戦わなくてはいけないっ!!
「なんと情けないことを。
どうか、そんなお甘い考えはお捨てなさい。
貴方は、情けに思うどころかむしろ彼らを滅ぼさねばならんのです。」
ローガンの一言は戦争の残酷さを物語っていた。
「ジュリアン様、失礼ですが貴方はもうお忘れになったのですか?
商業国家ルーザ・デ・コスタリオの砦の一件を。
あの時、貴方様がどれだけ説得なさっても、貴方が世界とドラゴニオン王国を危機に追いやったと信じていた兵士たちは、貴方のことを許さなかったでしょう?
今回の敵は、それどころではございません。滅ぼさなくてはなりません。
家族を殺され、友を殺され、国を滅ぼしたドラゴニオン王国の人間に説得されたからと言って誰が許すと思われますか?
しかも、彼らは陛下が想像なさった通り志願兵だった場合は、ならなおさらそうなるでしょうな?」
ローガンはそこまで言っておきながら、さらに追い打ちをかけるように僕をキッと見据えながらとどめの一言をいう。
「わかりますか? ドラゴニオン王国を滅ぼすために世界各国から志願してきた者たちの怒りと恨みが。
それは怒りなどと言う甘い言葉では済みますまい。
これは最早呪いです。彼らはドラゴニオンの兵士を駆逐するまで戦い続ける呪いにかかっているのです・・・・。」
呪い・・・。
僕は言葉を失った。そう、これは恨みなどという言葉で済むようなレベルの話ではない。彼らが復讐に取り憑かれていることは想像するに難くない。なんといってもドラゴニオン王国と戦うために志願してきたはずの人間たちだ。命はとうに捨てているだろう・・・・。
そんな人間たちを説得することは不可能だ。僕らは彼らと戦い、殲滅しなければいけない。
僕がそうしなければ、敵兵は例え敗れても勢いが止まることはないだろう。完膚なきまでに叩き潰して二度と僕達と戦いたいと思わないほどの恐怖を与えないといけない。
・・・・今からそうしなければならない僕には、これから使い捨てにされる志願兵の扱いで敵国を非難する資格はない。それどころか敵兵に同情している僕の覚悟のなさにローガンは失望したのだ。
だから、僕をこんなにも責め立てる・・・。
僕の消沈具合を見て、ローガンは言い過ぎたことを反省しつつも別の残酷な手段を提案もする。
「今の陛下が彼らと戦う覚悟がまだできていないのならば、ニャー・ニャー・ルンの部隊を見捨てる手段もございます。
不利な条件の戦場よりも、こちらが敵を罠に嵌めるような作戦に出て大勝利さえすれば、結果的に周辺諸国を震撼させることは可能でしょうからな・・・・。」
ローガンのその言葉に僕は反射的に「そんなことができるわけがないだろっ!!」と、大きな声を上げてしまった。だが、歴戦の勇士・疾風のローガンは不動であった。
「ジュリアン様。この先、否が応もなくそういう作戦をとらねばならん可能性があることをお考えですか?
今、この場の事だけで私は話しているのではございません。私は陛下の覚悟を試しています。
どうぞ、お答えください。
ニャー・ニャー・ルンの部隊を見捨てるか、それとも哀れな志願兵どもを皆殺しにするか。
貴方はどちらを選択なさいますか?」
究極の二択だった。しかし、理にはかなっている。戦場という特殊な場面の時なら家臣にはこの二択を王である僕に迫る権利もある。僕は、冷静かつ公正な判断でこの問題に対処しなくてはいけないのだった・・・・。
そこから暫く、僕はカツカツと革靴の音を立てながら天幕の中をウロウロと歩いた。
歩きながら考えた。どうすれば最良であるか。
しかし、答えは最初から決まっていた。それを選択しなくてはいけない状況を打開する方法を模索して・・・・いや、選択しなくて済むような言い訳になる材料を探していただけかもしれない。
僕は、今。この時間的猶予がほとんどない状況でたっぷりと10分は悩み続けた。
ローガンの失望のため息が嫌味の様にすら聞こえてきたが、悩んだ。
悩んだところで結果は変わらない。だけど、せめて今この時だけでも彼らのために最善を模索することこそ彼らに対する償いであるかのように僕は感じていた。
しかし、決断をしなくてはいけない。今、こうしている間もニャー・ニャー・ルンの部隊は攻撃を受けているのだから・・・。
僕は足を止めてローガンを見て言った。
「僕が救出に出る。
ローガン、貴方は早急にセーラ・セーラとここにいる指揮官クラスの貴族と僕の女たちを連れて来てくれっ!!」
ローガンは安心した様な笑顔を見せてから、深々と頭を下げて「かしこまりました。」と答えるのだった。
それから5分以内で全員が天幕に参集した。
僕はその面々をぐるりと見まわしてから、まず、苦労をねぎらった。
「諸君、此度の遠征と救出作戦。まことにご苦労であった。
特に遠征部隊の面々には先王ミカエラに代わってまずは礼を述べたい。」
僕がそう言って頭を下げると、遠征組の貴族の中からは、感極まって嗚咽をもらす者さえいた。
無理もない・・・・。半年以上も地獄にいたのだから・・・・。
しかし、僕には彼らの心労をいたわるような時間は許されていなかったのだ・・・・。
「さて、今。諸侯らを呼び寄せたのは恩賞の話ではないことは既に承知のことと思う。
孤立した遠征組の救出に関わる話をしなくてはいけないのだ。
我々には時間が無い。苦労をねぎらう暇もないことを許せ。」
僕は再び軽く頭を下げてから話の本題に入る。
「まず、決まっていることだが、取り残された部隊を見殺しには出来ない。救出に行かねばならない。
ただし、諸侯らの方がよく自覚しているだろうが、遠征組は疲労困憊の上に戦争できるほどの資源が無い。食料も水も足りない。体力もないだろう。
だから、ここは一旦、諸侯らは国に戻ってもらい次に控える周辺諸国の進軍に備えてもらうこととする。戦いは逃げることは出来ない。敵は僕らを殺すことし考えていないと思ってもらっていい。
その時に戦う覚悟も力も足りないようでは困る。まずは一旦、国に帰り給え。」
国に帰れ。
この指令を受けた貴族の反応は様々だ。ホッとした顔を見せるものや、先々のことを予想して不安そうな目を見せるもの。この期に及んでも尚、味方を置いて戦場から敗走することを不名誉に思って不機嫌そうな顔を見せるような騎士もいた。
だが、僕はそれらをまとめて扱った。
「今、戦おうが撤退しようが、諸侯らが戦争をすることからは逃げられぬ。
いずれ名誉挽回の時を与えよう。だが、今は諸侯らの言い分を聞いている時間はない。今は速やかに撤収せよ。国に戻った後は大臣の指揮の下、戦争の準備を進めておけ。
撤退の指揮はセーラ・セーラ。君が執れ。
そして無事にドラゴニオン王国に彼らを連れ帰ったら、ご苦労だがすぐに私の下へ来い。
諸侯らとセーラ・セーラへの命令は以上だ。わかったら、すぐに行動を開始しろっ!!
時間はないと思えっ!」
「ははっ!!」
諸侯は僕の言葉を聞くと同時に、頭を下げたらすぐに行動を開始した。
僕は残されたローガンと僕の妻たちに次の指令を出す。
「君たちには、現在、取り残されている点在した少数部隊の救出をしてもらいたい。
敵の目がニャー・ニャー・ルンの部隊の方へ向いている今のうちに撤収を完了するのが得策と思う。
ローガンの看破の眼をもってすれば、敵よりもいち早く敵を察知し敵兵と遭遇することなく少数部隊を逃がすことができると思う。それに万が一、戦闘になっても僕の妻たちなら乗り切ってくれるだろう。君達にはそれだけの戦力があると僕は信じている。
長旅になるだろうから、馬を5頭用意させる。ゴンちゃんは龍だから歩け。
わかったね?」
一人だけ歩けと言われて不満そうな顔をしているゴンちゃん以外は頭を下げて快く了承した。
ただ、全員には一つだけ不安なことがあった。
誰もが同じことを考えていたが、中々、口には出せなかった。
そんな空気を読んでローガンが口火を切った。
「陛下。戦争と個人の闘争とは違います。
3万もの軍勢に取り囲まれたニャー・ニャー・ルンの部隊をあなたはどうお救いになられるのですか? 策はおありなのですか?」
当然の質問だった。
3万もの軍勢相手に戦う戦略が無ければ、結局のところ、僕は部隊を見捨ててニャー・ニャー・ルンと共に撤退することになるだろう。いや、最悪、命を落とすことすら考えられた・・・・。
だが、心配ご無用っ!!
僕は地図を見ながら、じっと考えていたのは、敵兵の命のことだけではない。
どう戦うかもちゃんと考えていたよっ!!
「勿論、あるとも。
ローガン、君はチェラーミの戦いや上田の合戦を知らない。
戦争が数だけではないことをせいぜい敵に思い知らせてやるさ。」




