おまえ~~~っ!!
僕らは憎くもない相手を殺す。
殺して殺して殺し尽くし、城内と城壁の外にはたくさんの人が死んでいった。
ようやく兵たちが撤退したときには300人以上の兵士の屍が晒されることになった。
誰一人、個人的に憎い人たちではなかった。
僕はその死人の数と彼らを殺さないといけない事実に戦争の無惨さを思い知らされる。
僕は上空を見上げて彼らの死を悼んだ。見上げてもそこに神はいない。
そんなことはわかっているのに天を見上げずにはいられないのは人間の本能なのだろうか?
「陛下っ!!
敵兵が逃避していきますっ!! 追撃しますか?」
グレイが指示を仰ぐ・・・。
次撃・・・・?
これ以上誰を殺すっていうんだ?
僕達は話し合いで解決するべきではないのか?
頭の中で戦わなくてもすむ方法探していた。
僕は指示を仰がれたというのに、殺した人数の多さに今更ながら心苦しくなり、すぐには返答できなかった。
ぐるぐるぐるぐる・・・戦わないで済む言い訳ばかりを考えていた。
そんな僕にグレイが近づき「ご無礼っ!!」と、言いながら他の兵士たちから見えないように僕の足先を強く踏みつける。
「いっ!!」
「お静かに・・・・そしてしっかりしてください。
一瞬の躊躇がここにいる家臣たちを殺します。
陛下は戦争経験が少なく、こういった心境になるのはご理解できますが、陛下が乱心されたら私達の命はおしまいだということをお忘れなくっ!!」
グレイの必死な眼差しと、声を潜めながらも強い意志の感じられるその声で僕は我に返ることができた。
「済まない・・・グレイ男爵。
もう大丈夫だ・・・・。僕は家臣を守らないといけない・・・・。」
僕はグレイに感謝すると思考を巡らす。
追撃して敵の戦意をさらに落とすべきか? その行為は危険か?
それ以外になすべきことはないか?
考えに考えを巡らせて、僕は決断を下す。
「東門を閉じよっ!! 深追いは危険だっ!!
寡兵の我々にとってこの城こそ最高の戦力であるっ!!
今のうちに戦力を整え直すっ!!
次の攻勢に備えよっ!!」
僕の命令に兵士たちは素直に従い、東門を閉めるのだった。
城壁の外を見ると、遠くに敵兵が退いていくのが見えた。多くの味方を一方的に殺されて明らかに士気は落ちているはずだ。
ならば、僕らは今のうちに立て直しを図らなくてはいけない。
僕の強いまなざしと確かな命令にグレイ男爵もホッとしたように
「冷静さを取り戻されましたね。お見事です。
どうぞ、ご無礼をお許しください。」と、話す。
そのホッとした表情から彼も必死なのだとわかる。
それに・・・・・。
「グレイ男爵、僕の足を離してくれ・・・。」
「あああっ!!
こ、これはご無礼をっ!!」
グレイも冷静さを失っていて、僕の足を思いっきり踏みつけたままだった・・・・。
それに僕達には急速にやらねばいけないことがあった。
「早急に敵の遺体から装備品を剝ぎ、武器を手に入れておけ。
それから、遺体の上に前腕の長さ分の土をかけておけ。腐ると疫病が出る。」
僕の前世の世界でも戦場での遺体処理は大切なことだった。近代の戦争でも戦場洗浄の休戦は当たり前のように行われていた。休戦協定を結び、休戦日にお互いが力を合わせて遺体を処理しあい、処理が終われば敵味方ともに乾杯して別れを告げる。そんな事実さえあった。ま、これは映画の知識だけど実際にあった事らしい。
しかし、現実に戦国時代の日本でも同様の処理は重要視されていた。戦場の遺体を放置することは不衛生極まりなく、お互いにとって休戦し助け合って処理するほど危険なことなのだった。
それから、もう一つ、なさねばならないことがあった。
それは水だ。
食料は5日分確保されているが、水は底を突きかけている。これも何とかしなくてはいけない。
「グレイ、この城は川に囲まれていない。
何故だか、わかるか?」
グレイ男爵は、即答した。
「井戸があるからだと思います。」
「そうだ。城には大勢の人が住む。それ故に川の近くに城を築き、外堀に水を張る。
だが、ここには近くには川が無い。君たちがここに逃げ込む前に襲われた谷間まで半日は歩かねばならない。平原の真ん中であるうえに近くに川もない。
そんな場所を城に選んだ以上、確かな水源の地下水脈があるはずだ。
井戸だけでなく、水路の跡も探らせろ。かならず、水源があるはずだ。」
僕がグレイに指示を出すと、グレイは表情を曇らせた。
「陛下・・・・。
私どもも、この古城を占拠したときに井戸や水路をすでに探りました。
しかし・・・・。」
「・・・見つからなかったのか?」
「はい。井戸は枯れておりました。
この城は地下水脈が絶えたことにより放棄されたものと存じます。」
グレイは、重い表情で答えた。
「・・そうか・・・・。
では、水は外に取りに行かねばならんか・・・・。」
そう口に出しては見たものの、それは現実的に不可能だ。
3000人分の水をどうやって運ぶのか?
敵の補給部隊を襲って水を分捕るか? 強襲するだけなら僕とニャー・ニャー・ルンなら一瞬で済む話だが、水を運ぶとなると人数がいるし、運搬の時間がかかれば、それだけ味方に死の危険が付きまとう。
頭をひねって考えても僕らに道はない。
ここは、戦力を一点集中して城を出て突破陣形にてこの包囲を振り切るしかない。
こちらも多くの兵を死なせてしまう作戦だが、このままだと僕らは干上がってしまう。
僕はニャー・ニャー・ルンを呼び寄せて、突破陣形について相談する。
「ニャー・ニャー・ルン。この陣地には水源が無い。
2日も待たずに僕らは干上がって死んでしまうかもしれない。
ここは危険を承知で一点突破を図るしかない。
僕が突破口を切り開く、君は殿を務めてくれ。
敵にはまだ一体の精霊騎士とグー・グー・ドーが隠れている。君も気を付けてくれ。」
僕がニャー・ニャー・ルンの肩に手を置き、特攻の覚悟を決めさせると、ニャー・ニャー・ルンは首を傾げてある一点を指差して尋ねる。
「え?
水なら、そこを掘ればいいじゃないですか?
凄い水脈に行き当たりますよ。」
・・・・あ?
お前、今。なんつった?
「いや。ですから・・・・。
水が欲しいなら、そこを掘ればいいじゃないですか。
人間4人分も掘れば大量の水が出ますよ。
・・・・あれ?
皆、水を欲していたんですかぁ?」
・・・おい、お前もしかして・・・・。
知ってたのか? 地下水脈の位置を・・・・・。
「だ、だってっ!!
誰も何も言わなかったじゃないですかっ!!
私、水精霊騎士ですよ?
水脈なんかどれくらい深くても手に取る様に見つけられますよっ!!」
ニャー・ニャー・ルンは半泣きになって反論する。
・・・・
「え?
グレイ。ニャー・ニャー・ルンには尋ねなかったの?」
「いや・・・その。
ニャー・ニャー・ルン様はジュリアン様が来られるまで、泣きじゃくったまま半狂乱で敵を殺していただけだったので、城の事は私達だけで処理していましたので‥‥。」
グレイも気まずそうに答えた。
・・・・・・・。
ああ~~~・・・・。そういやそう言ってたね。
ニャー・ニャー・ルンはここに来てから混乱して、ただただ、泣きながら敵を殺すだけだったって。
にしても・・・・。
「お前、ほんっとうに使えないな・・・・。」
「酷いっ!!」
時間が惜しい。
僕はニャー・ニャー・ルンと力を合わせて井戸を掘る。掘り出した土はそのまま敵の遺体を埋める土に再利用された。
30名ほどの兵士の力も借りて、あっという間に井戸が掘りあてられ、水が噴き出したのだった。
ニャー・ニャー・ルンが推測するに、この地下水脈は地震か何かの影響で地下の地盤が城の中から大きくズレて、ニャー・ニャー・ルンが指さした場所だけが引っかかるような形になってしまった。元々、この城を占拠していた連中はこれを探し出せずに水脈が枯れたと思い込み、この城を放棄したのだろう。と、いうことだった。
ともあれこれで、水が確保された。
それもこれも落ち度はあったが、ニャー・ニャー・ルンのおかげだった。
「まいったよ。ニャー・ニャー・ルン。
君がいないと僕達は多くの兵を死なせてしまうところだった。
君が水精霊騎士だと忘れていた僕の落ち度だ。
先ほどの無礼を許してくれ。」
僕が深々と頭を下げると、ニャー・ニャー・ルンは自慢げな笑みを浮かべてガッツポーズを取って応えるのだった。




