そんなこと許さないぞっ!!
「こんな事、狙って出来るものですか?」
バー・バー・バーン様にこれが狙いだったのかと責められた黒き神の欠片は呆れるような声で弁解する。
「私、魔神フー・フー・ロー様にいきなり襲われて本当に恐ろしかったのですよ?
でも、旦那様に乱暴にされているその最中に、この奇跡が起きようとしていることに気がついたのです。旦那様のご様子を見てもこの状況を予知していたとはとても思えませんわ。きっと、ジュリアンを救うために無我夢中で出てきてしまったことの結果なのでしょう。
だから、このことは誰にも予知出来ぬことなのでしょう。
これは、きっと。もっともっと高位の存在が仕組んだこと。
もしかしたら、貴方たち転生者もこうなるようにその神が仕組んだことかも知れませんわ。」
黒き神の破片はそう言い残すと、自分の本体の方へ進んでいった。
その欠片を見逃す女神サー・サー・シー様ではなかった。彼女を魔法で圧縮した水の中に取り込み、存在が消失するまで圧殺した。
「これであの黒き神が実は豊穣神であったことがわかりましたね。」
女神サー・サー・シー様は信じられないようなことを言われた。
「は? 豊穣神ですと?
お聞きにならなかったのですか? 女神よ。
あの者は世界を滅ぼす因子を産み出すと言ったのですぞっ・・・・・!!」
サー・サー・シー様の言葉にバー・バー・バーン様ですらビックリして反論したが、その反論の途中で何かに気が付いて「・・・そう・・・だったのか・・・・。」と、口を手で押さえながら驚いた。
「あの者は世界を滅ぼす黒き因子を産み出す豊穣神なのです。
それ故に男女問わずに生殖行為を求めている。
産む方でも産ませる方でもあの者にとっては問題がないのです。」
なるほど、それで両性具有の神か。道理で豊満な女性の体なのに、股間にはご立派様をぶら下げているわけだ。
僕は納得しながら、その生殖に特化した妖艶な魅力に生唾を飲んだ。
「ですが、問題があります。
それは、あの神があまりにも不完全な存在すぎるという点です。
黒の因子を生み出すために世界が生み出したシステムだというのなら、どうしてあの神には善性である陽の気が集まるのでしょうか?
黒の因子を生み出すだけなら、そのような必要性は何処にもないのに・・・・。」
確かに・・・。確かにその通りだ。
黒の因子を生み出すためなら、陽の気を集めて共食いをするかのように存在する理由がない。
彼女はサー・サー・シー様の言う通り、あまりにも不完全で不要なものを兼ね備えすぎている。それでいて、サー・サー・シー様よりも高位な神として作られている。この矛盾点をどう判断したらいいのだろうか・・・?
僕らは、黒き神の正体が判明したしたことによる謎に心奪われて、逃げ出すことも忘れて考え込んでしまった。しかも、その答えを僕らは見つけることができなかった・・・・。
でも・・・・オリヴィアは気が付いていた。
魔力を使い果たし、消え入りそうな声で「・・・・あの神には足りないピースがあるのです。陽と陰を攪拌させて一つに溶け合わさせる装置が・・・・・。」と呟くのだった。
その言葉を聞いて女神サー・サー・シー様はハッと何かに気が付かれた様子だった。
「そうですっ!! あの神は不完全なまま生まれてしまった為に世界の因子のバランスに左右されているのでしょう。本来ならば、黒と白を攪拌させて灰色の物を産み出す。
でも、それをやり遂げるために必要な装置が欠けているから、世界の因子のバランスが傾いた方へ思考が左右されてしまっているのだわっ!!」
女神サー・サー・シー様の言葉にバー・バー・バーン様も納得した様子で興奮気味に語りだした。
「そうかっ!!
では、その仕組みさへあの神に組み込んでしまえば、あの神を無害化できるっ!!
教えてくれ、オリヴィアっ!!
あの神のことが見えるお前にならばわかるだろう? あの神に必要な装置とはなんなんだっ!?」
バー・バー・バーン様は、オリヴィアに尋ねた。一刻一秒を争う緊急事態にその場にいた全員がオリヴィアの言葉を待った。
・・・・
・・・・・・・
「それは・・・・・
・・・・・それは、クリスティーナです・・・・。」
オリヴィアは自分の胸を押さえながら、振り絞るような声で泣きながら言った。
その言葉の意味を誰にも理解できなかった。この言葉の意味を理解できるのは、僕とオリヴィアだけだった・・・。
・・・・・でも、・・・・
・・・でも、何を言っているんだ? オリヴィアっ!!・・・・
「ダメだっ!!
そんなことは許さないっ!! 僕が許さないぞっ!! オリヴィアっ!!」
狼狽えてオリヴィアに怒鳴りつける僕を押さえつけながらバー・バー・バーン様は、オリヴィアに問い返す。
「どういうことだ?
クリスは死んだのではないかね? どうして、そのクリスがあの神を正常化させるピースになりえるのだね?」
バー・バー・バーン様の問いかけの答えをオリヴィアに話させたくなくて僕は「ダメだっ!! 絶対に話すなっ!!」と、怒鳴りつけた。でも・・・・。
でも・・・・オリヴィアは、地震のその胸の中から光り輝く、小さな小さな砂粒よりも小さな塊を取り出すと
「彼女がそう言っています。
この子は、本当は転生者の魂の片割れではなくて・・・母の胎内で芽生えようとしていた私の魂の中に入り込んで成長した別のもの・・・・。
本来はあの神に組み込まれるはずだった装置なのだと・・・・・。」
その言葉に全員が驚愕した。
「思えばこの子は、ずっと魂の在り方を見つめていました。
自分が逆に取り込んだことで消え入りそうな私の魂の成長を彼女は無意識で見つめていました。私と一度融合したことで彼女の自我は私の魂と混同してしまったのです。それで私の事を自分の魂の片割れだと思ってしまったのでしょう。
世界のオドの流れの反対に回っていた私の魂は本来ならば、転生に失敗していたほど不完全な形でこの世界に召喚されていたのです。
でも彼女は、そんな私を自分の中で、本当は育ててくれていたのです。無意識の行為というよりは彼女の能力が自動で発動していたのでしょう、そんなことができるのは、彼女が私達よりも遥かに高位の存在で、善性の塊であったからです。」
オリヴィアの言葉にバー・バー・バーン様は納得した。
「それで、驚異的な回復魔法を駆使できたというのか。道理だな。そして、本来、世界の因子の力を使って生み出す彼女は無尽蔵にその力を使えた。だが、転生者の体に入ってしまえば、それが出来ない。
だからオリヴィアの魂や他人の魔力を吸収して、回復魔法を使えたというわけか・・・・。」
女神サー・サー・シー様も同意した。
そして、
「オリヴィア。貴女は先ほど、” 彼女がそう言っています。 ” と、言いましたね?
そのような小さな塊になってしまったクリスティーナには自我があるのですか?」
女神サー・サー・シー様の質問にオリヴィアは涙をこぼして答えた。
「・・・・・はい。
黒き神が魔神フー・フー・ロー様に食べられ始めたあたりから、彼女は段々と覚醒して言っています。きっと、黒き神が活発化した影響を受けているのでしょう。
そうして・・・彼女は望んでいます・・・・
私の魂の中で叫んでいましたっ!!!
” 私を黒き神の中へ戻してくださいっ!! それで世界が救われますっ!! ” ってっ!!」
オリヴィアは泣きながら答えた・・。
「駄目だ・・・。そんなこと許されるわけがない。
絶対にダメだっ!! 僕がそんなことを許さないぞっ!1
そんなことをすれば、クリスは本当に世界から消えてしまうっ!! あの淫売の一部に取り込まれて消えてしまうんだぞっ!!
オリヴィアっ!! 君は、・・・君は彼女を殺すつもりかっ!」
僕は吠えた。感情の赴くままに。それがオリヴィアをどれだけ傷つけるかも考えずに。
そんなみっともない僕をバー・バー・バーン様は殴り飛ばした。
「黙れっ!! オリヴィアがそんなことを喜んで口にすると思うのかっ!!
お前にはクリスとオリヴィアの覚悟が分からぬのかっ!!
命を捨ててでもクリスは世界を救おうとしている。それがクリスの望みだと何故理解してやらんのだっ!!」
・・・そんなこと・・・・そんなこと僕にだってわかっているよっ!!
それが悲しすぎて受け入れられないに決まってるじゃないかっ!!
僕は殴られて地面に叩きつけられたまま、悔しくて声のあらん限り泣き叫んだ。
そんな僕に同情してくれるものはここにはいない。誰もが世界のために命懸けで戦ってきている。
同情なんか・・・・する余裕なんか誰にも無かったんだ。
女神サー・サー・シー様は、オリヴィアの手を取って尋ねた。
「どうすればいいのですか? クリスは何と言っていますか?」
オリヴィアは答えた。
「私なら彼女の魂を大きく成長させられます。彼女と何度も魂が融合した私なら。
そして、成長した彼女を黒き神に取り込ませれば、あとはシステムに従って黒き神は正常になるでしょう・・・。恐らく、それが転生者としての私の運命なのでしょう・・・。」
女神サー・サー・シー様は、わかったとばかりにオリヴィアの手をしっかりと握りしめて彼女を見つめた。
「ですが、それには大量の魔力が必要ですね。
そして魔神フー・フー・ロー様を黒き神から引き離さなければいけません・・・・。」
作戦を聞いてバー・バー・バーン様は口ごもった。
「フー・フー・ローを引き剥がす?
そんな真似、我々にできますか?」
暴れ狂う魔神フー・フー・ロー様の姿は正に破壊の神。この場にいる誰も手の届かない高位の存在を誰が引き剥がせるというのか・・・。
そんな中、ニャー・ニャー・ルンが進言する。
「魔力は私を使ってください。私の全てを捧げます。
使い切ってくれても構いません・・・。私、本当にダメな子で・・・ずっと泣いてばかりで役にも立てず・・・でも、そのおかげで今、魔力がほぼ満タンです。私なら、その役目、果たして見せますっ!!」
ニャー・ニャー・ルンはその言葉通り、自分の命を差し出す勢いでオリヴィアに魔力を提供した。
精霊騎士の命が危機的になるほどの大量の魔力供給は、クリスを成長させることに十分貢献していた。
あの臆病なニャー・ニャー・ルンがだ。
その貢献を見て、いつまでも泣いていられるほど僕はクズではない。
「わかりました。
では、魔神フー・フー・ロー様を引き剥がす役目は僕が引き受けます。
魔神フー・フー・ロー様は、僕の師にして、神であり、父親でもあります。
きっと、今のフー・フー・ロー様と向かい合えるのは、僕だけでありましょう・・・・。」
クリスの覚悟。オリヴィアの覚悟。ニャー・ニャー・ルンの献身が僕を前に進ませるのだった。




