最後の戦いが始まるっ!!
女神サー・サー・シー様の神託を聞いた連合軍の兵士は従順だった。誰もが女神サー・サー・シー様の言葉通り僕に従った。目の前で暴れ狂う邪龍ギューカーン様を異界に押し返してしまうという神秘の奇跡を見せられたし、その御業に命を救われたからだ。本来ならば、誰もが既に死んでいた事だろう。そんな命の恩人ともいえる神に逆らおうと考える者はいなかったのだ。勿論、恭順する者の中にはデイビットの姿もあった。
彼の姿を見た瞬間、殴り殺してやろうかと思った。
ドゥルゲットが戦争を起こした時に国から送り出してくれた父上やドラゴニオン王国の民のへ恩も忘れて自分の出世欲のために挙兵した彼を誰が許せようか。
しかし、彼に襲い掛かろうとした僕の体は、あっさりとジーン・ジーン・ガード様に羽交い絞めされて止められてしまうのだった。
「お放しくだされっ!! ジーン・ジーン・ガード様っ!!
この者は父上への恩義も忘れて・・・・畜生ッ!!
スワン男爵の仇だっ!! 殺してやるっ!!」
怒り狂う僕だったが、ジーン・ジーン・ガード様の腕力に勝てるはずもない。それどころか「戦場の恨みを戦場の外へ持ち出し、恭順する騎士をなぶり殺しにするなど武門の恥と心得よ。」とたしなめられてしまうのだった。
僕の心は怒りに染まってはいたが、次第に冷静さを取り戻して、僕はどうにか彼を殴らずに済む程度には正気に戻ることができた。決して許しはしないが・・・・・。
そうして、ようやく僕が落ち着いたことを確認した女神サー・サー・シー様は、僕やジーン・ジーン・ガード様に話し始めた。
「よくお聞きなさい。もはや争っている場合ではありません。
太陽神が消滅した今、黒き神だけではなく、多くの陰の気を持つ者たちが暴走を始めています。
それは精霊だけでなく、鬼やゴブリンなども含まれているのです。
皆が力を合わせてこれらと戦い、生き残らねばなりません。
しかし、転生者とその仲間たち、それからジーン・ジーン・ガードは私と共に黒き神と戦わねばならないのです。
残された人間たちは、私達の力を借りずに生き残らねばなりません。力を合わせるのです。私情は捨てなさい。」
ぐうの音も出ない正論だった。僕は黙って頷くしかない。ただ、ジーン・ジーン・ガード様だけは「え? 私も戦うんですか? 戦争は終わりました。契約終了で国に帰りたいんですが・・・・」なんてことを言っていたが、女神サー・サー・シー様に「逃げれば、あなたには人間の戦争に加担したペナルティを課します。その罪を償いたいなら従うしかありませんよ?」とニッコリ笑顔で脅されて、渋々いう事を聞く感じで協力してくれるのだった。
しかし、連合軍兵士と力を合わせるにしてもこの広大な世界に潜む鬼族やゴブリンと言ったような数多くの危険と戦うには戦力不足にすぎる気がする。
僕は不安に思ってそのことについて質問してみた。すると女神サー・サー・シー様はとても楽観できると答えてくれた。
「それはとても大事な内容ですが、戦力だけならば十分にあります。
各国に太陽神の消滅についての情報が行き届けば、それぞれが契約している守り本尊や精霊騎士などが救ってくれるでしょうしね。
それ以外にもまず、連合軍兵士にも貴方が貴方の兵士たちにしたように魔法を使えるものを増やし、戦力向上を図るのです。あなたがこの戦争で尽くした手段は一度は無駄になりましたが、これから先に必ず役に立つのです。いえ、役に立てなければいけません。」
サー・サー・シー様はそう言ってから、各国への太陽神の消滅に関する情報の共有と連合軍の強化の重要性を改めて説明して周知徹底を求める。
「情報は共有されて初めて効果を発揮するものです。
各々が助け合えば必ず危機は脱せます。それはちょうどジュリアン。あなたの先祖が世界を救った時と同じです。あの時も互いに争っていた人間同士が力を合わせて世界の存亡をかけた戦いをして勝利したから今があるのですよ。」
女神サー・サー・シー様はそこまで話すと「全人類の行うべき行動は以上ですが、黒き神との戦いはそんなに甘いものではありませんよ?」と釘をさすのだった。
「大昔。私は黒き神と戦いましたが、力及ばず敗走し、水の国の王へ救いを求めました。
幸いなことに私はこの美貌ですから、水の国の王は直ぐに言う事を聞いてくれました。
ただ・・・・。残念なことに今回は水の国の王の力を借りることは出来ないでしょう。私はその後も水の国の王に色々とアレしてもらったせいでこれ以上、水の国の王に頼ることは世界の法則に抵触してしまいます。」
アレしてもらったとは、何のことかわからないけど、話の内容的にろくなことではなさそうだ。僕達は敢えてそのことについては触れずに女神サー・サー・シー様の話を聞き続けた。
「ハッキリ言って今のままでは戦力不足ですが、それでも他の国々が契約している精霊貴族と力を合わせれば、何とかなると思います。
それに最終的には、ジュリアンとオリヴィア。あなた達二人の奇跡が黒き神を倒すことになるでしょう。あなた方は気が付いていないでしょうが、あなた達にはその奇跡の力が秘められているのです。その奇跡の力こそドゥルゲットが欲したものです。
あなた達、転生者には神の予言を実現する力があるのです。そのために転生した。ここで黒き神を倒せないのでは意味がありません。だから何も心配する必要はないのです。あなた方は黒き神の前に行けばおのずと未来は開けるでしょう。私たちにできることはあなた方をそこまで導くことだけなのです。」
女神サー・サー・シー様は、この度の事態は僕達の体に秘められた奇跡が収束させることと、それがそうなる運命であることを語ると最後に僕とオリヴィアに向かった「理解できましたか?」と尋ねるのだった。
僕とオリヴィアは転生者だ。自分たちが何かを成すために転生させられたことは既に何度も師匠・魔神フー・フー・ロー様から聞かされている。その覚悟は既にできていた。だからオリヴィアと僕は声を合わせて力強く「はいっ!!」と返事するのだった。
それから、数日のうちに世界全土に異変が伝えられた。異変を伝えたのは先ずジーン・ジーン・ガード様やニャー・ニャー・ルンとセーラ・セーラというメンバーだった。精霊騎士や精霊貴族なら、世界に情報を伝達することなど造作もない。また、情報を伝えた各国からはさらにその国が契約している高位の存在が情報の伝達を手伝ってくれた。おかげで被害は最低限のものに押さえられたと思う。
また、それから1月の間のうちに連合軍の中から魔法の素質があるものを選別して教育するという、前回の戦争の前に僕がやったことを再び行い、戦力の強化も果たした。
そうやって3か月もすると世界の人々は陰の気で暴走した者たちと戦う力を十分に手にすることができた。それも転生者の奇跡の一つなのですよ、と女神サー・サー・シー様は僕らに教えてくれた。
さて、そうやって世界に戦力が行き届いたことを確認すると、残りは黒き神との戦いになる。
女神サー・サー・シー様は黒き神が封印を破るほどの力を蓄えてしまう前にこちらから黒き神の封印を解いて倒してしまった方が良いという。
「冬眠明けのクマはなお凶暴で危険ですが、それでも弱っていることに変わりはありません。
私たちは戦うタイミングを誤ってはいけないのです・・・。」
と、いう女神サー・サー・シー様の言葉に従って僕らは黒き神に先手を仕掛けることになった。
討伐部隊のメンバーは、女神サー・サー・シー様。バー・バー・バーン様。ジーン・ジーン・ガード様、レーン・レーン・ルーンという精霊貴族に加えて僕とオリヴィアとゴンちゃんとニャー・ニャー・ルンが選抜された。
ゴンちゃんは勿論、戦力としてではなくオリヴィアの魔力タンクとしての役割で、ニャー・ニャー・ルンはゴンちゃんの護衛の為だ。
「そんなの無理ですっ!! 私、そんな恐ろしいところで戦えませんっ!!」
ニャー・ニャー・ルンはそう言って辞退を申し出たが、女神サー・サー・シー様は「貴方はマヌケで泣き虫だけど、発狂しているときは強いことは強いのよ?」と、バカにしているのか励ましているのかわからない説得をして決戦に挑むのだった。
世界が太陽神の消滅により混乱しているその時に僕らはドラゴニオン王国内にある黒き神の封印された場所に来ていた。
ここはかつて僕が魔神フー・フー・ロー様を罠に嵌めて辛勝した場所。そんな懐かしくもあり、恐ろしい場所でもあった。
洞窟内は陰の気に満ち、入るだけで怖気が走る。ニャー・ニャー・ルンとゴンちゃんはそれだけで震えあがっていたが、僕とオリヴィアには何故か段々と自信が心からあふれてくるのが分かった。
僕らは二人そろって「ああ。これが転生者の運命が自分たちを導いている験なんだろうな。」と、感じていた。
そうやって僕達の勇気が満ちるのを確認したかのようなタイミングで女神サー・サー・シー様は
「いいですか?
例え転生者の奇跡があったとしても、黒き神が恐ろしいことに変わりはありません。
いいですか? くれぐれも戦いに集中することですっ!!」
そういって僕らに注意を促してから黒き神の封印を解いたのだった。
おぞましい気が洞窟内に満ちたかと思うと、大雷鳴が鳴り響き、黒き神の復活を告げる。
「さぁ、いよいよだぞ。二人ともっ!!
まずは余の後ろに隠れておれっ!!」
バー・バー・バーン様はそう言って僕達の前に立ち、黒き神の復活を睨みつけるのだった・・・・。




