助けてくださいっ!!
「繰り返すっ!! 今すぐに平伏し口を閉じて目を瞑り、両手で耳を塞げっ!!
決して我が王の姿を見ても、声も聞いてはならぬっ!!!」
戦場に響き渡るほどの大声で命令したのは、エレーネス王国の守り本尊である闇精霊貴族ズー・ズー・バーだった。
僕らは誰一人として彼の言うことに逆らわなかった。
そう誰一人としてだ。敵も味方もズー・ズー・バーに全てをゆだねるしかなかったからだ。
溺れる者はファラオも掴むと前世でことわざにあった通りのことが起きていた。
ズー・ズー・バーが何者であるかを知っているのは、この場では僕を含む数名しかいないのに、誰もがズー・ズー・バーに従ったのだ。 おや? ・・・・藁・・だったかな?
この場にいる者をそうさせたのは、グー・グー・ドーの残した2枚の手鏡から湧き出した異界の霊気だった。背筋が一瞬にして震えるほどの怖気を感じていた。ただ、霊気を浴びただけだというのに誰もが逃れられぬ死を予感していた。
皆、その怖気から本当にここに冥界と現世の間の国の王ルー・ラー・ドーン様の降臨を感じていたのだった・・・・・・。
それから、どれくらい時間が立ったのだろう・・・。
僕らは耳を閉じて目も瞑っていたので何があったのかはさっぱりわからなかったが、やがてズー・ズー・バーに肩を叩かれて僕はようやく目を開けることができた。
眼の前にはずたずたに引き裂かれたグー・グー・ドーの霊体が氷漬けにされている姿が目に映った。
「うわああああああっ!!!」
そのおぞましい姿に僕は悲鳴を上げる。
これまで、陰惨な死を僕は目にしてきたが、これほど残酷なものは見たことが無かった。
というのも、グー・グー・ドーの霊体の眼球が動くのを僕は見たからだ。
ズタズタに引き裂かれた姿でなお、グー・グー・ドーの霊体は氷漬けにされたまま生きていたからだ。
聞いたことがある。
ルー・ラー・ドーン様の怒りをかった者はルー・ラー・ドーン様の支配する冥界と現世の間の国で永久に氷漬けにされたまま生かされると。それが伝説ではなく実際に起こりうるものだと僕は目のあたりにしたのだった。
「この者は偉大な異界の王を戯れに呼び出した罰により見せしめとして、未来永劫このままにされるであろう。
残念だが、全ての者は救えなかった。私は我が王に慈悲を請い、私の命に従ったものを救うことは出来た。
だが畏れ多くも畏くも、我が王の姿を見た者、声を聞いた者は、みな同様に氷漬けにされてしまった・・・・。」
ズー・ズー・バーは、無念そうにそう語ると、指で周辺を指し示す。
「・・・・え?」
そこには多くの兵士が氷漬けにされていた。
彼らは自分の好奇心に逆らえなかったのだ。あれほど恐ろしいルー・ラー・ドーン様を見てみたい、声を聞いてみたいと思ってしまったのだ。
「その肉体は氷漬けにされ、魂は我が故郷に連れていかれた。
ただ、このグー・グー・ドーの霊体のように現世で氷漬けにされた者はいない。」
僕は、呆気にとられながら、フラフラと立ち上がり、ズー・ズー・バーに尋ねた。
「ズー・ズー・バー様。
どうして・・・・。どうして神はここまで無慈悲な振る舞いをされるのですか?」
僕の質問にズー・ズー・バーはため息をついた。
「ジュリアンよ。あの鏡は元はとある高貴な姫神に我が王が直々にお与えになられた強制召喚の鏡。
それを精神の悪しき神が盗み取り、巡り巡って、色々なものの手に渡りグー・グー・ドーの手元に来たのだ。
あの鏡は本来は我が王の愛の証・・・・。それで他人に召喚されてお怒りにならぬわけがない。
そのお怒りになられているところへ、たかが人間が興味本位でその御姿を見ようとしたのだ。
許されるはずがない・・・・。」
・・・・
・・・・・・そ、そうだったのか・・・・。
あの鏡は僕の先祖も使っていたとされるが、そんな恐ろしい代物だったのか・・・・。
ズー・ズー・バーはなおも続けて説明してくれた。
「エレーネス王国で魔神フー・フー・ロー様は私を説得される際に、予言を私にくださった。
”ジュリアンを見張っていれば、ルー・ラー・ドーン様の愛の証の残骸を回収できる。
私は、人間が異界の王の愛の証を利用するなど許せぬ。そなたもそれは同じであろう。
取引というわけではないが、私はこれを回収する予言をそなたにした。その時は、どうか我が息子を守ってはくれぬだろうか?” と。
私は魔神フー・フー・ロー様の真意を聞き、魔神フー・フー・ロー様に従うことにしたのだ。
そして、いま。その時が来ていたのだ。」
そうだったのか・・・。
僕の脳裏に魔神フー・フー・ロー様に臣従を迫られたズー・ズー・バーが、魔神フー・フー・ロー様になにやら耳打ちされた途端に態度を急変させた時のことが思い出された。
あれは、そういうことだったのか・・・・。
「魔神フー・フー・ロー様の助言に従い、私はエレーネス王国を見張るようにふるまいながら、実際は遠くからお前たちを見ていたのだ。
予言の時が来るのをずっと待っていた。」
ズー・ズー・バーは両手にルー・ラー・ドーン様の愛の証を握り締めて、目を瞑る。
きっと、今、彼の胸の中には長い時を経て回収できた主の鏡を手にして、達成感、安堵、感謝など複雑な感情が入り乱れているのだろう。
僕はズー・ズー・バーのその忠誠心に胸を打たれずにはいられなかった。
そして、ズー・ズー・バーは鏡を回収できた礼として、エレーネス王国がこれ以降もドラゴニオン王国の盟友であることを保証してくれた。
これほど心強い保証があるだろうか?
それもすべて魔神フー・フー・ロー様の働きのおかげ。僕は感謝してもしきれない。
「ところで、ジュリアンよ。
お前はこれからどうするのだね?
生き残った兵士を皆殺しにするなら私も手を貸そう。
しかし、彼らを生かして捕虜とするというのなら、これほどの人員の食事は面倒みられない。
よく考えて返答せよ。
お前はこれからどうするのだね?」
・・・これからどうするのだって?
決まっている。ズー・ズー・バーの助力は有難いが僕のやるべきことは既に決まっていた。
「ズー・ズー・バー様。
お申し出は有難いのですが、私は彼らを救いたいと思います。」
ズー・ズー・バーは尋ねた。
「ほう、救いたい・・・・とな?
知っての通り、敵も味方も食料に余裕はないぞ。どうやって救うというのだ。」
「それは勿論、我が主にもう一度ご助力願うまでです。」
僕の返答をズー・ズー・バーは不思議そうに首をかしげて答えた。
どうやら僕の言った意味が分からないようだった。
だから、僕は行動で示す。
天に向かって指輪のハマった右手を掲げて我が主の名を叫び助力願う。
「我が父なる神、魔神フー・フー・ロー様っ!!
飢える民にお慈悲下さりませっ!!」
僕の行動にズー・ズー・バーが目を見開いた瞬間、周辺に落雷が走り、次元は裂けて異界に取り込まれるのだった。
そうやって、現世を取り込んだ魔神フー・フー・ロー様の異界には、当然の如く、魔神フー・フー・ロー様が御姿をお見せになられるのだった。
「ジュリアン。我が息子よ。
随分と早めの再会であるな。」
御姿をお見せになられた魔神フー・フー・ロー様は既に異界の王の呪いを完全消化されていたので、僕は再会を何にも阻まれることなく感動できる。
駆け寄り、抱きついて再会を感謝した。
「師匠。魔神フー・フー・ロー様。
どうか、一度目の奇跡をお願いしたいと思います。」
師匠は僕の髪を撫でながら尋ねた。
「早すぎるのではないかね?
今、この者たちを救ったところでお前に臣従するとは限るまいに。」
でも、僕の覚悟は揺らがなかった。
師匠に向かって頷くと、その場にいる全兵士に聞こえるように叫んだ。
「全敵兵士諸君に告ぐっ!!
今すぐに我に臣従を誓えっ!!
さすれば、我が神、魔神フー・フー・ロー様のお慈悲の力によって、諸君らに十分な食料を与えることと命の保証をしようっ!!
僕の申し出に戦場の連合軍兵士は、ただただ、驚くばかりだった。




