挫けてなんかいられないっ!!
ケヴィンの問題がひとまずは一件落着したので、僕は問題の文化祭発表に備えなければいけない。
しかし、それにはクリスの手を借りなくてはいけない。
正直、僕には農法に関する知識はクリスの足元にも及ばないからだ。そして、クリスは北西の農業に疑問を感じていたようだし、王都で他の地方を調べた班の調査結果を見ても首をひねっていた・・・・。
僕は、クリスを個別に呼び出して質問した。
「何か問題を見つけたんだね?」
クリスは黙って頷いた。
クリスの話によると、農地には連作障害というものがあって、何年も同じ植物を同じ土地に育てると、作物が先細って行き、取れ高が下がる。これは世界中どの土地でも起こることなので、大体、経験で連作障害にならないように土地を転がすようにして植える作物を毎年入れ替える。これに関する知識はこの世界にも当然ある。知識というよりも経験だね。経験からくる対策として農地を分割して、それぞれの土地に植えるべき作物を季節ごとに転がすように変えている。
しかし、クリスはその活用法が良くないという。
「私はもっと休耕地には無機物を増やす種類の雑草を植えた方が良いと思います。そういった雑草は、土に無機物を増やすだけでなく、家畜を健康にするからです。
家畜は健康になれば、便の量が増えますが、それら排泄物は乾燥した雑草に混ぜると発酵が進み、土壌を豊かにしてくれる肥料になるのです。
そして、この世界には決定的に肥料に対する知識が欠けています。
リン、石灰、カルシウムなどもっと土地にまけば、このやせた土壌もやがて農地として改善できると思います・・・・。」
クリスはいつものキャラクターとは、同一人物とは思えないほど豊富な知識を語った。
どうやら前世のクリスは中学で道を踏み外すまでは、母親の手伝いを積極的によくやる子供だったらしく、また、母親もかなり論理的にして家庭菜園をする人だったらしい。そして、その知識がこれ以降、僕達の役に立つはずだ。
クリスは言う。
「実験農地を作りましょう。」
クリスの理論を実証する農地を作りたいというのだ。しかし、それは文化祭までに結果を出せるものではないと思うのだが・・・・・?
「土壌を変化させるだけなら、時間は十分だと思います。
具体的には、発酵時間をどうやって短縮するかですが・・・・・。」
クリスは言う。
「暖かい場所を作ることができれば発酵を進められると思いますが・・・。」
はい。作りましょう。
僕達は、翌日に再び4班に指示を出した。
山に行き、落ち葉や雑草を回収してくる班と、川に行って貝殻を回収する班と、農家に行って発酵食品を買い集める班と、温かい実験用の家を作成する班だ。
この中で本来ならば、一番難しいのは、実験用の家を作る班だが・・・・・この世界には魔法がある。
僕は、廃棄された家畜施設を買い取ると、外壁の補強と外気の遮断をする目的の土壁を土妖精を召喚して作らせる。呼び出したのはかつて魔神フー・フー・ローとの戦いで使役した王家と契約している5人の精霊騎士「グー」「ラー」「ガー」「ユー」「ドー」の5人兄弟だ。長男のグーは最初「これが騎士に命令する内容かっ!」と怒っていたが、やがて観念したかのように、配下の下級土精霊たちを使役して一晩のうちで、廃棄された家畜施設を立派なレンガ造りの施設に変えてしまった。しかも大きなガラス窓付きだ。これでこの建物は、太陽光の熱を逃がさぬ温室となる。
クリスは視察に訪れた時、大満足だったので、5人は相当いい仕事をしてくれたらしい。
この施設は日本だと100坪ほどの土地だが、実験の施設ならば、これで十分なのだ。
いよいよ、次に数日かけて収集した肥料の原材料を使った発酵と土壌改善の実験に移ろうとした時、学院から使いの者が来て、突然、研究内容を変更するように申し伝えて来たのだった。
「研究内容を変更せよとはいったいどういう了見ですかっ!?」
あまりに突然の通達に僕達は、急いで学院に戻ると憤慨して教授たちに詰め寄った。
教授たちは僕達にすまないと何度も謝りながら、事情を説明した。
先日、上級組を担当する教授たちが突然押し入ってきて、文化祭発表の中間審査を行うと言ってきたそうだ。そんな事を今までやったことがないくせに・・・・・。
そして、上級組の教授たちは僕達の研究発表の題材が「学院の教育内容からかけ離れすぎている」と、言いがかりをつけて即時中止、発表内容の変更を命令してきたのだという。
上級組と下級組の教授同士には、表向きには社会的立場は同じことになっているが実際には違う。
下級組の教授たちは抗うことが出来ずに、これを飲むしかなかったらしい・・・・・。
なんてことだ・・・・。
これでは、振出しに戻ってしまったではないか・・・・・。
僕達は既に文化祭準備にかかる1か月半のうち2週間もの時間を消費してしまっている。今から新たな策を僕は思いつくのだろうか・・・・・?
あまりに突然の窮地に呆然とする僕をクラスメイト達は失望の目で見るのだった。
ミレーヌも悔し涙を浮かべて僕を見ている。さぞかし無念だったのだろう・・・・・。
僕の目には失望したクラスメイト達とクリスティーナとオリヴィアとミレーヌ・・・・そしてケヴィンの無念の涙が目に映っていた。
しかし・・・・・・流石の僕にも今すぐに別の研究発表の課題を思いつくことは出来なかった・・・・。
何とも言えない失望感と脱力感が濡れた衣服のように僕の体にべったりとまとわりつく。学校からの帰り道の足取りもトボトボと力なく歩くのが精一杯だ。自分の足はこんなにも重たかったのかと思ってしまうほど、僕は疲れ切ってしまっていた。
あの研究課題があれば、上級組に勝利することなど容易い事だった。
しかし、学院の勉強の内容に研究課題を縛られた場合、為政者として明らかに上位の教育を受ける上級組の方が下級組に発表で勝るのは当たり前の話だった。
下級組の研究課題では、教育の質のレベルの差を見せつけられて例年通り敗北するしかないのだ。
もはや勝機は絶望的になってしまったのだ・・・。
僕がそんなことを考えながら宮殿についたとき、何も知らないシズールがすっかり気に入ってしまったメイド服姿で元気いっぱいに迎えてくれた。
「殿下っ!! おかえりなさいっ!!」
「ああ・・・・・ただいま。シズール・・・・・・。」
僕が力なくそう返事すると、シズールは首をかしげて「ジュリアン様、元気ない?・・・・私、裸になろうか? ジュリアン様元気になるよ?」と、励まそうとしてくれた。
いや・・・・・・そういう問題じゃないから。
「でもジュリアン様。元気ない。なにがあった・・・・?」
・・・・シズールに話しても仕方がない事だが、まぁ、いいか。
愚痴を聞いてもらおうかな・・・・。
僕は自分の鬱憤を晴らせたらな・・・・と思って文化祭準備で何が起こったのかシズールに話して聞かせた。するとシズールは首をかしげて言うのだった。
「ジュリアン様、変。発表を止められてもジュリアン様がやろうとしていることは皆、喜ぶ。
それよりも楽しい事あるか?」
っ!!
・・・・・なんてことだ・・・・。僕は上級組に下級組を勝たせてあげたい一心で本分を見失っていた。
そうだ、僕達がやるべきことはまず、この国の民の生活を安定させてやることだ。今、僕にショックを受けている時間はない。たとえあの研究が実を結ばなくても、僕らはあの研究の手を止めてはいけないんだ・・・・。あの研究は本来、勝ち負けに左右されていいものじゃなかったんだっ!!
そう思いいたった時、僕の脳裏に妙案が浮かんだ・・・・・・。
そうか、その方法があるじゃないかっ!! 誰だったか、映画監督が言っていた。
人は追い詰められたときほど、色々考えるだからこそ、ステキなアイデアを思いつくんだと。
僕は、その事を気付かせてくれたシズールのほっぺにキスをすると
「ありがとう!! シズールっ!! 君のおかげで、僕は立ち直れたよっ!!
君のおかげで僕は新しい作戦を思いつけたんだっ!!」
まだまだ、勝負は終わってないぞっ!
僕達は未だ、戦えるんだっ!!
僕は希望に満ちた目で拳を握り締めるのだった・・・・・・・。




