・・・・ユリア・ベン・シリバスです。」と名乗った。
「・・・シリバス・・・?」
はて、聞いたことがない家名だ。僕が怪訝そうに首をひねっていると、少年たちの中で飛び切り体躯がいい少年が「富豪が爵位を買って貴族となった等爵家ですよ。」と聞いてもいないのに答えた。
その時の彼のいやらしい顔を見れば、彼女が何故いじめられていたのかわかる。大方、自分たち下級組が見下される一因となっている庶民が金で買った爵位である等爵に対する恨みが爆発したってところだろう。
僕は、彼らの気持ちもわからないでもない。
とくに代々、正統な等爵家だったものからすると金で同じ位の爵位を買ったものたちの存在は許しがたいのだろう。
彼らがいるために自分たちは正当な貴族であるのにもかかわらず、庶民でも買えてしまう爵位と侮蔑の対象となってしまうからだ。
僕は、彼ら下級貴族の名誉を損ねないように、且つ、彼女の立場を守りながらこの問題解決に当たらねばならない。
「・・・・・フム。シリバス家か・・・・僕達王家の者は全ての貴族の家名を覚えているが、なるほど道理で僕は聞いたことが無い家名なわけだ。」
その言葉に少年たちの顔がにわかに明るくなった。王家の僕が明らかに彼らの家柄と庶民が金で買った家柄を分けて考えていることを示して見せたからだ。いや、実際。僕の頭には代々、我が王家に仕えてくれている正当な貴族の家名は入っている。長年尽くしてくれている貴族の家名を覚えておくのは、最低限の礼儀だと父上から叩き込まれていたからだ。
それにしても、彼女に対する扱いが酷すぎる気がする。
「で? どうしてこんなことに・・・?」
僕がそう尋ねると皆、黙り込んでしまった。
ふーむ。この場限りで彼女を救うことは簡単だ。だが、それでは6年間の学園生活で彼女を守り通せはしない。
僕は被害者だったから、わかるんだ。いじめっ子がどれだけ卑劣に狡猾に人の目を盗んでいじめを行うかを。
さて、どうしたものかと、悩んでいると先ほどの体躯の良い少年が「・・・そいつがあんまりデブだったから、運動させて痩せさせてやろうって思ったまでですよ。慈悲の心からです。」とのたまった。
なるほど。確かに彼女は肥満体だ。
「本当かい? ユリア。彼らは君を痩せさせてあげるために荷物持ちをさせると言ったのかい?」
僕がそう尋ねると、ユリアは怯えた表情で「・・・はい。」と答えた。明らかに少年たちの報復を恐れての嘘だ。今、僕は彼らに背を向けているから少年たちがどういう表情をしているのか伺うことは出来ない。だが、ユリアの態度を見ればわかる。僕には、わかるんだよ。
僕は事実確認を取るためにさりげなくクリスを見ると、クリスも僕の思惑を察知しているようで、小さく頷くのだった。
ふむ。やはり口封じのためにユリアを睨みつけているに違いないな。これは根が深いぞ。僕がこの場を納めても必ず陰でユリアをいじめるはずだ。
だからこそ、前世の僕が考えていた「逃げ出せる場所」を作る必要がある。
だが、残念ながら僕は王家の者と言ってもまだ子供だ。今すぐにそう言った社会的組織を独断で構築して行使するまでの権力を有してはいない。せいぜい、父上にお願いして・・・・まぁ、父上が承認したとして、実行されるのは10年後と言ったところではないだろうか?
それではこの10年間の子供たちは犠牲になってしまう。
さて、どうすればいいものか、と悩んでいると、集団の中の一人が不満を言う。
「殿下。殿下は我々、代々仕えてきた貴族と金で爵位を買ったユリアの家とどちらの味方ですか?」
声のした方を見ると、それはやはり少年たちの中で一番、体躯のいいさっきの少年だった。それも生意気盛りと言った感じの少年は、王家の僕を前にして腕組したまま尋ねてきたのだ。これはどうやら相当なはねっ返りだ。
跳ねっ返りには常識が通用しない。場合によっては、立場が上の者に対しても噛みついてくる。口論。その後、喧嘩にだってなりうる。
王家の僕に手を上げるとはいっても、子供同士の事。仮に僕が彼に殴られても、父上はそこまで大事になさらないだろう。まぁ、どうせ僕には護衛が付いているわけだから、すぐに止められてしまうだろう。
でも、それでは面白くない。僕が。
「面白いことを言うな。おい、お前。名前は?」
僕は、あえて見下した言葉で不満を垂れた少年の名前を聞く。少年は、王子の僕に向かってイラっとした様子を隠すこともなく「スティール。ゴンウォール家のスティールです。」と答えるのだった。
王家の僕に家名を出して反発するのだから、これは相当なはねっ返り者だ。
「ゴンウォール家の者か。確かその名は東のワイス伯爵家の旗本だな?」
僕がスティールの家の出自を即答すると、少年たちは「おおっ!」と、声を上げて喜んだ。僕が下級組の家名をそらんじている事がよほどうれしかったに違いない。下級組は上級組から見下されている劣等感が強い。だが、王家はそんな下級組に対しても貴族として配慮していると感動したようだ。
だが、スティールは顔色一つ変えずに腕を組んだまま胸を張って正解を告げる。
「いかにも。よくご存じで・・・・・。」
「お前のその態度から察するに僕がユリアを保護するのが気に入らないようだな。何故だ?」
スティールは僕の言葉を聞くと、僕を小馬鹿にしたように両腕を広げて「聞かないとわからないものを説明する言葉を下級組のバカは持ち合わせておりません。」などとのたまった。
面白い。僕は思わず声を上げて「ははははっ!」と笑う。
その態度がよほど気に入らないと見えて、スティールは思わず腕組みした手をほどいて「何を笑われるっ!! 侮辱なさるおつもりですかっ?」と怒鳴る。
そのあまりの剣幕に周りの少年たちが慌ててスティールを取り押さえて、僕から引き放そうと試みる。それでもスティールの体力はすさまじく、中々、抑え込めないようだ。
僕はさらに挑発するためにスティールに向かって「なぜ笑われたかわからぬ者に説明する言葉を王家の者は持っていないぞ!」と、小馬鹿にするように言う。
スティールはもう、カンカンである。こいつは言ってみれば怖いもの知らずのヤンキーだ。
権力を振りかざす者に対しても平気で向かってくる命知らずのはねっ返り。こういった手合いにいう事を聞かせる方法は一つだ。
「不満か? スティール?
では、一つ決闘といかないか?
お前が勝てば、ユリアをお前にくれてやる。しかし、お前が負けたら、お前たちは二度とこの僕に逆らうな。」
スティールは「上等だっ」と吠えた。その時点でこの決闘は成立する。
僕は、護衛の騎士団を手招きすると、事情を説明して騎士の決闘の見届けになるように命じた。
護衛の騎士は少々、渋った。騎士の誓いで決闘の立会人は、中立を守らなければいけないからだ。たとえ、僕が不利になってても手出し無用なのだから・・・・・。それでも僕が命令すれば、従わざるを得ない。
戦う二人と中立の立会人がそろった。これで決闘が正式に始められることになった。
子供同士の決闘のルールはシンプルだ。武器や魔法は一切用いず、素手で殴り合って決着をつける。反則は嚙みつきと目つぶし、金的だけ。それ以外はオールオッケーだ。過激なルールに見えるが、大人は武器や魔法を使って本当に殺しあうので、子供同士のルールは、これでもずいぶん平和的なんだ。
そして、立会人の合図とともに一旦、両陣営は左右に分かれて睨みあう。
クリスが慌てて僕に忠告する。
「な、なにをやっていますの? あんな大きな人と決闘だなんてっ!!無謀すぎます。
私の中の徹も反対していますっ! 今すぐ中止してくださいっ!!」
クリスは泣きそうな顔で僕に反対する。ユリアも「私のために決闘なんかやめてください。二人とも怪我をしてしまいますっ」と反対した。
その中でも僕が気になったのはクリスの言葉だ。
「・・・・徹君も反対してるの?」
「はいっ!! 徹は、スティールの強さを感じ取っているみたいですわっ!
危ないからやめさせろって私にずっと警告していますっ!!」
(あの徹君が僕のために忠告してくれるなんて、不思議な気分だよ。・・・・でもね)
「安心して。僕は父上に子供の頃から徹底的に鍛えられている。あのくらいの体格差は問題ないさ!」
僕はウィンクして大丈夫だとアピールしているのに、クリスは僕の手を握り締めて震えていた。
ああ。クリスティーナ。僕はね・・・・・君にそんなに心配してもらえるなら、嬉しくってもっと危険なことをしてしまいそうだよ・・・。
「じゃぁ、クリス。僕がアイツに勝てるようにおまじないをくれないかな?」
「お、おまじないですか・・・・?」
僕はにんまり笑うと「勝ったらご褒美にほっぺにキスしてほしいな。」と言った。
見る見るうちにクリスの顔が紅潮する。
「ば、ばばばば、バッカじゃないのっ!!!?」
僕はクリスの声援 (?)を背中に浴びながら、立会人とスティールの待つ中央に歩み寄る。
スティールは、そんな僕を睨みつけたまま微動だにしない。明らかに喧嘩慣れをしている。
事に臨んだときも冷静さを失わない度胸が身についているんだ。
立会人を挟んで並び立つ僕らの体格差は身長差8センチ。体重は10キロ近く離れているだろう。
何の問題もない。
「ではっ!! 立会人ロバートの証言によって、決闘を始めっ!」
ロバートの合図の下、決闘が始まった。
僕は、いきなりスティールにとびかかるような真似はせずに、遠巻きに円を描くようにステップを踏んでスティールの出方を待つ。スティールの出方を見て、彼の作戦を見抜き、対処するんだ。
スティールはジリジリと間合いを詰める。長身の割にとても低くスティールは腰を落としていた。
腰の低さから、スティールがタックルからの投げ技や関節技などの組技に持っていこうとしていることは明らかだった。
スティールの作戦は正しい。湖畔のように地面に湿気を含んでいる地面の場合、打撃技は、足元が安定しないので威力を発揮しにくい。だから体格に勝るスティールがタックルによって一気に間合いを詰めて、投げ技で地面にたたきつければ、勝負はつく。スティールはそう考えているのだろう。
生憎と僕はそんな作戦は既に読んでいる。僕は、あえてタックルに入りやすいように後ろ足重心にしてステップを踏んだ。
百戦錬磨のスティールは僕にタックルが入りやすいと即座に判断して、地面を蹴って僕に突進してくる。
僕は彼の勢いをそのまま吸い込む様に、自分から倒れ込むと彼の手を掴みながら、思いっきり腰を蹴り上げる。
スティールの体は、まるで投石機に投げられた石のように弧を描いて、前へ吹っ飛んでいく。僕は彼の体の力をさらに利用して彼と共に回転する。柔道で言うところの巴投げだ。
巴投げは古代ギリシャローマ時代にも存在したとても原始的かつ、実戦的な投げ技の一つだ。敵の勢いが強ければ強いほど遠くに飛び、敵の体が重ければ重いほど、下から投げ飛ばした人間は、投げた相手に簡単に馬乗りになれるんだ。それはフラスコの軽い方が上に上がるのと同じ原理なんだけど・・・・・ま、いいか。
僕は、スティールの体に馬乗りになると彼の許しも求めずに顔面に拳を叩き込む。
何発も何発も殴ったのにスティールは決して参ったを言わなかったが、僕に殴られて額を切った傷からの出血の多さから立会人が決闘を止めた。
「勝者! ジュリアン殿下っ!」
決闘の場に僕の右腕が高々と掲げられた。見物していた少年たちは、全員、勝者である僕に拍手をするのだった。
スティールは、悔しがって地面を何度も殴って、涙して震えた。
「さぁ、約束は守ってもらうぞっ!!」
僕がそう言うと、スティールは、ただ頷くだけだったが、了承していることに間違いはない。こうして僕は下級組に絶対服従の良き家臣を手に入れたのだ。
決闘が終わったので、僕がその場を去る様に二人を連れて行こうとするのだが、ユリアは、地面に座り込んで泣くスティールに駆け寄って、彼を慰めながら、何故だか、ユリアまで泣いていた。
「・・・・・なに、これ?」
僕は予想していない事態に呆然とする。
あとで聞いた話だが、二人は元々、同郷の幼馴染だとか。それがこの学院に通うようになってから、等爵家の仕組みを知ったり、下級組が何故見下されているのかを知った。それで爵位を金で買ったシリバス家の娘であるユリアをスティールが毛嫌いしだしたらしい。それから、ずっとユリアはいじめられていたようだが・・・・。ユリアの方は同郷のよしみか、傷ついたスティールを見過ごせずに、今、共に涙を流しているらしい。
「あんな目にあったというのに優しい子だ・・・。」
そんな事情は知らなかったが、ユリアの優しさに心打たれた僕がそう呟くと、クリスはため息をついて「鈍感っ!」と呟くのだった。
え? 鈍感? 僕のこと? それ
僕は幼いころから利発な子だって有名なんだぞ・・・・・・
いや、それよりも・・・・・・
それよりもだ・・・。クリス。
一件落着、いじめ問題は解決した。では、残った約束を果たしてもらわないとね。
「約束なんか・・・・してないもんっ・・・・。」
クリスはそう言いながら、僕の手を引っ張ってその場を離れるのだ。
おいおい、僕の前を歩くなって!騎士団が見てるんだからっ!!
そう思ってクリスを追い越して、涼しげな林に彼女を案内する。
人気がなくなってから、もう一度、彼女に頼んでみた。
「どうだい?
僕は前世の情けない中学生じゃないんだっ! 文字通り血のにじむ訓練の末にあんなに大きな体の子と決闘しても負けなかったんだ! カッコよかっただろう?
ねぇ、クリス。君は勝利の女神さまとして、僕に祝福のキスをしてくれないのかい?」
・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・クリスは、しばらく俯いて黙っていたが、おもむろに背伸びして、僕のほっぺにキスをしてくれた。
「ク・・・クリスっ!!」
僕が感動に身を震わせていると、クリスは羽織をはだけさせて僕に再びその羽織の下に隠れていた水着姿を披露してくれた。
「ご、・・・・ご褒美なんだからな・・・・・・・変な気を起こすなよっ。」
と、震える唇で言うのだった。
ああ・・・・・・なんてステキなんだ、君は。
僕は君がいてくれるのなら・・・・・君がご褒美をくれるのなら、どんな困難でも乗り切ってみせるよ。
そうさ。僕達がこの世界に来た理由だって果たして見せるよ。
君と僕。二人なら、やれるさっ!!
木洩れ日がクリスティーナのキュートな体を照らし、僕は至福の時を迎えるのだった。