3度目の大異変じゃなかったっ!!!
災いの神ドゥルゲットの予言から、すでに3か月が過ぎようとしていた。
なのに、異変は全く起きないことに、父上も僕達も逆に苛立っていた。
何も無い方が良いに決まっているのにね。
でも、何か起こると聞かされて、準備している者からすると、今の静けさは、恐怖の対象でもあった。
「・・・どうして、何も起きないのでしょう?」
クリスが不安そうに僕の袖を握り締めて呟いた。
僕は一応、クリスの手を取って「大丈夫だよ。」と言ってあげてみるものの、やはり、僕も不安でしかなかった。
今のところ、世界的に特に大きな異変の話は聞かない。
強いて言えば、前回の洪水に象徴されるような天候の異変と、それによる作物の不作くらいのものだった。父上の情報網をもってしても、それぐらいの事しかわからない。
冬越しのたくわえに不安はあるものの、今すぐに押し迫った危機ではない。
僕達は、何が起こるのかわからないまま・・・・災いの神ドゥルゲットの予言から3か月の日を超えてしまった。
疾風のローガンも見当のつかない事態のようで「この先何もないのでしょうかな?」と、訝しんで首をかしげるだけだった。
父上も「このまま何も起こらないわけがない。引き続き、このまま注意を怠るな。」と命令は出すものの一体何に注意すればいいのか具体的な指示が出せずに閉口してしまう事態だった。
災いの神ドゥルゲットがハッタリをかましたとはとても思えない。
僕は異変について、前世の記憶を総動員して色々と考えてみたが、見当がつかなかった。
歴史の授業や個人的に調べていた世界史にも天変地異には、異変それぞれが連鎖反応的に起きるケースがあるのは知っていた。天候不順の多い時、意外と地震も多くなることは、知っている。それでも、それらの災害は既に起こってしまっている。もう一度、同じ災害が来ないわけではないだろうが、災いの神ドゥルゲットの予言がその程度のものなのだろうか?と、不思議に思わざるを得なかった。
そうして、さらに数日が過ぎて、僕達の耳に異変が知らされることになった。
北部を中心とした大雨が原因なのか、ネズミが大量に発生して、食糧庫を襲っているというのだ。
それが原因と思われる病死や飢餓の波がゆっくりと大陸全土に広がっていきつつあると知らせが届いたのだ。
ネズミ。
それは、疫病を運ぶ死神であることは、世界史を調べていた前世の頃に覚えた知識だった。
もしかしたら、ペストかもしれない。
僕は慌てて、この情報をもたらした密偵に病死の様子を尋ねると、病死した患者は、ペストの典型的な症状である手足が黒く染まる症状が出ていないと言う。・・・・・だから、どうもペストとは、違うように思う。
病死した患者の症状を聞くに、手足のしびれ、灼けるような痛み、そして痙攣。意識障害が起きているようで・・・それも伝染するわけではないとのことだった。
しかし、日に日に世界中で感染者が増えているようだと、密偵は語った。
・・・・なんだろうか?
これが3度目の大災害ならば、やはりネズミの大量発生がなんらかの伝染病を招いていると思うのだが、それとも違うのかもしれない・・・・。
僕が頭をひねって考えに考えていた時、同じように考え込んでいたクリスが
「もしかしたら、黒く変色した麦を食べたのでは・・・・?」
と、口にした。
その言葉に僕はハッとした!!
「クリスっ!!もしかして、・・・・もしかして、麦角菌のことかっ!!!?」
クリスは、おびえた様子で深く頷いた。
そうか!!
そうだっ!!麦角菌があった!!
かつてヨーロッパを恐怖の底へ叩き落とした麦角菌があったっ!!
麦角菌は死者の数よりも動けなくなる人間の数の方が恐ろしい。その次の年から働き手の現象により収穫が減り、結果として大飢饉が来るからだ。
「そうか・・・・なんてことだっ!
僕達は勘違いしていたっ!! 3度目の異変じゃないっ!! 異変はとっくに起きていたんだっ!!」
僕は、思わず大声を上げてしまう。
損場僕を見た父上は、「狼狽えるなっ!! 見苦しいぞっ!!」と、一喝する。
そして、「前世の記憶か? 話せっ!!」と、事情の説明を求めた。
かつてクリスは前世の母親から家庭菜園の話を聞いていたとき、恐ろしい病気を聞かされた。
それは、ライ麦に感染する麦角菌と呼ばれるカビが原因の病気だ。
麦角菌に感染した麦は黒く変色し、強い毒性を持つようになる。それらの麦を口にしてしまった場合、麦角菌の中毒症状として、先ほどの症状が出る。
重症化すれば、死者も出るが、何よりも恐ろしいのは、先ほども言った働き手が床に伏してしまうために大飢饉が来ることだ。
その話を聞いた父上が「殻の付いた麦をここへっ!!」と、素早く指示を出す。有事において連れに冷静で迅速な決断力に僕は、改めて為政者としての父上の偉大さを実感するのだった。
そして、果たして運ばれた麦袋からは、変色した麦殻が見つかった。
「今年とれた麦はすべて廃棄しろっ!!」
僕は、父上の許可を待つまでもなく、速やかに家臣に指示を出す。
その勢いに飲まれた家臣もいたが、父上の命令でもないのに収穫物を廃棄するなどという、大それた真似ができるはずもなく、呆然と父上を見つめる家臣が大半だった。
この状況。流石の父上もすっかり閉口してしまわれている。
当然だ。何故なら、もうすぐ、冬が来るからだ・・・・。
それでも・・・・それでも・・・・食べて来年に大勢の餓死者を出すことを思うと、父上は決断しなくてはならなかった。
「ジュリアンの指示に従えっ!!転生者の言葉を信じよっ!!」
鶴の一声。不安に煽られてざわついていた家臣たちが一斉に王の命令に従って動き出した。
誰も父上には逆らえなかったのだ。
不満はあっただろう。しかし、誰が父上のようにふるまえるだろうか?
この決断力と分析力。誰も父上の代わりは務められないことを悟った瞬間でもあった。
こうして、我が国における麦角菌の被害拡大は、止められた。
しかし、他国はどうなるのか?
すでに麦角菌の被害が出始めている。ネズミの大量発生も新たな疫病を発生させる要因ともなるので、対処しなくてはいけない。
僕とクリスとオリヴィアは、父上に進言した。
「この事実を他国に知らせて、大勢を救うべきですっ!!」
しかし、父上を含め大勢の家臣は、これに反対したのだった。
「ジュリアンよ。今、他国が疲弊することは、我が国にとっては有益なことだ。
戦争を仕掛ければ、疫病に犯された国を滅ぼすことはたやすい。我が国が大陸の覇権を握るチャンスだと何故気が付かない?」
家臣も口をはさむ。
「殿下。災いの神ドゥルゲットの予言をお忘れか? 転生者を手にしたものだけが救われるという。あれは、まさにこの事なのですよっ!!」
誰もかれもが、征服欲に取りつかれていた。
そうさせているのが、この国の大地が不毛であることが原因なことは明らかだった。
我が国、傭兵王国ドラゴニオンは、不毛の大地であるからこそ、他国の戦争へ兵を貸しだして外貨を得て生計を立てている国家だ。もう千年、何百年と、そうしてきたのは、このやせた土地が原因だ。
いま、他国を疲弊させて戦争を仕掛ければ、上手くいけば肥沃な農地が広範囲に手に入れられる可能性がある。
みんな、その慾に負けそうになっている・・・・・。
これを説得することは、容易な事ではない。
僕は、歴史を思い出して、必死に頭を回転させる。
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・そう言えば、武田信玄が塩攻めをされた時、上杉謙信が塩を送った話があったな。あの美談を使えば、説得できるだろうか?
・・・・・・いや、そもそもこの国に武士道はない。いま、その話を聞いて、誰が納得するだろうか・・・・。
もっと深く考えなければいけない。もっと実用的で合理的な戦略をもって、説得に当たらなければいけない。そうしなければ、大勢の死者をこの大陸に生み出してしまうっ!!
そんなことはダメだっ!!
そんなことは、絶対に阻止しなければっ!!
・・・・考えに考えても、答えは出なかった。
やがて、父上が会議の議題を戦争の支度へ帰る様に命令を下した・・・・・。
・・・・
・・・・・ここまでかっ!!
ここまでで終りなのかっ!! 僕は、ここで諦めて、大勢の死人を出させてしまうのかっ!!
なんて情けない男だっ!! 僕はっ!!
こんな前世の知識があっても、人を救うことにはいかせないのか?
己の無力さに絶望したとき、クリスと目があった・・・・・。
「恐れながら申し上げますっ!! 父上っ!! 戦争はおやめくださいっ!!」
僕の一喝に会議の場が静まり返る。
全員が静まり返る中、深いため息を一つついて、父上が僕に進言を許した。
「これで最後だ。申せ。」
父上の声は、冷酷そのものであったが、僕にはわかる・・・・・僕にはわかるぞ!!
父上は僕に期待してくださっているっ!!
そうでなくては、進言の機会を与えてくれるわけがない。恐らく、父上も迷っておられるのだ。
この災害を利用する卑劣な戦争を。
ならばっ!!
ならば、僕は説得して見せようっ!
クリスの目と会った時、僕は過去の確執を思い出した!!
それこそがこの戦争を止める理由であることを思いついた。
ありがとう。上杉謙信。
貴方のおかげで僕は、彼らを説得する理由を見つけることが出来ましたっ!!
さぁ、やるぞ!! 一世一代の大演説の始まりだっ!!




