僕が守ってあげるっ!!
「スケベっ!!俺に近づくなっ!!」
クリスティーナが僕をビンタした翌日、早速、クリスティーナは僕が通う貴族だけが通える上流学院「グレースノーツ」に編入されることになった。クリスティーナは村娘という最下級の出自でありながら「神童」と呼ばれて民衆の崇敬を集めていたこともあり、王家の離れにある別宅に住むことを許され、上等な部屋と衣服、召使を与えられてその別宅でレディの教育を受けながら、僕と共に学校へ通うことが義務付けられた。
父上的にはクリスティーナは僕の学友であり、転生者という僕に唯一、近しい存在の端女のつもりだったのかもしれないけど、クリスティーナは、学校へ向かう道中、ずっと僕を警戒して生意気な暴言を吐いて、僕との距離を取りたがっていた。
(こいつ・・・・。自分の立場、わかってんのか?)
王家の者とは言え、教育上、僕たちは徒歩で学院に向かうことが義務付けられており、僕達は本来なら、隊列を組んで学校へ向かわねばならないのに、彼女は、全然、僕と一緒に歩こうとはしなかった。
「お前の眼付き見たら、わかるんだよっ!! お前、昨日、俺のオッパイばかり見てただろっ!!」
「今度、触ってみろ! ビンタじゃすまないぞ!」
ビンタで痛い思いをしたのは君じゃないか。僕は父上の鉄拳制裁で鍛えられてるから、君に何されたって痛い思いをするのは君の方なんだぞ。脅してるつもりなんだろうけど、そんなことをして困るのは君の方なんだしね・・・・。
実は、僕達の周りには精鋭ぞろいの騎士団から選抜された者たちが30人ほど護衛として連れ添っている。それは当然だよね。僕はこの国の第一王子。いくら教育のため徒歩での通学が義務付けられていても護衛もなしに外は歩けない。護衛の彼らは僕達の会話の邪魔をしないように父上に言い含められているので、7メートルほど円を描くように離れて僕達を取り囲む様に護衛をしているのだけれども、万が一、今のクリスティーナの発言を聞かれたら、どんな仕打ちを受けるかわからない。
たまらず、僕はクリスティーナに忠告する。
「・・・・静かに聞いてくれ。クリスティーナ。今の君の発言を聞かれたら、ご両親は困ったことになるぞ」
それを聞いて、クリスティーナの顔がこわばる。
「ま、また脅す気かよっ! 卑怯だぞ。」
前世で多勢に無勢で僕をいじめていた君のセリフか・・・? 僕はあきれ返ってしまう。
しかし、クリスティーナは、不貞腐れた顔をしながらも事情を察したのか、ちゃんと僕の横に並んで歩くようになった。ちっちゃな体でチョコチョコ歩く姿がとても可愛らしいんだけどね。性格がねぇ・・・・・・。
僕がクリスティーナの動きを観察してると、クリスティーナは僕のことをジト目で見ながら「スケベっ! また俺の体を舐めますように見てるし!」と言って唇を尖らせる。
「ふんっ! 初見の時はカッコいい王子様が来たと期待したのに、自分の権力を振りかざして、女の子の胸を揉む変態野郎だったなんてがっかりだよっ! 何でよりによって、お前が転生して王子様。俺が村娘なんだよっ!!」
クリスティーナは口にしても仕方がないような愚痴をブツブツ言いながら、僕を責めるのでいい加減に腹が立ってくる。なんで、穏便に済ませようと思わないのかね?
本当にわかってる君? 僕と君の立場の違いを‥‥。やれやれ、このじゃじゃ馬娘には躾が必要なようだな。
「クリスティーナ。君が自分の身の安全を確保しようと思って、僕を威嚇するために前世のような言葉遣いしても無駄だよ。君と僕が喧嘩したら1万回戦ったって、君が勝つことなんてありえない。そもそも君はこの世界に生れ落ちてからずっと女の子として生きてきたんだろう? 今更、男のフリをしたって様にならないよ。」
「それよりも自分の立場をよく理解しておくことだね。ここは民主主義国家じゃないぞ。階級社会で君はその最下層だ。学園に行って僕の庇護なしに生きていけると思ってるのかい?」
「今の君は前世のいじめっ子じゃない。今ではすっかり立場が逆転して君は、僕のおつきの端女にすぎない。ご主人様の僕に対する口の利き方を覚えないといい加減、痛い目に合わせるからね。」
僕は出来るだけ低い声を出して、クリスティーナを脅す。その迫力に押されてクリスティーナは、怯え切って涙を両目にいっぱい貯めながら、トボトボと僕の横を歩くのだった・・・・・。
・・・・き、気まずい。前世の仇とは言え、僕は女の子を泣かせてしまった・・・・。
そうなんだよなぁ・・・・。いざ復讐をするって決めたところで、クリスティーナは女の子。対して僕は騎士道精神を叩き込まれた王子さま。クリスティーナに暴力を振るうなんて真似は間違ってもできないしなぁ・・・・。
復讐するったって、どうすればいいんだろう?
僕は訳の分からないことに頭を悩ませながら、学院へと向かう。
隣には涙目のロリータ。しかも僕が泣かせた。
気まずい。
え~、これから僕、6年間もこんな通学を続けるの? 最悪だぁ・・・・・・。
学園に到着すると、僕のお世話をするための教員が僕達を迎える。そして王家の庇護を受けた転校生のクリスティーナも丁重な扱いを受けて教授たちの詰所に連れられて行く。僕が「大丈夫だから。ただ先生達に挨拶するだけだから」って、説明しているのに、不安そうに僕を見つめるクリスティーナの表情が忘れられない。
・・・・僕が王子様になったことを卑怯だって言ってたけど、あんなに可愛い女の子に転生するなんて、そっちの方が卑怯だよっ!
全く、僕はどうやって彼女に前世の復讐をすればいいのさっ!!
しかし・・・・そんな風に悩んでいた時、僕に復讐のチャンスが訪れた。
それは昼食のための大休憩時間に訪れた。
僕がトイレに行った隙に、クリスティーナはクラスの全員から暴行を受けたのだ。
思えば、朝一番に転校生の紹介を受けたクリスティーナがクラスの全員からどんな目で見られていたか、僕は気にするべきだったんだ。ここは平和で平等な民主主義国家の日本じゃない。庶民の子供がどんな扱いを受けるべきか僕はもっと気にすべきだった。
トイレから戻った僕は騒然とする教室を不審に思いながら、部屋に入った。すると数人の男子に手足を押さえつけられて服を脱がされそうになっているクリスティーナの姿が目に入った・・・・・・。
「脱がせろっ!!こんな貧民の娘が上等の服を着る資格なんかないんだっ!!」
「俺たちと同じ教室に犬っころが一緒にいていいわけがないんだっ!!犬は犬らしく服なんか着るんじゃないっ!」
「貧民の娘が俺たち貴族と同じ生き物かどうか、服を脱がせて確かめろっ!」
男子たちは、悲鳴を上げるクリスティーナに獣のように襲い掛かり、数人の女子たちはそんなクリスティーナを助ける様子もなく、男子たちをけしかけて嘲笑する。
「貴方みたいな庶民がジュリアン様と一緒に歩くなんて許されないことだわっ!!」
「男子っ! さっさと脱がしなさいよっ! 身の程をわきまえさせなさいっ!」
「ちょっと可愛いからってジュリアン様に色目を使うだなんて、許されないわっ! 辱めを与えて二度とジュリアン様に近づけないようにしなさいっ!!」
女子にそそのかされたバカな男子たちは、女子にいいところを見せようと勢いづいてクリスティーナの服をはぎ取っていく。
朝、自分の家から着てきたみすぼらしい服から王家から与えられたドレスに着替えて、嬉しそうに頬を赤らめていた少女は、今、その全てをはぎ取られないように必死で抵抗して悲鳴を上げていた。
僕はその姿を見ながら、安堵した思いになった。復讐の方法を僕は得たのだ。
ああ・・・・。クリスティーナ、わかるかい? 前世の僕の気持ちが・・・・。僕がどんな気持ちでいたのか、君にもわかるだろう? 今の君になら・・・・。
ああ・・・・・・。そっか・・・・・。僕が手を下さなくてもいいんだ。
僕が手を下さなくても、こいつらをけしかけるだけで復讐は成立する。あの上級生たちが僕の同級生たちをけしかけていじめに参加させたように・・・・・。
フト、暴行を見ていた僕とクリスティーナの目があった。
その時のクリスティーナの目を何と説明すればいいのだろう?
諦観? 絶望感? いいや、違うな。
あれは自虐だ。前世の自分の行いを悟って、過去の自分を自虐しながら、諦めてしまった人間の目つきなのだ。
僕の心に前世の記憶がよみがえる。
そうだよ、それが僕が君たちいじめっ子に感じていた感情なんだよ、と口に出したい気持ちでいっぱいになる。
でも・・・・・。
それと同時に、僕の内に言いようのない怒りが湧き上がってきた・・・・・・。
ー-------っ!!!!
その瞬間、凄まじい破裂音が教室に響き渡った。
その音の大きさから、ただ事ではないことを教室中の誰もが悟り、音源に注目した。
そこには僕がいた。
怒りに任せて魔力の込めた拳を教室の壁を叩きつけた僕が・・・・。
教室の壁は無惨に吹き飛び、人間一人くらい簡単に通れるほどの大穴が開いていた。
そして、ふー、ふーと荒い呼吸をするほど怒りに体を震わせる僕がそこにいた。
「貴様らぁっ!!」
「よってたかって女の子をいじめるなんて、それが騎士の・・・・男のすることかぁっ!!!!」
僕は無意識で大声でほえた。
許せなかったんだ。大勢でよってたかって一人をいじめる姿が‥‥。それを受け入れてしまいそうになった自分が。
こんなに怒ったことは今までの人生にない。恐らく前世を含めて、ただの一度もない。自分でもどうしようもないほどの怒りに僕はとりつかれてしまって、子供では到底、到達できないほどのレベルに達していた魔法で壁を破壊してしまったのだ。
それくらい僕は自制心を失ってしまっていた。
教室中の生徒全員が僕を見て恐怖に取りつかれた顔をしていた。
それはそうだろう。王族として正しく振るまうために僕は彼らの前では常に冷静だったから。
怒りに身を任せたことはただの一度もない。そんなみっともなく、はしたない。恥ずべき行動を僕は今まで取ったことがない。
でも、・・・・・でも違うぞ。今のボクの行動は正しい。どこの誰が何と言おうが、僕の今の行動は、胸を張っていいほど正義なのだっ!
僕は、怒りに身を震わせながら、ゆっくりとクリスティーナの方へ向かっていく。
誰もが僕を恐れて引き下がっていく。僕は無人の野を行くようにクリスティーナへと近づいていくと、上着をはぎ取られ、中のドレスを抱きかかえるように震える彼女の体を抱きしめた。
「大丈夫・・・・。もう大丈夫だよ・・・・。」
クリスティーナは、はじめ呆然としていたが、やがて、事態を把握したのか・・・・それとも安堵して恐怖から解放されたのか・・・・
「うっ・・・・・・うわあああああああああ~~~~~~っ!!」
僕に抱き着いて悲痛な叫び声をあげて号泣するのだった。
僕は、泣きじゃくるだけになった彼女を抱きかかえると、教室の外へと連れだした。
誰もが恐れて僕達に声もかけなかった。それでいい。
今の僕に下手な言い訳をしようものなら・・・・・・僕は、たとえ同級生であっても大けがをさせてしまうかもしれなかったからね・・・・・。
僕は、屋外の水飲み場にクリスティーナを連れて行くと、椅子に座らせる。そして、水飲み場から水をくみ上げて彼女に渡した。コップ一杯に入った水を手渡されたクリスティーナは、水を口にすることなく、ただコップを握り締めながら、ポロポロと涙をこぼすのだ。
僕は震える彼女の肩を抱きしめながら、優しく話しかける。
「こわかったよね。・・・・わかるよ。僕もそうだったから。」
「皆に寄ってたかって襲われるのって、とっても怖いんだ。どうしようもなくね。」
「しかも誰も助けてくれないとなると・・・・本当に怖かったろうね。わかるよ・・・・・僕もそうだったんだから…‥。」
僕は彼女を慰めるように前世の自分を慰めるように優しく、気持ちを込めて語りかけた。
クリスティーナは、ただ「ごめん・・・・ごめんなさい・・・・。」と、泣きじゃくるだけだった。
僕の頭に過去の自分の思いが蘇る。
ー・・・・どうして誰もかれもいじめられた子に「逃げろ」って言うのに、どうして誰もかれもいじめられた子に「逃げ出せる場所」を作ってくれなかったんだろう・・・・。ー
そうだよ・・・。どうして僕は気が付かなかったんだろう?
今の僕には・・・王族の僕にはできるじゃないか!
あの狂った国の無能な大人たちと違って、いじめられる子たちが逃げ出せる場所を作り出せることが!!
そうだよ、そのために僕はこの世界に来たんだ。きっと・・・・っ!!
僕は気が付いてしまった。天の御使いが何故、僕に奇跡を起こしたのか。何故、僕がこの世界に転生したのかを僕は、悟ってしまった。
僕は、クリスティーナの手を取ってお願いする。
「僕が君を守ってあげる!!だから君も力を貸してほしいんだっ!」
「僕は作るよ、この国に。いじめられている者たちが逃げ出せる場所をっ!」
「今の君にならわかるだろう? 理不尽にいじめられて傷ついた今の君になら僕が言っている意味が。」
「僕達が、この世界に来て何をなすべきなのかをっ!!」
クリスティーナは、涙をこぼしながらも強い意志を感じる瞳で僕を見つめたまま、何度も頷いた。
僕は、良き理解者と仲間を得た。こんなに心強いことはないよね!!
「だから、仲直りっ! 一から始めなおそうよ。僕達の関係をっ! やり直すんだ、この世界で初めからねっ!!」
「だから、可愛い君。もう一度僕に改めて自己紹介してくれないかい? でないと、今後、僕はどんな態度で君に接するべきかわからないよ。前世の君のままなんか嫌だよ? 今の君の魂で僕に自己紹介してくれないかい?」
僕がそう言って手を差し出すと、クリスティーナは、全てを理解したように両手で握手すると可愛い笑顔を浮かべていった。
「はいっ!! ジュリアン様。私の名前は、ナザレ村のクリスティーナ。・・・・・・でも、仲の良い人は、私のことをクリスって言います。」
「そっか、これからよろしくね。クリスっ!! 僕の可愛い同胞さんっ!!」
僕達は、おかしなおかしな自己紹介がおかしくって、お互いに見つめ合ったままクスクスと笑いあうのだった。