決死の突撃だぞっ!
火と水の奥の国の王ダー・ダー・ルーン配下の火の精霊貴族のジーン・ジーン・ガード様が連合軍にいるっ!!
そう聞かされて僕は冷や汗が流れるのが自分でも分かった。
こうしてはいられない。僕はすぐさまここから離れて対策を練らなければ・・・・。
僕は少年の精霊騎士達に
「では、用は済んだので今すぐ帰れ。
お前たちは裏切り者だ。ある意味では僕よりも危険な状況かもしれない。
早く自分たちの国に帰るんだぞ・・・。」
とだけ言い残してやると、風を切って駆け出してその場を離れるのだった。
マズい・・・まずい・・・・マズいぞ、これはっ!!
僕は拠点へ戻ると、自室にこもり頭を抱えて、今後の対策に苦心する。
精霊騎士と精霊貴族とでは強さの格が全く異なる。僕は精霊騎士をしての強さは手に入れたけど、精霊貴族が相手の場合勝ち目が全くないと言ってもいい。
闇精霊貴族ズー・ズー・バーや風精霊の貴族レーン・レーン・ルーンはもとより、土精霊貴族のバー・バー・バーン様などはそんじょそこらの神より強い。精霊貴族とはそれほどに高位の存在なのだった。だから連合軍が準備した精霊騎士20名を従えていられるわけだけれども・・・・。
僕達は圧倒的に数の多い連合軍とも戦わなければいけないのに、合わせて精霊貴族とも戦わねばならないとは・・・・これは本当に想定外だった。
精霊騎士残り15名と戦いつつ、精霊貴族を倒し100万とも予測されている連合軍に勝利しなくてはいけない。
挙句の果てに僕の使命はそれだけではない。
僕には必ずやらなくてはいけない使命まであるんだ。だから、ここで敗北するわけにはいかない。
最終手段として魔神フー・フー・ロー様を召喚するというものもあるが、それを今やれば、僕はその先の使命を全うすることができないであろうことはおおよそ、予想がついていた。
・・・・何としてもやり遂げないといけない・・・。
その為にも僕は戦争に力を注いでいる余裕はないのだった。
このさい、戦争は部下に任せるしかないと決断して行動に移す。
貴族連中を作戦室に集めると、地図を広げて講釈する。
「いいかい?
この城は土精霊騎士達の加護のおかげで難攻不落の城となっている。
そうなればおいそれと敵も手を出してこれない。
手を出してこれなければ籠城戦は長引く一方だ。皆も知っている通り、籠城戦を長引かせて敵の戦力を疲弊させ敵を撤退へと導くのが僕らの狙いだ。
しかし、詳しい事情までは話せないが、僕らにも一刻の猶予もない状況となっているうえに、僕にはこの拠点を出て戦わねばならない相手がいるのだ。つまり、君達だけでこの城を守りぬかねばならない。
なので、敵が早々に手が出してきやすいような隙を作ってやる必要があるんだ・・・。」
僕は地図上に描かれた城の一点を指差して「ここに即席の出城を築く」と宣言する。
それをみた貴族たちは眉をひそめて
「それでは敵はここを攻撃するために確かに前に出てまいりますが、即席の城では圧倒的に数に勝る連合軍相手には、いかほども持ちませぬ。この出城にいる兵は確実に死にますな・・。」
というのだった。
それはその通りだった。この出城は囮となる。
ここにいる兵士たちは真っ先に敵に襲われて、あっという間に殺されてしまうだろう。
貴族たちは唸った。
死の覚悟はとうにできている。しかし、捨て駒として死んでいくというのは、その覚悟とは似て非なる覚悟が必要となる。だから、誰もがここに誰を配置するべきか。そしてそこへ誰が行くと名乗りを上げると言い出すか。それの答えを出せずにいた。
しかし、ここにきて、まさかのスワン男爵が名乗りを上げる。
「陛下。その囮役。
このスワンめが見事にお勤め果たして見せましょうぞ。」
スワンは曇り無き目で僕を見つめて名乗りを上げる。
一人が決死の名乗りを上げたら黙っていられないのが、騎士の性。続けて誰もが我も我もと名乗りを上げるのだった・・。
スワンのおかげで諸侯の間に勇気が戻った。ありがとう…スワン。
僕は彼に感謝しながら、それでも納得できない指定をする。
「スワン男爵。よく名乗りを上げてくれた。
だが・・・君はもう忘れてしまったのか?
先の威力偵察で僕が君に「死ぬな」と命令したことを。」
その言葉を聞いてスワンをはじめ、多くの貴族たちが怪訝な顔をした。
「陛下。
このような出城を築くと仰っておきながら、死ぬなとは御無体な・・・。」
誰と言わず作戦室から疑問の声が上がった。
僕はその当然の疑問に笑って応えるのだった。
「だから、秘策があるというのさ・・・。」
僕は笑って応えて作戦を説明してやるのだった。
・・・・その後・・・。
僕たちを追って敵が迫ってくるまでのわずかな時間のうちに僕らは幅300メートル四方の小さな土嚢を積み上げてつくった出城を一つ築かせた。
出城の外には空堀を掘り、その空堀を掘ることで出来た土を出城のベースに使うという無駄のなさが短期で出城を築くための成功の鍵でもあった。
全ては手作りで行われた。しかし、人海戦術を使えばこの程度の事半日で作業が完了してしまう。
人海戦術は時に重機を使った工事よりも早くに工事を完了させる場合がある。
無駄のない手順と計算された設計と工事をスムーズに完工できる人数がいれば、そういうことが可能なことは前世の自衛隊が実際に照明していた。
そういった前世の予備知識があったことを背景に僕はこの作戦を選択することができた。
リスクがないかと言えば、そんなことはあり得ない。僕はこの作戦を成功に導く自信が当然あったが、敵が僕の作戦の上をいけば、スワンの部隊は一瞬で大魚に飲み込まれる小魚のように全滅させられるであろうリスクも当然あった・・・・。
この作戦はそれほどの賭けだったが、それでも死の覚悟を決めているスワンならば、それもやり遂げるだろうと、僕は確信していた。
そうして、決戦の当日。僕らの拠点を狙って進軍してくる連合軍の影が視認されると、僕は全兵士の前に再び演説を行った。
杯を手に取り、拠点の一番高いところから兵士たちに叫んだ。
「諸君。いよいよ我らの命運決する合戦が始まる。
だが、何も恐れることはない。
ここで戦い敗れれば、全てを失ってどうせ死ぬ。
死を恐れていては勝てる戦も勝てないのだ。だから、死を恐れるものはなお、死を恐れずに勇敢に戦えっ!!
諸君らには私の信奉する魔神フー・フー・ロー様が付いていて下さるっ!!
共に死のうっ!!!
そして、もし見事勝ち残ったら、魔神フー・フー・ロー様が予言された世界を滅ぼす魔神と戦い、世界を救おうではないかっ!!!
それが戦争を起こした我々がやり遂げなくてはいけない贖罪。
見事、名誉挽回の第一歩となるこの戦争で死に、そして生き残った者たちが我らの業をはらして見せようぞっ!!」
ここに至れば、長話ともいえる演説は必要ない。
生死を語ればそれで完結するのだ。僕の短い決戦の口上はたったこれだけで終り。手にした杯の酒を一気に飲みほすと、杯をテーブルに置いた。そして槍を手にすると城の皆に手を振って別れを告げて、僕は単騎で連合軍へ突撃をしていく。
理由は当然。この戦争を勝利に導く礎の一つとしての決死の突撃だ。
そしてその行動の狙いは連合軍兵士の命ではない。この戦争に参加する精霊騎士と精霊貴族に決闘を申し込む為だった。僕が彼らを足止めしないと作戦どころか難攻不落のはずの城まであっという間に破壊されてしまうからだ。僕は命に代えてでも彼らをここで食い止めなければいけなかったのだ。
この、音の速度で連合軍に突撃する僕を敵側で視認できたのは当然、精霊騎士達だけだった。その内の一人が突撃する僕に向かって槍を投げ放って、僕の突撃を止める。
「迂闊だぞ、ジュリアンよっ!!
一人特攻して連合軍兵士を削ろうという腹か?
よもや我らの存在・・・・忘れはしまいなっ?」
15名の精霊騎士は連合軍の陣形から飛び出してくると僕を取り囲むように姿を見せて啖呵を切る。
そして、彼らと向かい合って睨み合う僕を諫めるかのように、彼らの後ろからゆっくりと火の精霊貴族のジーン・ジーン・ガード様が姿を見せる。
「ジュリアン・・・・。まだ若いというのに戦略家だと聞いていたのに、このような短慮な行動を仕掛けてくるとは、期待外れもいいところだ・・・。」
穏やかな口調とは裏腹に燃え盛る業火のような魔力をみなぎらせていたのだった。




