使えないなっ!!
シーン・シーンは僕に地図の詳細を指図したのち、そそくさと自分の国に帰っていった。
その後、シーン・シーンの指示通り作成された地図はすぐさま筆写されて各指揮官に手渡されていく。
僕は指揮官クラスを集めると、全員と地図を見ながら改めて作戦を説明する。
「この地図を見た通り、我々を取り囲むは、猫の子一匹通さぬ包囲網だ。
ニャー・ニャー・ルンがいたとはいえ、いつ陥落してもおかしくないこのボロボロの城壁に囲まれた城を諸君らは良く防衛した。諸君らの誉れと思ってもらってよい戦績だ。
しかも、今では私が呼び出した5人の精霊騎士の働きのおかげでこの城もかつての姿を思い出したかのように難攻不落の形となった。
そうはいっても、敵の数は3万に達するほどの大軍だ。1対10で我々が不利な状態なことに変わりはない。一般的に攻城戦は攻める側が守る側の3倍の数が必要と言われているが、それには十分すぎる戦力を敵は持っているという事だ。
これに対抗するために我々に必要なことは、連携だ。
互いに互いを守りあう連携が必要となってくる。これからは、旗で伝達を行うっ!!」
僕は各指揮官に3色の異なるボロ布を用意させてそれで旗を作らせる。
「いいか?
青い旗は危険信号だ。救助を要するときは、青旗を振れっ!!
赤い旗は負傷兵が多い時に掲げろっ!!
戦力に余裕があるときは白い旗を掲げておけっ!!
それを見てここにいるグレイ男爵が救助を采配するっ!!」
指揮官クラスの騎士達は僕の説明を受けながら、手旗を準備しだす。その時間も惜しい。
「準備しながらでよい、聞けっ!!
私とニャー・ニャー・ルンが基本的に助けに回るが、ただ敵の攻撃に対して受け身になっていては、いくらなんでも城が持たん。
そこで敵を城内に誘い込むタイミングを作り、そこで一網打尽にするっ!!。
これは強い反撃だ。敵の攻勢もやむだろう。
わかったか?」
僕は地面に城内の絵図をかきながら説明する。
「今のところ、東門が一番敵が多い。
故にここを開門するのが一番効率が良い。これから、敵を誘い込む罠を精霊騎士に作ってもらう。
作戦決行はいつとは言えない。ただ各部隊全てが白旗の時だっ!! 最高の攻撃タイミングで行うので、各持ち場でよくお互いの旗を観察しておけっ!! いいなっ!!」
騎士全員が「はっ!!」と了承の返事をする。
作戦の説明が終わると僕は5つ子の精霊騎士の長男グーを呼びつける。
「申し訳ないが、もうひと働きをお願いしたい。」
「ああっ!! またですかい?
こんどはなんですか? 坊ちゃん。」
僕は地図を見せながら説明する。
「グー。ここだ。東門の城門を開けたらすぐの所に巨大な落とし穴を掘ってほしい。
敵が城内に攻め込んできたときにここに落とし、上から殲滅するための罠だ。
それから、各部隊に投石用の石の補充をしておいてくれ。5日は持たせたい。」
「はぁ・・・・。坊ちゃん。注文が多すぎます。
それ以上は流石に言う事を聞けませんぜ。それでよろしいな?」
「もちろんだ。君達にはこのお願いを聞いてくれたら、帰ってもらって大丈夫だ。」
グーは、承知すると弟たちに指示をして落とし穴を作り始める。
そうこうしているうちに一旦は、こちらの様子見で撤退していたグー・グー・ドー率いる連合軍も鬨の声を上げて前進を始める。
「殺せっ!! ドラゴニオン王国の兵士は皆殺しにしろっ!!
親兄弟友人の仇を討つまで殺して殺して殺し尽くせっ!!」
「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」
「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」
「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」
城壁を取り囲む様に波状陣形を組んだ連合軍の兵士たちは、「殺せっ!」の合唱と共に前進する。
「マズいな・・・。敵の士気は異常に高い・・・。」
僕は危機感を覚える。戦争を左右する一番の要素は何か? 答えは一番などと答えられる材料はないという事だ。
戦争は単純に大勢を殺した方が勝つというものではない。現実に歴史上、沢山被害者を出した方が勝利することもあるし、先進的な武器を持っている方が負けることもある。敵の策にハマり圧倒的に危機的状況に追い込まれても逆転するケースも多い。
人員の多さ。武器の優秀さ。戦略の巧みさ。潤沢な資源。これらは戦争に勝利するために必要不可欠なものであろうと思われるし、恐らくは間違いがない。しかし、例外がある。
それは戦う者たちの士気だ。
チェラーミの戦いでは300人足らずのノルマン兵が5300人のイスラム兵を打ち破った。
敗れはしたものの関ヶ原や大阪城の戦いも起死回生を狙う特攻が功を奏し、敵兵を恐怖させた。
これらを支えたのは人員の多さでも武器の優秀さでも戦略でもない。ただ、敵を殺すことに猛進する兵士たちの士気の高さだ。
今、僕らを取り囲む連合軍の士気の高さ、殺意の高さは最高潮に高まっている。いくらこちら側に精霊騎士がいようとも、この士気の高さは脅威以外の何物でもなかった。戦争は個人で行うものではないし、なによりも敵を全滅させて僕達だけが生き残ったところでこの救出作戦最大の目的である兵士を生きて国に帰すという本分を全うできなければ意味がない。
加えて敵には姿を見せていない精霊騎士が二名とグー・グー・ドーがいる。戦力的には明らかにこちらの方が不利なのだ・・・・。
ニャー・ニャー・ルンは言う。
「ジュリアン様。グー・グー・ドーがどこにいるのかわからないのも脅威ですが精霊騎士が見当たらないのも困ります。
一つあぶりだしてはいかがでしょうか?」
なるほど。
あぶりだすか・・・・。それは妙案だ。
「ニャー・ニャー・ルン。いい考えだね。
で? どうすればいいと思う?」
・・・
ニャー・ニャー・ルンはパッチリと目を開けたまま、しばし固まったまま問い返す。
「・・・はい?」
「いや、はいじゃなくて・・・・どうすれば精霊騎士をあぶりだせる?」
・・・・・
・・・・・・ノープランかよっ!!
「もういい、お前に聞いた僕がバカだったよ。」
「あうっ!!
す、すみません。私、一応は精霊騎士ですけど、そう言うのさっぱりわからなくて・・・。」
しょんぼりとするその姿。可愛いから全てを許そうっ!
しかし・・・・。どうするか。
確かにニャー・ニャー・ルンの言い分はもっともな点がある。
居場所がわからなければ、餌を撒いて誘導するという考えは正しい。
問題は具体的にどうするかだ。既に城内に敵を誘導して返り討ちにする方法は使用する予定だ。使うわけにはいかない。
・・・・どうしようか?
敵が前進して攻撃範囲に入るまでに僕は考えをまとめなければいけない。だが、具体的にどうすれば精霊騎士を誘い出せる要素が僕にはわからなかった。
とりあえず、同じ精霊騎士のニャー・ニャー・ルンから精霊騎士についての情報を聞いてから作戦を練るしかない。
「ニャー・ニャー・ルン。君達、精霊騎士が一番腹が立つことや不名誉なことは何か?」
「それは人間の騎士と同じですよ。
我らの王を侮辱されたり、王を侮辱されても黙っていることは騎士として許されません。」
「ふむ・・・。」
「あ、でも。異界の王を侮辱するのはやめておいた方が良いですよ。
とんでもなくリスクが高いですから。そんなイカれたことするのはフー・フー・ロー様ぐらいです。」
「な、なるほど・・・・。」
精霊騎士といえど、その行動理念は人間と共通するというのか。ただし、異界の王への侮辱は何があるのかわからないけど、とんでもないリスクを背負うことになると。まぁ、大体想像できるけどね。大方、四六時中、侮辱した異界の王の国の精霊騎士が殺しに来るくらいだろう・・・・。
絶対に避けなければいけない・・・・・。
どうしよう?
敵はもうすぐ戦闘開始できる弓の射程内距離に入りそうだが・・・・・。
その時だった。土精霊騎士の長男グーが作業終了の挨拶に来た。
「坊ちゃん。作業終わりましたよ。
それじゃ、我々はこれ以上、現世に関われませんので、失礼しますよ。」
「あ・・・ああ。ご苦労様でした。
また、お願いすることもあるけど、その時はよろしくね。」
5人の精霊騎士は僕に手を振ると地面に消えていった。
だが、土精霊騎士5人が自分の国に帰っていく姿を見て、僕は唐突に思いつく。
そう、彼らは騎士なんだ。だから、彼らをおびき出す方法は異界の王への侮辱以外にあるじゃないかっ!!
僕は城壁の上に立つと声の張れる限りを尽くして叫んだ。
「やー、やーっ!! 今、我が城を囲まんとする者どもよ、音にこそ聞けっ!!
我が名はドラゴニオン王国国王ジュリアン・ダー・ファスニオンであるっ!!
世界を救いし火龍の末裔にして、転生者である。
そなたらのような弱兵がいくら集まっても、神の加護を受けし我が守護するこの城を攻め落とすのは夢物語と心得よっ!!
それよりも我を恐れて隠れている腰抜け様に用があるっ!!
そなたらの使える王に恥じいる心あれば、怖気づいておらずに姿を現せ!!
我と一騎打ちを求むっ!!」
僕の一喝に敵兵は一瞬で足を止めるのだった。




