必ず生き残れっ!!
スワンは他の貴族ならば名誉に思う先陣を心底恐れているようだった。
だからこそ、僕は彼を指名するのだった。
「で、ですが陛下・・・・。
私の率いる部隊は1000名足らず。とても敵兵に対して脅威になりえません。
精霊騎士をおびき出すには力不足と申しますか・・・・その・・・。」
その歯切れの悪い物言いと煮え切らない態度には、同輩の貴族たちも腹を立てて、「ならば、貴公は帰れ!」と怒り出す者や「ならば陛下。この臆病者の代わりに私に先陣の名誉をっ!!」と、申し出る者まであった。
しかし僕は彼らの申し出を拒否した。
「いや。ここはスワン男爵に任命しよう。
これは決定事項である。
それにスワン男爵。貴公が力不足とは謙遜が過ぎる。
貴公の騎士団は勇猛果敢、数々の戦場を駆け巡った名門の家柄と聞き及んでいる。
先祖に恥じぬ働きをしてくれるものと、私は期待しているぞ。」
自信満々に国の王がそう言うのだから、誰もが何も言えなくなってしまった。
勿論、スワン男爵の家が名門の家柄というのは誇張表現だ。僕だってそんな話は聞いたことがない。彼の家はドラゴニオン王国では標準的な男爵家に過ぎない。過ぎた期待を負わせることで彼が断わりにくいように仕向けただけだ。
これを言われたら、貴族たちは黙って王の言うとおりにするしかない。
ただ一人、スワン男爵だけがいつまでも
「ええ・・・・。そうなんですよね。
そうなんですけれども、・・・・いささか・・・この度は・・・・。」
と、ブツクサ言っていたが、僕は強引に会議を終了するためにスワン男爵に「今宵のうちに私と共に夜襲をかける。よもや領地並びに爵位召し上げになりかねない ”戦いの準備ができていない” などという不心得を申さぬな?」と、脅しつけた。
そう、戦争が始まっているのに戦闘準備ができていないなどという言い逃れが許されるほど傭兵王国ドラゴニオンは甘くない。命令一つで外国の戦場に発たねばならない傭兵王国にそのような道理は存在しないのだった。
また、貴族にとって最も重い罰である「領地および爵位召し上げ」には、さしものスワン男爵も断ることは出来ない脅迫になったようで、泣きそうな顔で「仰せのままに。ご期待に応えられるように全力を尽くしまする。」と、言って承知するのだった。
「では、今宵の作戦のために、スワン男爵の部隊は昼間のうちに寝かせておけ。
諸侯らも、場合によってはそちらへ敵をおびき出すことも考えられる。十分な備えをしておくように。
それでは、私は今のうちに休ませてもらう。」
僕はそれだけ告げると早々に作戦室を出る。諸侯は深々と頭を下げれ僕を見送るのだった。
作戦室を出た僕は小姓たちに装備品をはじめ諸々の準備と確認をするように申し付けてから、アーリーの部屋へと向かう。
「まぁ、旦那様。
こんな日の高いうちから・・・。」
部屋に入ると同時にアーリーに抱きあげるとベッドへと連れていく僕にアーリーは恥ずかしそうながらも嬉しそうな声を上げる。
「聞いてくれ。僕の可愛い人。
僕は今から再び戦場に出る。そんな僕がストレスを溜めたままでは十分に戦えないとは思えないかい?」
「まぁっ!! そんな言い分がありまして?」
アーリーは呆れたような声を上げながらも、彼女の衣服を脱がしていく僕の動きに抵抗するそぶりを見せるどころか、僕が服を脱がしやすく手助けするかのように体をよじらせるのだった。
「わかりましたわ、ジュリアン様。愛しい愛しい私の旦那様。
どうぞ私の全てで癒されてくださいませ。
そして、できるだけ優しく可愛がってくだされば私も幸せと存じます。」
「ああ。アーリー。
君の体は、砂漠に滾々と湧き出る清水。数多くのミツバチが集めた極上の花の蜜よりも甘いしずくを僕に与えてくれる。
それはまるで全てを潤し、生きる力を与えてくれる美しい湖の女神。
どうか・・・哀れな僕に君の全てを飲み干させておくれ・・・。」
アーリーに甘く囁きながら彼女の全てで僕は戦場のプレッシャーを忘れ去り、戦場へ向かうことができる心の余裕を得るのだった。
そして、その夜のことだった。
充分なリフレッシュと休養を終えた僕は装備品を整えて戦場へと向かう。
率いるのはスワン男爵家の1000の兵士。
これで数十万の軍勢が駐屯する拠点を攻撃するというのだから、我ながら蛮勇と言わざるを得ない行動だと思う。
それはスワン男爵の方が自覚しているようだった。
青ざめた顔に落ちくぼんだ目を見れば、彼がどれほど恐怖を感じているかわかる。きっと、休養のために寝るどころではなかっただろう。
僕は自分の馬をスワン男爵の隣につけると、そっと耳打ちする。
「案ずるな。スワン男爵。
君は今、誰よりも研ぎ澄まされている。
死を恐れ敗北を恐れている君こそ、この任務の適任者なのだ。
死を恐れる君こそ、生き残る術に長けている。
君は部下と共に逃げて逃げて生き残ることだけを考えておけ。」
僕の言葉を聞いたスワン男爵は、ハッとした表情で僕を見る。
「陛下・・・・
気勢だった諸侯ではなく、私をお選びになられたのは・・・それが理由ですか?
死を恐れる私だからこそ、生還率が高いとお考えになられたと‥‥?」
ニッコリ笑いながら彼の馬の背を撫でてあげる。その自然な仕草にスワン男爵は涙をこぼして感謝した。
「もったいない・・・・
分不相応なご期待をいただけましたこと。このアダム・ベン・スワン、生涯忘れませぬ。
一生、死をいとわずに貴方様のために戦うことを誓いましょう。」
スワンの顔は騎士のそれに変わっていた。
そんなスワンに僕は笑って答えた。
「だから、死ぬなというのに・・・・。
スワン。僕は君の部隊が犬死や消耗品になることを望まない。
奇襲をかけて危ないと感じたら、すぐに逃避しろ。
その時、僕がどうなっていても必ず逃避するんだ。
なに。僕には父なる魔神フー・フー・ロー様のご加護がある。たとえ、1000万の兵に囲まれても僕だけは無事なのだ。だから、安心して君は逃げるんだ。」
スワンは僕の言葉を了知し、深々と頭を下げて応える。
その下げた顔からこぼれ落ちる涙を見てみないふりをしてあげるのが男の約束事というものだ。
それ以降は、特に話すこともなく敵陣営の近くまで僕らは夜の闇を進軍した。
敵の陣営近くに来てから、僕は指揮官クラスを集めて作戦を説明する。
それは、地の利を最大限に活かした戦法であった。
まず、ここは勝手知ったる自国領土だ。誰もが地図を諳んじており、例え夜の月明かりの下でも道に迷うことなく目的地に到達できるし、例え仲間と逸れても慌てることなく最も安全なコースを選んで帰還できる。
一方敵は、あずかり知らぬ敵の領地を夜の闇の中で正確に追いかけることも出来はしない。つまり、奇襲後に速やかな離脱の成功する可能性は高いのだ。
そして、僕らはこの季節のこの時間にどちら向きの風が吹きやすいことも周知していた。
今は敵陣営を目指す僕らにとって向かい風の方向に流れている。つまり、僕らの音も臭いも敵に察知されにくいという事だ。加えて言うと、僕らが退避をする時にその風は追い風となり、逃げやすくしてくれる。
僕はその風を攻撃にも利用する。
「いいか?
この風の吹いている間にできるだけ多くの火矢を打ち込んでやれ。
風は火を強くしてくれるし、火は煙を起こし、煙は私たちの姿を消してくれる。
ただし、火矢は第2陣に。第一陣が突撃をしてから矢に火をつけろ。そうでなければ、この暗闇だ。
敵に居場所を察知される。
奇襲の命は敵が反撃の体制を整える前に大打撃を与えて、すぐさま去ることだ。
私の退却の命令を絶対にせよ。わかったな?」
僕の命令は全員に正しくいきわたった。
その甲斐あって、この奇襲攻撃は大成功を収める。
まずは先陣切って敵の陣営に走り込んだ僕の槍が多くの敵兵の命を奪う。ほとんどの者がいつ自分が殺されたのかも気が付いていないだろう。そうして死屍累々が山とならんとした時、ようやく敵が音速で動く敵に気が付いた。
「敵襲ーーーーーーっ!!」
敵の悲鳴と共にスワンの部隊が敵陣営に強襲する。夜の闇から現れた傭兵騎士団の襲撃は風のように速く、そして燃え盛る火のように激しい。それは文字通り火矢を使ったこともあるけどね。
夜の闇に風にあおられて煌々と燃え上がる炎が美しく夜空を真っ赤に染める。それほどの数の敵陣営の天蓋が火災にあっているという事だ。
しかし、敵もさるもの。一度は怯んだとはいえ、すぐさま反撃に出る。
敵兵が気勢を上げて突撃したことを察した僕は撤退の二文字を叫ぶ。
「撤退せよっ!!
一目散に離散せよっ!!
この奇襲は十分な成果を上げている。あとは夜の闇に紛れて敵に追撃を振り切るだけだっ!!」
僕の声を受けて風のように戦場を去っていくスワンの部隊は夜の闇と煙に巻かれて敵兵はあっという間にスワンの部隊を見失う。
そうして、一人、敵陣営に残った僕も彼らが無事撤退したことを確認すると、風よりも早く戦場を後にする。
一方、僕達の戦いぶりから高位の存在がいることを悟った敵は、遂に精霊騎士を戦場に送り込んできた。そして、彼らは僕に照準を当てていることは直ぐに分かった。
何故なら、ヒリヒリとこの身を焼き焦がさんとするほどの殺気が僕を追いかけてきていることを感じていたからだ・・・・。
「くそ。5人はいるな・・・・。
流石にマズいぞ・・・これは。」
僕は自分に襲い掛かろうとしている敵の数を感じ取り、己に死が迫ってきていることを悟り、ニヤリと笑うのだった。




