最初から、それが目的だったのかっ!!
僕の悲鳴は異界の父。僕の神。僕の師匠である魔神フー・フー・ロー様の耳に届いたのか、異界の門が開いて魔神フー・フー・ロー様が姿を見せた。
黒き神に敗北し、僕は絶体絶命の状況だった。魔神フー・フー・ロー様は、そんな僕の危機を救いに来てくださった。だが、その時、その場にいた者たちは全員、魔神フー・フー・ロー様の御姿を見て更なる絶望を感じた。
魔神フー・フー・ロー様は太陽神が消滅した影響をもろに受けていた。
氷精霊の下級貴族シャー・シャー・ローの血を引くフー・フー・ロー様は、この世の者とは思えないほど美しいはずだった。白い肌、銀の長髪。眩い紫の瞳は見るものを虜にする。見慣れた僕ですら見とれてしまう美しさ。これが神だと言われて納得しないものはいないであろう程、美しいのが魔神フー・フー・ロー様だった。
・・・だった。というのは、今、再び僕の前に現れた魔神フー・フー・ロー様は、明らかに見た目が変化していたからだ。
雪より白かった肌は黒き神と同じように漆黒に染まり、
白銀よりも輝いていた銀色の髪は赤く染まり、
眩い紫の瞳は暗いブルーに変わり、口からはフーッ、フーッと荒い呼吸と共にアイスブレスを吐き、周りの空気を白く凍らせていた・・・・。
「ああっ・・・・。ジュリアンを助けたい気持ちはわかりますが、どうして出てきてしまったのですか、魔神フー・フー・ロー様。
魔神の貴方が太陽神の消滅した現世に来たら、陰の属性に飲み込まれてしまうというのに・・・・。」
陰の気に飲み込まれて暴走している魔神フー・フー・ロー様の姿を見て、女神サー・サー・シー様はの「もう、だめだわ・・・・。」と嘆き悲しんだ声が深手を負って意識がもうろうとする僕の耳に聞こえて来た。
それとは対照的に黒き神は魔神フー・フー・ロー様の前に跪き、その太ももに寄り縋り、甘ったれた声を上げる。
「ああんっ・・・。なんてステキなお方・・・・
満ち溢れたその陰の気が私を熱く濡らします。
どうか、どうか私を貴方様の配下にお加えくださいませ・・・・
そして、この狂った時代が終わるまで私を可愛がってくださいませっ・・・。」
黒き神は、一目見て魔神フー・フー・ロー様に惚れてしまったようだ。
もう倒してしまった僕達に興味など示してなどいない。ただ、女の本能として、より強く高位で美しい魔神フー・フー・ロー様へ色香を振りまくのだった。
そして、魔神フー・フー・ロー様は、そんな黒き神の頭に手を置くと、髪の毛を掴み、まるでもぎ取った果実に食らいつくように黒き神のその美しいピンクの唇に噛みついた・・・・・・
「~~~~~~~~っ!!!」
いきなり噛みつかれた黒き神は驚きのあまり、魔神フー・フー・ロー様を突き飛ばそうと両手で必死に押すのだが、魔神フー・フー・ロー様はビクともしない。
やがて、その顎は音を立てて魔神フー・フー・ロー様にかみ砕かれて、黒き神は悲鳴を上げる。
「きゃあああああ~~~っ!!
な、なにをなさいますのっ!? 」
一瞬で傷は再生するのだが、その顔面は直ぐに魔神フー・フー・ロー様の両拳によって破壊される。
魔神フー・フー・ロー様は黒き神を突き飛ばすと馬乗りになって殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
狂ったように殴る。そのたびに黒き神の体は破壊される。
そうして再生するたびに恐怖の悲鳴を黒き神は上げた。僕達がいくら破壊しても悲鳴どころかうめき声すらあげなかった黒き神がだ・・・・。
その隙をついて僕達の手足の傷を女神サー・サー・シー様が回復魔法で治してくださった。そして、その間中、黒き神は魔神フー・フー・ロー様から破壊の限りを尽くされていた。
その鬼気迫る様子は、眺めていたバー・バー・バーン様さえ「これは下手に近づいたら、巻き込まれてしまう・・・。」と絶望したように呟いたほどだった。
魔神フー・フー・ロー様は、それからどれぐらい時間、破壊したのだろうか? それはそれは呆れるほど一方的に殴り続ける魔神フー・フー・ロー様。無形のはずの黒き神は、その形を変えて馬乗りになられた状態から逃げることも出来ないようだった。理屈はわからないけど、黒き神にそれを指せないほど二人の格は違うという事なのだろう・・・。
やがて、黒き神の再生の速度が落ちていくと、魔神フー・フー・ロー様は、黒き神のその体を少しずつ食いちぎっていく。
「いやああああああああ~~~~っ!!
殺してっ!! いっそのこと、一思いに殺してくださいっ!!
お願いです魔神フー・フー・ロー様っ!! いやああああああああ~~~~っ!!」
安らかな死を懇願する黒き神の声は魔神フー・フー・ロー様には届いていないようだった。
「魔神フー・フー・ロー様は、陰の気に飲まれて確かに正気を失っています。
なのに、同族の黒き神を敵として認識して攻撃しています。
・・・・きっと、ジュリアン、オリヴィア。貴方達への愛が魔神フー・フー・ロー様の活動理由になっているのでしょう・・・。
本来なら、今起きている破壊衝動は、世界に向けて無選別に発揮されるもの。
それが正気を失った今でも、貴方達への愛ゆえに戦う方向へ昇華されています・・・・。」
女神サー・サー・シー様は信じられないものを見たように、身を震わしながら「感動的です・・・。」と、口にするのだった・・・。
だが・・・・。
やがて僕達は異変に気が付いた。
魔神フー・フー・ロー様がいくら黒き神を食い散らかしても、あとからあとから黒き神は再生し、そして黒き神の陰の気を食い荒らし続けた魔神フー・フー・ロー様の体がより恐ろしい姿に変わっていくのだった。
その御身は、一回り以上大きくなり、頭部には一角獣のように鋭い角が生え、黒き神を食らう牙は5センチは伸びている。爪は伸びてまるでライオンのように変化していく。
一番恐ろしいのは、魔神フー・フー・ロー様の陰の気配がどんどん強くなっていくことだった。
「女神サー・サー・シー様っ!!
一体、どうなっているのですかっ!? どうして黒き神の体は尽きないのですかっ!?
このままでは魔神フー・フー・ロー様まで陰の気に飲まれて厄災神になってしまいますっ!!」
僕の問いかけに女神サー・サー・シー様は狼狽える。
「わ、わかりませんっ!?
一体、どうすれば・・・・何が起きているのですか?」
この事態は女神サー・サー・シー様をもってしても予測できなかったことのようで、明らかに恐怖に顔が歪んでいた。
そんな中、バー・バー・バーン様は冷静だった。
「これは・・・・。あの神は、もしかしたらこの世界のシステムの一つなのでは?
彼女は本来、一つの存在ではないのかもしれない。この世界の陽の気と陰の気の塵が寄せ集まって凝縮して・・・・陰と陽が巴を描くように混ざり合って一つの世界を作る様に、あの神を作ようにこの世界は出来ているのではないか・・・?」
バー・バー・バーン様の予測に女神サー・サー・シー様は震える唇を手で押さえながら肯定する。
「ええ・・・ええ・・・
きっとそうです。そうであるからこそ、あの神は陰と陽が共食いしあっているのに、その姿を保ち続けていられるのでしょう・・・・。
でも、だとしたら・・・・。だとしたら、この世界がある限り、あの神を食らいつくすことなど不可能です。その行為は、より恐ろしい魔神を生み出す儀式になってしまう・・・。このままでは魔神フー・フー・ロー様は現世を破壊する破壊神として生まれ変わってしまいますっ!!」
止めなくては・・・。誰もがそう思った。
そして、同時にそれが不可能なことを魔神フー・フー・ロー様の暴れる姿を見て悟る・・・・。
僕のせいだ・・・。僕があの時、情けない悲鳴を上げて父に助けを求めてしまったから、魔神フー・フー・ロー様はたまらず異界から姿を現してしまったんだ・・・・。
何が転生者だっ!! 僕の行いが世界を窮地に陥れようとしているではないかっ!!
僕が自分の不甲斐なさに涙をこぼして悔しがっていると、バー・バー・バーン様は僕の肩に手を置いて、
「もう逃げるしかない。誰もお前を攻めたりはしない。
お前は精一杯やったんだ。これは運命やもしれぬ。世界のシステムが陰と陽の気の塵を集めてしまう形になっていたことがあの黒き神を生み出したのなら、魔神フー・フー・ローが破壊神として生まれ変わることも運命だったのだろう。
逃げようっ!! 余が手引きしてお前たちを土の国へと運び去る。」
バー・バー・バーン様の言葉に僕は返事ができなかった。世界を破滅に導く結果に導いてしまった僕が異界に逃げることなど許されることだとは思えなかったからだ。僕にできることと言えば、魔神フー・フー・ロー様が破壊神と生まれ変わられた時に、せめてその最初の犠牲者になる形で責任を果たすことだけだと思ったからだ。
「僕は逃げません・・・。ここで責任を取って死にますっ!!」
「バカを言えっ!! お前を死なせたりするものかっ!! お前もオリヴィアも余が救ってみせるっ!!」
「そうですよ、ジュリアン。せめてあなた達だけは生き延びなさい。あの黒き神を私が侮ったことが全ての原因。責任を取らねばならないのは、私一人だけです。」
「いやですっ!! ここで死にますっ!!」
僕達の押し問答はしばらく続いたが、その様子を愉快そうに見ていたものがいた。飛び散った黒き神の肉体の一部だった。彼女は僕達を見て嬉しそうに笑った。
「あはははははっ!!
なんと愚かなことでしょうっ!! そうやって悔いていなさい。
どのみち、魔神フー・フー・ロー様は破壊神として目覚めます。その時は、私は魔神フー・フー・ロー様の家畜とされるでしょう。そして、彼の子供をたくさん産まされることになるでしょう。朝も昼も夜も彼に犯され、彼の子供を生み続けるのです。
生まれてきた子供たちは世界を滅ぼす因子となります。
いま、この場で死んで責任を取る? 愚かなことです。あなた方がどうしようと責任なんて捕れるはずがありませんっ!!
ああんっ・・・。旦那様。愛しい愛しい私の旦那様っ!!
もっと私を破壊してっ!! 私を啄んでくださいっ!!
一緒に世界を滅ぼしましょうっ!!」
狂っている・・・。黒き神は自分の体を使って魔神フー・フー・ロー様を生まれ変わらせようとしている。
「貴様・・・・それが最初からの目的かっ!!」
狂った黒き神の野望を知ったバー・バー・バーン様は、怖気が走ったように身を震わせながら黒き神に対して怒りをあらわにするのであった・・・・。




