そうだったのか・・・っ!!
水精霊騎士ニャー・ニャー・ルンの能力のおかげで僕達は水を得た。
しかし、悠長にはしていられない。
「敵にも精霊騎士がいる。
どの程度の実力がある相手かはわからないが、敵には看破の眼か偵察に特化した能力がある。この水脈があることがバレないとも限らない。その時に敵が何らかの手立てを使って毒を入れる恐れもある。水は出来るだけ今のうちに大量に汲み上げておけ。」
念には念を。僕はグレイにそう指示を出してから、再び城壁を登り、周囲の敵を観察する。
「また、一層、遠くに構えたな。」
手痛い反撃を食らった連合軍は、より慎重となり城からさらに遠ざかった。城から距離を取れば密集していた包囲網は当然広く伸びてしまって陣形はかなり薄くなり、その役目を果たせなくなる可能性が出てくるが、それでも彼らにとって僕や精霊騎士のニャー・ニャー・ルンの奇襲の脅威にプレッシャーを感じていて備えなくてはいけないと考えているのだとわかる。
「僕達を警戒して城から遠くに離れたのはわかる。
しかし、この期に及んでもグー・グー・ドーが出てこないのは何故だ?」
僕の疑問について、その場では誰も答えられなかった。
ただ、その状態が3日も続けば、僕らにも彼らの真の目的がわかった。
「兵糧攻めだな。」
城を取り囲む包囲網が広く伸びてから、連合軍が全く攻撃を仕掛けてこなくなって2日たち、僕らはその事に気がついた。
「ええ。そうでしょうね。
私が彼らの立場なら同じことをしますね。」
グレイ男爵は僕の推測に同意した。
古来、籠城とは味方の援軍が来ることを期待しての作戦である。孤立無援の僕達にとって、これ以上の悪手はないかもしれない。
それでも殺気に狂った連合軍なら、何度でも狂ったように波状攻撃を続けてくると思っていた。
どうやらそんなに敵も甘くないらしい。
この城は敵にとって危険な罠が張り巡らされた、言って見れば地雷原のような場所。それほど危険と分かっていながら特攻を何度もかけるのは無能としか言いようがない。
ただ、僕は期待していた。彼らが更なる特攻を仕掛けて敗走し、その士気が更に落ちることと、恐怖に負けて手を出してこなくなることを・・・。
だが、敵は僕の想像以上に慎重になった。狂気に満ちたはずの殺気を理性で御し、戦略的に戦いを挑んできたのだ。
その戦略的な戦いというのが、兵糧攻めという戦法だった。
包囲された城は外部との接触が一切断たれ、食料などの供給が不可能となる。
この城が自国領土のしっかりとした城であるならば、蔵の中に数か月分の蓄えもあり、籠城側の方が有利となる場合もある。
ところがここは成り行きで我々が手に入れた廃城。蓄えなどあるわけがない。
敗走中の我が軍には食料の備蓄など十分な量があるわけもなく、食料はあと3日持たない。
敵は僕らの軍の食糧事情などを状況からある程度予測して、この籠城作戦に切り替えたのだろう。
戦う必要はない。ただ、僕らの食料が無くなるまで取り囲み、飢餓状態になったところへ攻撃を仕掛ければ楽に勝利することができるのだ。
正直、こちら側からするとこれはかなり危険な状況だった。
真田昌幸が上田の合戦で勝利したのは、敵を誘い込み、何度も罠に嵌めて大勢殺すという絡め手あってのこと。
だが、敵が僕らの反撃を恐れて仕掛けてこないとなると、僕らには戦いようが無くなってしまう。
ー しまった。東門の罠で敵を一気に殺しすぎたことが裏目に出た。 ー
ー あの反撃があまりに多くの死者を出したので、敵は慎重にならざるを得なかった。ー
ー これほどまでに攻撃を仕掛けてこないとなると、打つ手がない。 ー
ー 僕の失策だ。 攻撃のさじ加減をミスったのだ。 ー
僕の脳裏で自分の失策を責める言葉ばかりが浮かんだ。
だが、そうやって自分を罰していれば解決する問題でもない。僕らには時間が無い。
時間が経てばたつほど僕らは食料を失って干上がってしまう。悠長に自分を責めている時間はないのだった。
残り少ない食事をしながら、僕はグレイ男爵に決断の意思を告げる。
「グレイ男爵。こうなれば是非もない。
僕らはこの城を出て強硬策に出なくてはいけない。すなわち、僕とニャー・ニャー・ルンで突破口を開き、この包囲網を逃れて逃げ切るのだ。
もちろん、強硬策だ。こちらもただではすまない。甚大な被害が出るだろう。
しかし、それでもやらねばならない。このままでは餓死するだけだ。」
グレイは僕の話を黙って聞いていたが、「よくご決断なさいました。我我は死を恐れず陛下に従うのみであります。」と快諾した。
「すまない、グレイ。これは僕の失策だ。
あの罠はさじ加減を誤った。せめてあと2,3度敵が攻勢を仕掛けてこようと思うレベルにとどめておくべきだった。そうすれば、敵の被害は一時的なものではなく、包囲網もさらに薄くなり、僕らの突破はもっと容易になっただろうに。
ただ、せめてもの救いが今宵は雲が多い。ある程度の距離までは姿を消せるはずだ。」
「いいえ、陛下。
籠城とは古来、味方の援軍を期待して行うもの。
そして、敵が諦めてくれるのを待つものです。
しかし、彼らが私達を殺すことを諦めるとは思えません。最初にこの城へ逃げ込んだ時点でこうなることは決まっていたのでしょう。」
グレイの返答は的を得ていた。
僕は指揮官を集めてよく話し合い、上意下達を徹底し、この特攻の覚悟を全ての兵士にいきわたらせるようにお願いした。
通常、前線で働く兵士には何も教えないのが通例だが、この度の特攻には多くの死が付きまとう。死の覚悟を決める時間を与えないまま死なせてしまうのはあまりに酷だと考えたのだ。
その意見は指揮官全員に同意された。彼らも分かっている。そして、おそらくは一介の兵士たちも。彼らは傭兵王国の猛者たちだ。勝ち戦と負け戦をかぎ分ける嗅覚が備わっているのだ。
そうやって玉砕覚悟の特攻は決定された。
切り詰めて残り二日分の食料は全て開放し全兵士に与えられた。それが最後の晩餐だと誰もが理解していた。だから、誰もがその最後の食事をとても丁寧に味わう様子を僕は見せつけられることになった。
城内の見周りの最中に彼らの瞳を見た。誰一人、希望に目を輝かせてはおらず、何か悟ったかのように落ち着いた眼をしていた。
・・・・すまない。
・・・・君たちを全員、助けることができなくて・・・・・。
僕は個人の闘争と戦争の違いを改めて実感していた。そうして、前世の世界にいた武将たちがどれほど奇跡的な勝利を得ていたのかを思い知る。戦争に教科書はない。こうすれば勝てる。こうすれば負ける。そんなに甘いものではないのだと、思い知ったのだ。
出かける前にローガンに大見え切った自分を殺したくなるほど僕は、自責の念に駆られていた。
そして、そんな自分を救うことができるとしたら、それはほんの数人分多くでも彼らを生かして国に帰らせてやることなのだと理解もしていた。
深夜。僕らは静かに決行する。雲が多い夜の闇に紛れて密かに城を出て静かに敵軍に近づいていく。
静かに・・・静かに。
そうやって近づいていっても、いずれは斥候に見つかるものだ・・・。だが、僕らはどういうわけか本当にギリギリの距離になるまで、彼らに悟られることはなかったのだ。
雲のおかげだろうか? それとも連日の戦闘で彼らが疲弊して気が付いていないのだろうか?
いや、そうではない。
そのことを僕らは戦闘を初めてすぐに気が付いた。
「敵襲ーーーーっ!!」
接敵まで100メートルほどの所でようやく気が付いた斥候の叫び声が開戦の狼煙だった。
そうして、敵兵と同じく僕も彼の声を指揮の合図と聞いた兵士の様に駆け出すと、突破口を開くために連合軍を薙ぎ払う。槍と氷の魔法で次々と敵を吹き飛ばしながら、僕が連合軍の包囲網に開けた穴へ味方を突撃させる。3000もの兵士が雄たけびを上げて爆走する中、敵兵の反応が想像以上に鈍いことに僕は異変を覚える。
これは・・・・罠か? 僕達の特攻作戦を読み、僕達を罠へと誘い込む何か包囲網の罠なのか?
そう思った瞬間のことだった。月を覆っていた雲の切れ間から陽光の様に月の光が辺りを照らした。
僕がそこで見たものは、ガリガリにやせ細った敵兵の姿だった。それもかなりの人数だった。
ー そうだったのか ー
敵兵を切り殺しながら、僕は彼らも同じく飢えていたことを知る。きっとここまで飢えを耐え忍びながら3万もの軍勢を強行突破させていたのだろう・・・。彼らも僕らへの殺意を武器に変えてこれまで特攻を仕掛けて来ていたのだろうが、恐らくはこの数日以前から食料は特攻を仕掛ける者たちに与え、後陣の者たちは食事をしていなかったのに違いない。なればこその狂気の特攻だったのかもしれない。攻撃を仕掛けてきた彼らも僕達を同じように先が無いことを悟っていたのだ・・・。
しかし・・・。グー・グー・ドーは何故、ここまでメチャクチャな攻勢を仕掛けてきたのだ?
彼に対する苛立ちが増す。
そうして、それに呼応したかのように、ついにグー・グー・ドーが僕の前に姿を現すのだった・・・・・。
年内には完結させる予定です。
よろしくお願いいたします。




