もうちょっとサービスしてよっ!!
「では、陛下・・・。
私たちはどうやっても彼らから逃げ出せずにここで殺されるのでしょうか?」
自分たちの逃走劇が敵の陰謀だったことを知らされたグレイ男爵は失望のあまり取り乱している。
僕はこういう時にどうすればいいか知っている。
「しっかりしろっ!!
貴様っ、それでもドラゴニオン王国の男爵かっ!!」
僕はフー・フー・ロー様がそうなさってきたように、グレイ男爵の顔を引っ叩く。
これはスイッチだ。
戦士はいついかなる時も冷静になれるように幼いころから訓練されている。だが、そうはいっても現実的なことを言えば、自分の想像を絶する事態になった時に取り乱すことはある。一時の精神的な動揺が大勢の死につながる可能性がある指揮官クラスの血筋に生まれた騎士は、そういった時でもすぐさま自分を取り戻すことができるスイッチを身につけておく必要がある。幼いころから師や父親にそのスイッチを教育と称して与えられる。そうやって訓練されて来た彼らは、こうやって自分を一瞬で取り戻すのだ。
「失礼いたしました。陛下・・・。」
「よい。貴公の気持ちもわかる。
だが、安心しろ。私が必ず諸君らを国に帰してやる。約束だ。」
グレイ男爵は目に涙をたっぷりと溜めて頷いた。
冷静さを取り戻したグレイ男爵に僕は確認しておかねばならないことがある。
この戦闘にはいなくてはいけない男の姿を誰も目撃していないのは不自然なのだ。
僕はグレイに問いかける。
「男爵。確認しておくことがある。
君は見ていないのか?
水狂の魔剣士グー・グー・ドーを・・・。」
僕にその名を聞いて、グレイは顔を大きく歪めて「こ、この敵部隊はグー・グー・ドーの部隊だったのですかっ!?」と、驚きの声を上げる。
まるで初めて知ったかのような反応だった。
いや。そういえば、グレイは先ほどから具体的に敵勢力の名前を把握している様子はなかった。
きっと、ここまで戦線が広がった上に情報の伝達が不可能になった状況では、部隊ごとに把握できている情報には大きな差があるのだろう・・・。僕は通信機器のない時代の戦争の難しさを実感していた。
「グー・グー・ドーの部隊だったのか・・・。
いや・・・・私達、良くここまで無事でした。それもこれもニャー・ニャー・ルン様がいたおかげでありましょうな。
精霊騎士が相手ではさしものグー・グー・ドーも力押しは出来ないのでしょうね。」
グレイ男爵は未だに涙目で僕のマントをしっかりつかんでいるニャー・ニャー・ルンを見て感心していた。
「まぁ、こんなんでも精霊騎士だからな・・・。」
「酷いっ!!」
ショックの声を上げるニャー・ニャー・ルンは、おいといて・・・・。
「問題は、グー・グー・ドー率いるこの部隊に奴の旗印が見えないという点だ。
君たちがグー・グー・ドーの存在を知らなかった理由の一つでもある。旗印さえあれば、君たちもグー・グー・ドーの存在を認知していたはずだ。
奴は諸外国の敗残兵を寄せ集めた連合軍にとっては希望の光だし、敵の立場から言えば恐怖の対象だ。
たとえ、最前列に立たなくても奴がいるところを見せてしかるべきところのはずだ。
なのに、ここから奴らの陣営を見てもグー・グー・ドーどころか、奴の紋章が入った軍旗さえ見えない。旗印は武将の誉れ。
なのに、なぜ一向に見せない?」
グレイは僕の言葉にハッとしたように顎に手を当てて考えながら答えた。
「確かに・・・・。
グー・グー・ドーほどの騎士がいることを隠す理由がわかりませんな。
いや、本人が姿を隠すのは戦場でよくあること。
しかし、旗本衆が軍旗も掲げずにいるのは異常ですな。」
その通りだ。
軍旗は戦意高揚のためではなく、敵に指揮官の位置を誤認させることにも使われる。
軍旗を利用したこんな戦法がある。
まず旗本は大将の馬印を付けた軍旗を高々と掲げて玉砕戦を仕掛けてくる敵にあたかもそこに大将がいるように見せかける。しかし、実際にそこに大将はおらず、旗だけがある。旗のあるそこは包囲殲滅するための陣形になっていて、玉砕戦を仕掛ける敵軍を罠に誘導する嵌め技とする。
そう、軍旗は戦場においては他にも色々な使い道がある。それほど重宝なものを何故にグー・グー・ドーは利用していないのか?
僕の疑問にグレイ男爵は「ニャー・ニャー・ルン様を警戒しているのでは? 私が指揮官ならニャー・ニャー・ルン様にグー・グー・ドーの討伐を依頼します。」と答えた。
それはわかるが・・・・。
僕には、ここに意図を感じる。
グー・グー・ドーが何を狙っているのか・・・・。それを探り出さなくてはいけない。
「情報が必要だな・・・。」
情報収集となれば、シーン・シーンの出番だ。
僕は地面に神文を描くと掌に乗ってしまうほど小さな風精霊のシーン・シーンを召喚する。
シーン・シーンは、僕の前に現れるとひどく面倒くさそうな顔をした。
「あんたさぁ、よくもこんな物騒なところへ私を呼び出してくれちゃったわね?
言っとくけど、私に戦闘力なんてないんだからね?
変な期待しないでよねっ!?」
なんか手作りのお弁当差し出しながら学園ドラマ風に言いかえてほしい言葉だな。
まぁ、どうでもいいけど。
「シーン・シーン、君を呼び出したんだ。
当然、情報収集が目的だ。
君には、僕達を取り囲む兵士の配置を地図に記して教えてほしい。
特にグー・グー・ドーがいる場所を教えてほしいんだ。」
グー・グー・ドーの名前を聞いたシーン・シーンはビックリして
「えっ!? グー・グー・ドーがいるのっ!?
や、やだ・・・・私、怖い・・・・・。」と言って怯えた。
まぁ、シーン・シーンにとっては、グー・グー・ドーは十分に脅威だろう。
僕はシーン・シーンをなだめる。
「大丈夫だ。シーン・シーン。
この砦の上空から見える範囲だけでいい。この砦の上空なら、万が一、グー・グー・ドーや敵の精霊騎士がいても僕とニャー・ニャー・ルンが止めて見せる。」
シーン・シーンは、そう言われても「え~? ニャー・ニャー・ルン~? こいつ、戦う前からフー・フー・ロー様に服従したって聞いたわよ?」と疑っている。
ニャー・ニャー・ルンは恥辱で涙目になっているし、気まずい空気が流れるから、やめてよ。シーン・シーン・・・・。
「とりあえずっ!!
僕が保証するからっ!! やってよ、シーン・シーンっ!!」
僕に説得されたシーン・シーンは、ため息一つつくと空高く飛び上がっていった。
僕とニャー・ニャー・ルンが20分ほど周囲を警戒していると、シーン・シーンが降りて来て僕に紙切れを渡して「はいこれ。グー・グー・ドーはいるみたいだけど、近寄るのが危険すぎて調べられないからどこにいるかまではわかんない。精霊騎士も2人いるみたいだから気を付けて・・・。じゃね。」といって自分の国へ帰っていった。相変わらず用件が済めばすぐに帰っちゃう淡白な子だ。フー・フー・ロー様にはぞっこんのくせに・・・。
そして、僕は渡された紙切れを見る。
「ちっさ過ぎて読めるか―――いっ!!」
シーン・シーンの体のサイズに合わせた紙切れは小さすぎた。
僕は再びシーン・シーンを呼びつける。
「あによっ!!
何回も呼び出してっ!! 私はあんたの小間使いじゃないのよっ!?」
「・・・シーン・シーン。
悪いけどさ、小さすぎて読めないから、この地図に書いてくれない?」
「やーよっ!!
私が指図するから、あんたが言われた通り書きなさいよっ!!」
シーン・シーンはむくれて僕に指図する。仕方なく僕は言われた通りに地図に書き込んでいく。
全く、フー・フー・ロー様になら献身的に対応してくれるくせにっ!!




