そ、そんなっ!!
ジュリアンが精霊貴族ジーン・ジーン・ガードや精霊騎士達と戦っていたその時・・・・。
ドラゴニオン王国の兵団は窮地にあった。
10倍近い敵に囲まれていては、難攻不落の城と雖も必死の状態であった。
そしてその難攻不落の城よりも危険なのは、その城の前に即席で築かれた出城だった。ここには敵をおびき出すためにスワン男爵率いる1000人弱の兵士が立て籠っていた。出城の周りには空堀が掘られてはいるものの、即席の城ゆえに空堀の幅はわずか6メートル、高さは1メートルに過ぎない。通常ならば確かに登るには困難な場所であるが、戦争にはさまざま道具を用いるもので、空堀をものともしない戸板を用いた簡易的な橋や梯子などの道具を敵兵も常備している。そして、この敵兵の数を考えれば少々の被害を出しながらも敵がここを攻め落とすのにさほど時間はかかるまいと思われるのだった。
故にここに立て籠ることとなったスワン男爵の兵団の誰もが仲間のために死を覚悟した英雄の集まりとなっていた。
100万とも噂された連合軍の兵士を前にして、誰も恐れてはいなかったのだ。
そうして、そんなスワン男爵の兵団の覚悟を嘲笑うかのように、ゆったりとした足どりで連合軍は近づいてくるのだった。
連合軍の先陣を切る名誉を賜ったのは、デイビット・ダー・ガルシア。元はドラゴニオン王国と友好関係を築いていた北の国の王子であり、彼自身はドラゴニオン王国に留学経験のあるジュリアンの級友でもあった。彼はジュリアンがまだドラゴニオン王国で平和に暮らしていた時に一度、決闘をしている。魔法を使ってはいけないという子供同士の決闘の作法を穢し、それをクリスに看破されて降参した苦い過去がデイビットにはあった。
そして、デイビットはドラゴニオン王国が不穏になりだしたころにジュリアンの父であるミカエラ王の勧めで自国へと帰っていった経緯がある。
そんな彼が連合軍の先陣の名誉を務めることになった理由は彼がドラゴニオン王国に留学していたためにドラゴニオン王国の内情に詳しいであろうというところを買われた点にある。デイビットにしてもドラゴニオン王国にはわずかな情を感じざるを得ないところもあったが、10倍の兵団という勝ち戦が確定している条件で先陣の名誉にあずかれるチャンスをみすみす見逃すような真似は出来ない。複雑な心境ではあったが、本作戦を承ったわけであるが・・・・。
「あの出城に警戒しろ。
前線部隊の指揮官クラス全員にくれぐれも数に頼った戦はするなと厳しく伝えよ。
今のドラゴニオン王国の国王はジュリアン・ダー・ファスニオンだ。私は奴をよく知っている。
あれは転生者という事もあるが、化物だと思え。
そのジュリアンが考えもなしにあのようなみすぼらしい出城を築くとは到底思えぬ。
どのような罠が仕掛けられているかもわからぬ。決して油断しないように徹底しろ。」
デイビットは、配下の貴族たちに厳しく忠告した。彼は直に転生者のジュリアンの偉業を目にしていた。だから、一切の油断はないのだった。
この事はさしものジュリアンも想定していない事態だった。まさかドラゴニオン王国の、それもジュリアンのことをよく知る男が兵団の長として攻め込んでこようとは思いもよらないことであった。
それ故に、敵をおびき出して敵を疲弊させるという目論見は半分も成功しなかったのである。
敵兵は即席の出城の空堀を一気呵成に攻め込むのではなく、きちんと包囲網が完成するまでは陣形を保ったまま手を出さず、じっと我慢し、やがて包囲網が完成してから火のように出城に襲い掛かってきたのだった。先陣を務める兵士の数、およそ5万。対するスワン男爵の兵団は1000名足らず。しかも一切の隙を見せないとなれば、スワン男爵に勝ち目などなかったのだった。
槍衾を掲げて突撃するデイビットの軍勢に即席の出城から矢の雨を降らせるのだが、どれだけ矢継ぎ早に矢を放っても波のように押し寄せる敵兵の勢いの前に矢は追いつかなかった。やがて空堀を突破した者たちが現れ始め、彼らの援護もあって梯子や橋といった戦道具を持った者たちも空堀を突破することに成功し始めた。
それを見て、スワン男爵は背筋が凍る思いをしたが、彼にはジュリアンから託された秘策があった。
このみすぼらしい出城を攻め込むには十分な数の兵士が空堀を渡ろうとしている頃を見計らい、スワン男爵は号令を送る。
「火を放てっ!!」
スワン男爵の合図を受けた伝令は、赤い狼煙を上げて全周囲にスワン男爵の命令を伝達する。
その狼煙はデイビットの眼にも止まり、デイビットを戦慄させた。
「まてっ!! あの狼煙は何だ?
・・・・・罠だっ!! 早々に味方を引き戻せっ!! あのジュリアンのことだ、どんなわなを仕掛けているかわからんぞっ!! 急ぎ、撤退させよっ!!」
デイビットの予感は正しかったが、後方に控えるデイビットの伝令が前線に伝わるには相当な時間差があった。
デイビットは見た。自分の命令が前線に届く前にスワン男爵が空堀に放った火が兵士たちを焼く炎と煙が立ち上るところを・・・・。
空堀には土に脂が仕込まれていたのだった。空堀の地表面がしっとりと湿る程度に巻かれた脂は空堀を踏破せんと駆け込む兵士たちに巻き上げられ、彼らの衣服にも飛び散っていた。スワン男爵はそこに火をつけた直径1メートルはあろうかという藁の大玉をいくつも投げ入れさせたのだ。
火はあっという間に兵士たちの服についた油に燃え広がり、戦場は兵士達の悲鳴が響く阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「・・・・・これはジュリアン陛下のご先祖。ドラゴニオン王国の始祖が使われた戦法。
戦争とはいえ、このような非道な真似が許されてよいのか・・・・・。」
スワン男爵は悲鳴を上げならが死んでいく敵兵の姿に心痛めずにはいられなかった。
しかし、やらなければやられるのが戦場の掟。スワン男爵は気を引き締めて次の作戦に移行する。
スワン男爵は自分たちを包囲する敵軍のうち、出城と本丸との間に向かい合う城壁に兵士たちを集結させて矢をつがえる。そこには炎を合図に城から飛び出してきたドラゴニオン王国の本隊が突撃してきていたのだった。炎から退散するデイビットの部隊は出城とドラゴニオン王国の本隊に挟み撃ちにされてあっという間に攻め滅ぼされて敗走していくのだった。
デイビットは陣形の乱れた前線を見て、ジュリアンの恐ろしさを改めて思い知り潔く、出城から大きく撤退するのだった。
・・・だが、一度は勝利したかのように見えるスワン男爵の兵団は、これを境に大きく敗北していく。ジュリアンを知るものは敗戦の屈辱を拭おうとしてこの出城を何としても攻め落とそうと攻撃したりはしない。デイビットは敢えて、道が開けた場所にある出城へと進行はしなかった。道の悪い道へと迂回してドラゴニオン王国の本隊が籠城する城へと進軍する。そして名誉も何もかなぐり捨てて、連合軍へもっと大軍を送る様に救援を求めたのだった。
「ドラゴニオン王の策略にハマり、我、大苦戦なり。
こうとなれば被害を恐れず大軍をもって攻めるほかなし。
被害は甚大になろうが、敵の籠城目的が時間をかけて我らを疲弊させることなれば一刻の猶予なし。
大至急、被害は度外視して全軍を送られよ。それ以外に道は無し。」
恥も外聞もないデイビットの大胆かつ冷静な判断は、連合軍のトップ連中の危機感を煽った。
彼の起こした行動は正しかったのだ。連合軍は被害を恐れずに全軍をもってドラゴニオン王国の本丸のみを攻撃するのだった。本来、出城はこういった時に城と出城の間に挟まれた軍を挟み撃ちにして被害を与えるものであったが、こうも大軍で押しかかられては出城側も本丸側も拠点から出ることは出来ずに籠城することしかできない。やがて孤立したスワン男爵の出城も完全包囲され、補給も経たれた。
矢は突き、油やそれを燃やす藁玉さえも尽きてしまい、肉弾戦を強いられることとなった。
スワン男爵は連合軍兵士が出城になだれ込み、次々と部下を切り殺していく様を呆然と見ながら天を仰ぐのだった。
この敗戦の原因はジュリアンをよく知る者が敵兵にいたという想定外の事態が敵兵から油断を奪ったことだ。大軍の兵は出来るだけ被害を押さえたく、このような特攻作戦は行わない。だが、ジュリアンの恐ろしさを知るデイビットは、被害を恐れずに大特攻を仕掛けてきたのだった。全ての予想が外れ、出城は陥落しようとしていた。
せめてもの希望としてスワン男爵は「我死すとも、諸君らは必ず生き延びたたまえ・・・。」と呟きながら、出城からドラゴニオン王国の本丸を見た。
彼は見た。大苦戦・・・。いや、陥落は時間の問題かと思えるほどの大群に一気呵成に責められる本丸を・・・。敵は一切の被害を恐れずに特攻を続けていた。連合軍の被害は不必要と思えるほど甚大だ。だが、あまりにも馬鹿馬鹿しい作戦を敵は決行したのだ。その犠牲を考えても作戦自体は成功だったと言える。ドラゴニオン王国の敗北は時間の問題と思われるほどいつめられていたからだ。
・・・誰がそんなクレイジーな作戦を決行すると予想できたのか・・・・。
スワン男爵には本作戦を立てたジュリアンを責める気にはならず、せめてジュリアンだけでも逃げ延びてくれないかと考えていた・・・。
しかし、戦場に於いてそのような達観した境地に至った目は、戦いに狂った兵士たちが見落としている異変に気が付くのだった。
異変に気が付いたスワンは反射的に叫んだ。
「敵味方共に今すぐ逃げろ―――っ!!
全員死ぬぞーーーーっ!!!」
だが、必死の叫び声は誰にも届かない。スワン男爵は声の続く限り叫んだが、その声も後ろから彼を切る敵兵によって阻まれてしまった。
彼を切り殺した雑兵はスワンの身なりを見て興奮した。
「おおおっ!! 凄い装備だ。こいつは貴族だぜっ!!
やった大手柄だっ!!」
そういってはしゃいだ彼は、すぐにスワン男爵が何を叫んでいたのかを悟ってスワン男爵と同じく悲鳴を上げた。
「ひあああああああー---っ!!
全員、逃げろ―――っ!! し、死ぬぞ―――っ!!」
彼の叫び声と共に、戦場に凄まじい爆音が鳴り響き、大地は裂けて大勢の兵士が地面に飲まれていくのだった。
その爆発の中心には我を失ったかのように怒り狂う邪龍ギューカーンと彼を引き留めようとする火精霊の貴族ジーン・ジーン・ガードとジュリアンの姿があった。
これ、年内完結は無理かもしれません。
もしかしたら来年に入っても4話くらいかかるかもしれません。
出来るだけ年内に終わらせるように努力していますが、もし延長になってしまったときは、読者様には一つ、広いお心をお持ちになられて御勘弁いただきたいと思います。年内完結を宣言いたしましたので、年内完結を最後まで目指しますので、宜しくお願い致します。




