使い捨てかっ!!
水狂の魔剣士グー・グー・ドー。
戦場において彼と出会うことは死を意味した。大国ランゲルで最強の騎士。
水の精霊ラー・グー・ドーの生き血を与えられし魔剣士のことを知らぬ者はいない。
ラー・グー・ドーの寵愛を受け、強烈な水魔法を授けられし、この魔剣士は正に最強だったのだ。
単独で多くの兵士を殺し、その遺体を水底に沈め、勝利の美酒に酔いしれる・・・・・・。
その彼が今、3万の軍勢を率いてニャー・ニャー・ルンの部隊を攻撃しているというのだ。
僕は陣営の中に設置された天幕の中に移動したのち、ローガンと二人で秘密の軍議を始める。
テーブルに広げた地図を睨みながら、ニャー・ニャー・ルンの部隊が籠城している拠点がある古城跡に指を当ててから再び質問した。
「ローガン。詳しく話してくれ。
なぜ、グー・グー・ドーがドラゴニオン王国を攻撃しているんだ?」
「一言で言うと、私怨ですな。」
・・・・・
「私怨?」
ローガンの返事はとても奇妙だった。グー・グー・ドーはランゲル最強の騎士と言われていたが、一介の騎士でしかない。それが私怨で3万もの軍勢を自由に動かして攻撃しているとは腑に落ちない。
一体どういう経緯があるのか?
僕はその疑問も一言に込めてローガンに尋ねた。
ローガンは語った。
「陛下はさぞ不思議でしょうな。一介の騎士でしかないグー・グー・ドーが私怨で3万もの大軍を率いて戦争を起こしている状況が・・・・・。
ここからは私が生き残った兵士と斥候達の情報を集めて予想する話ですが・・・・。
今回の事は彼の祖国ランゲルが壊滅状態に陥ったことに始まりです。
我が国の隣国であるホドイスは完全に滅亡しましたが、ドゥルゲットが伸ばした戦線の道筋にあったランゲル国もドゥルゲットがバラまいた疫病に沈みました。あれほど大きな国であったのに、もはや国家としての体裁を整えることもかなわぬ有様です。
実に恐ろしきはドゥルゲットと言うところですか・・・。
一方、グー・グー・ドーはランゲル最強の騎士として軍勢を率いて前線に立って戦いましたが、さしもの水狂も神の前では無力でした。
敗走に次ぐ敗走のために前線で孤立した彼は、やがて彼と同じくドゥルゲットに敗れた諸外国の敗残兵たちと合流して、ドラゴニオン王国に立ち向かいました。
グー・グー・ドーはそう言った敗残兵を寄せ集めた対ドゥルゲット連合国軍のようなもののトップに立っています。
また、グー・グー・ドーの軍勢は当初小規模でした。故に彼は戦場では攻撃しては速やかに撤退する奇襲攻撃に徹底しているようでした。ドゥルゲットにしても小さな抵抗でしかないグー・グー・ドーの軍勢などさほど気にしておらず見逃されているようでしたが・・・・。その事が戦場で敗退した兵士たちにとっては奇跡の連勝として目に映ったのでしょう。
敗残兵たちにとって異能の力を持つグー・グー・ドーは希望の光だったと思います。
しかし・・・・・。
ここにきて一気にその軍勢が不自然なほど大きくなっています。それも3万もの軍勢となるほどに・・・・。ただ、グー・グー・ドーが少人数の敗残兵だけを集めてここまでの軍勢を作ったとは考えにくい。恐らく魔神フー・フー・ロー様が予言成された通り、諸外国の盟約破棄が始まっているのでありましょう。
各国がグー・グー・ドーに力を貸して3万もの軍勢が出来上がったのだと思われます。
そして敗残兵たちの希望の光であるグー・グー・ドーは、彼らと自分の復讐心を満たすために今、ニャー・ニャー・ルンの部隊を包囲していると・・・・。想像することは難しくありませんし、矛盾がありません。」
なるほど・・・。
ローガンはただ単に援護部隊を率いてこの拠点を守るための指揮を執っていたわけではないようだ。
恐らく広く斥候を放って情報を集めたり、僕達よりも先に到着していたセーラ・セーラの部隊の兵士から戦場のこれまでの流れを確認していたのだろう。
優秀だ。
流石は200年前に勇者アルファと共に魔神と戦った英雄だ。老いてもなお健在どころか、彼の生きた年数が知力として蓄積されて彼をより強者たらしめている。これほどの仲間を手に入れている奇跡に僕は感謝せずにはいられなかった・・・・。
それにしても・・・・私怨とは。
「グー・グー・ドーは僕に敗れて捕虜になったあと、父上の暗殺も試みて失敗して恥辱を受けた。恥辱のあまり彼は憔悴して髪は全て白髪になっていた。よほど悔しかったのだろう。
捕虜交換の後に我が国を去るときに船上から「必ず戻ってきて、ミカエラ王を殺す」と呪いの言葉を吐いて帰っていった事を考えると、彼ならこれぐらいの事を成しえて当然か、と妙に納得してしまうな。」
疾風のローガンも頷いて同意した。
「それから・・・・彼につき従っている敗残兵たちも同じ恨みを持っているのだろう・・・・。
諸外国からも多くの兵力が彼らのために投入されたが、彼らの士気は高いと見るべきだろう。
恐らく彼らは志願兵だ。ドゥルゲットの起こしたこの度の戦争犠牲者たちなら、自分から志願する。
僕が同じ立場でもそうするからわかるよ。
この3万の軍勢は数値以上に恐ろしい軍勢になるな・・・・。」
ローガンは再び3度頷くと
「ここまで冷静に情勢を把握されるとは・・・・ご立派に成長成されましたな。
ジュリアン様。この老いぼれも嬉しく思います。」と、感想を述べる。
それから注意しないといけないことがもう一つある。
「問題は、諸外国が本格的に手を出してきて来ないことだな。
自分たちは少数の兵力をそれぞれ送るだけで大規模の軍勢を送ってきていない。
ローガン。あなたはこの状況をどう見る?」
ローガンは、テーブルに広げられた地図にある諸外国を円を描くようになぞりながら説明してくれる。
「私が考えますのに、これらは威力偵察ですな。」
「威力偵察? 何の威力を測っているんだ?」
威力偵察とは、現代の地球では使われていない戦法だ。小規模で敵を攻撃する。すると敵が反撃してくる。その敵が反撃してくる様子から敵の戦力を調べる方法なのだが、レーダーや衛星写真などが使える現代にはそれが必要が無い。敵の戦力は文字通り、見ればわかるからだ。
ただし、情報収集が斥候やスパイ行為に限られるこの現世の時代には、この威力偵察こそがもっとも手短に、そして確実に敵の戦力を見ることができる戦法だ。
だが、今。撤退する兵士を相手を包囲するのになんの威力偵察がいるのだろうか?
これだけ伸びきった戦線では、個々の戦力が低いことは明確だ。なのに何の偵察が必要なのか?
ローガンは答えた。
「彼らは恐らく、自国が契約している上位の存在からドゥルゲット死亡の情報を受けているのでしょう。
しかし、ドゥルゲットは魔神フー・フー・ロー様の異界で殺された。確かな証拠はありません。
だから、探っているのですよ。
ドゥルゲットが本当に死んだのか、死んでいないのかを・・・。」
その発言に僕は右手で口を塞ぐような仕草をしながら、ゾッとしていた。
「では、・・・・彼らは囮か?
ドゥルゲットが完全に死んでいて反撃してこないかを確かめるための・・・・。
そして、もしドゥルゲットが万が一、生きていて攻撃してきたときに、自国の関与を悟らせぬために志願兵に武器を与えて好きに参加させていると・・・・。」
「まぁ、そういうことでしょうな。責を追求されてもそこで死んだ兵士は、軍ではない。市民が武装して集まっただけの義勇軍だと言えますからな…。」
ローガンに肯定されて、僕はこの残酷なシナリオに嫌な気持ちで一杯になった。
「彼らは・・・・使い捨てかっ!!」
思わずテーブルを叩かずにはいられない僕だった・・・・。
そんな僕を見てローガンはため息をついた。
「なんと情けないことを。
どうか、そんなお甘い考えはお捨てなさい。
貴方は、情けに思うどころかむしろ彼らを滅ぼさねばならんのです。」




