説得して見せるぞっ!!
「恐れながら申し上げますっ!! 父上っ!! 戦争はおやめくださいっ!!」
僕の一喝に会議の場が静まり返る。
全員が静まり返る中、深いため息を一つついて、父上が僕に進言を許した。
僕は、覚悟を決めて短く息を吸うと一歩前に進み出て会議の間にいる全員に聞こえる声で言った。
「ここにいる全員が戦争によって土地を得たいと申されますが、それでは、父上にお尋ね申し上げます。
その戦争で得た土地は、いつまでわが国のものになりましょうや?」
僕の質問の意味が、その場にいた誰にも伝わらず首をひねる者さえいた。父上も僕の言葉の意味を測りかねているようで、いささか困った口調で「いつまでとは・・・・? 異なことを申す。戦争で得た土地を手放す愚か者がいようか。未来永劫、我が国の土地である。」と、答えた。
その答えこそ、僕の望んだ答え。僕は、得意になって返答する。
「此度の戦争で得る土地も、元々は外国が手放したくなかった土地のはず。どうして、我が国だけが都合よく、その土地を未来永劫持ち続けることがかないましょうや?」
父上も家臣たちも、そこで僕が言わんとしていることが、なんとなく感情論で戦争を否定しているわけではないと察したようで、僕を見る目に真剣さが出てきた。
僕は続けて言う。
「土地の所有権が、その時々の為政者、支配者によって変わっていくことは、皆さんもご存じでしょう?
しかし、所有者が変遷をしていっても、失われず変わらぬものがあることを計算に入れて、戦争を御仕掛けになるおつもりでしょうか?」
僕の言葉に父上は興味を持たれたようで、身を机に乗り出すようにして「未来永劫変わらぬものとは何か?」と、大きな声で質問した。
僕は己の心臓を人差し指で差しつつ言った。
「それは、心です。恨みと言ってもよろしかろうっ!!」
恨み・・・・。その穏やかではない響きに家臣たちは顔をしかめた。
僕は続ける。
「昔語りが百年千年と、子々孫々に語り継がれていくように、天災の弱みに付け込んだ卑劣な戦争を仕掛けられた側は、いついつまでもその時の恨みを忘れぬもの。
父上は、今一時の幸福を得るために、子々孫々まで呪われても構わぬと申されますかっ!?」
「父上。もう一度、よくお考えくださりませ。
子々孫々まで、我が国だけが安泰など夢物語なことをお考えになられるわけではありますまい。
我がドラゴニオンも、仮にいま、かりそめの幸福を手に入れられたとしても、世の中、いつまでも勝ち続けることは出来ません。百年、千年先・・・・いつかは必ず没落する定めでございます。
それは歴史が証明しております。
なれば、こそ。我我は、その百年先千年先の子孫が安心して暮らせるように、このような卑劣な真似をして遺恨は残すべきではありません。
人の恨みは何倍にも膨らんで、我々の子孫に襲い掛かってくるものです。
どうか、もう一度、戦争をお考え直しくださいませっ!」
僕の説得は、一定の効果はあるものの、それでも不満を持つ家臣はいた。
「恐れながら、殿下。殿下は、いずれどの国も亡びると仰いましたが、その時、その敵国が我が国の子孫を守ってくださいますか?
栄枯盛衰が世の定めならば、恨みつらみも世の定めではありませんか?
それに遺恨が残るというのならば、敵国の民、根絶やしにして見せましょうぞっ!!」
その過激で幼稚な発言に父上が苦言を呈す。
「黙れ。根絶やしなどできぬことだ。
お前は、海の魚を根絶やしにできるか?
人間ならなおの事。他国から嫁を出した者もいる。その嫁の一族も根絶やしにできると思うか?
その嫁の家を頼って他国へ逃げ延びた者が出た場合、いかにして根絶やしにできようか?」
父上の言葉に家臣は、黙って頭を下げるのみだった。
しかし、父上はそれでもいう。
「ジュリアンよ。お前は未来の敵の脅威を語るが、今いる国々も十分脅威なのだぞ。特に災いの神ドゥルゲットの予言を頼って、世界中が今後、お前を狙って戦争を仕掛けてくる可能性が高い。現にランゲルは、我が国に戦争を仕掛けてきたではないか。
ならば、我々は、今後に備えて国力を上げておかねばならない。そこを考えての進言であるか?」
父上の指摘はもっともな話だ。
仮に僕達が今、卑劣な戦争を仕掛けなくても、敵が襲ってくる可能性は高い。
しかし、そここそが、ここに僕が用意した説得の材料。上杉謙信の逸話が思い出させてくれた前世の僕とクリスが生きていた日本の武士道に由来する戦争論が役に立つのだ。
「転生者の記憶を基に進言いたしております。かつてクリスと私めが生きた国には大昔にサムライと呼ばれる戦士集団がいました。勇猛果敢で数十倍の兵力を持つ外敵の侵略も撃退して、世界に名を馳せた優秀な戦士たちでした。
彼らが身を守るために一番大事にしていた理想がありました。
それは、”人の恨みを買わぬ事。自ら敵を作らぬ事”であります。どのような強国であろうとも、四方八方に敵を作るような行いをすれば、必ず袋叩きにあって滅びてしまうものなのです。かつて、私めがいた国も、武士の精神を後の世の軍人が忘れて世界を敵に回して滅びてしまった歴史がありました。
その記憶が、今、父上の行為を危ぶんでいるのです。今、卑劣な行いをして四方八方に敵を作って、一体、その後、どうやって生き残るおつもりでしょうや?」
父上は、ずっと僕の話を聞いていたが、やがて家臣一同の顔を見渡して確認をとる。
「さて、我が息子にして転生者であるジュリアンは、こう申した。そなたらに異存はあるか?」
家臣一同、誰も何も言わなかった。
”異存はあるか?”という、父上の確認は、「異存は許さぬ」という意味である。誰もが、その事を承知していた。そう説明しなくても伝わるのは父上と家臣たちの間には、想像を絶する信頼関係が築かれているからだ。
その上で、父上は再び問う。
「では、ジュリアン。お前は、この事態をどう利用して勝ちに転ずる?」
どう勝ちに転ずるか?
この問いかけは、以前に北部で戦争を続けているルーザ・デ・コスタリオに兵を派遣するか否かの問題を僕にした状況によく似ている。
父上は、僕に試練を与えたのだ。
あの時の父上の教えを僕が家臣たちの前に示せるのか。王の後継者としてふさわしい存在か、今家臣の前にてその資質を証明せよと僕に試練を与えているのだ。
僕は、一呼吸分の時間をかけて、考えをまとめると答える。
「私の知識を敵国に惜しみなく、お広めください。
戦争をしなくとも、転生者の知識が手に入り、その上で国が助かるのなら、どの国も戦争の危機を犯さないはずであります。そして、ひとまずは我が国は、他国から恨みを買うのではではなく、むしろ他国から感謝されます。
さらに、災いの神ドゥルゲットは言いました。「この世は麻のように乱れるだろう」と。
これは恐らく、私を狙って国々が戦争を始めることを意味すると思います。
この世に混乱と災いをもたらすことに喜びを感じている者、災いの神ドゥルゲットの罠でありましょう!! 各国にあの予言が広まれば、多くの国が戦争を仕掛けてでも転生者を得ようとするはずであります。しかし、それを恐れて転生者を匿うことは、災いの神ドゥルゲットの陰謀に乗ってしまうことを意味すると私は考えますっ!
この陰謀を打ち破るためにも、災いの神ドゥルゲットの目論見と相反する結果を出さなければなりません。それはすなわち、転生者の情報の開示です。諸外国を救い、戦乱の芽を摘みましょう!!
我々は勝利すべきですっ!! 敵国にではなく、災いの神ドゥルゲットにっ!!」
家臣団が一斉に立ち上がり、惜しみない拍手を僕に注いでくれた。
父上は満足そうに頷くと、
「転生者の言葉に従おうっ!」
と、宣言してくださった。
やったっ!僕は父上を説得して、この危機に苦しむ人を救う事に成功したっ!!
思わずクリスの方を振り向くと、クリスは嬉しそうに僕に微笑みかけてくれた。
そうさ、僕とクリスも恨みごとにとらわれなかったからこそ、恋人同士になれたんだっ!!
その思い出と武士道精神のおかげで僕は、この説得に成功した。
僕達は災いの神ドゥルゲットの予言した危機を乗り切ったんだっ!!
思わず天に向かって両拳を突き上げる僕だった。




