僕、目覚めちゃうかもっ!!
最前線の拠点に配置された兵士の数およそ3000。とりあえず各拠点の中でもトップクラスの大所帯となる。その全ての兵士に伝わった「撤退命令が出た。」との一報は前線拠点の騎士達の心に生きる希望と安らぎを与えるのだった。
それはそうだろう・・・。彼らにとって望んだ戦争ではなかった。これまで彼らが行ってきた生きる糧を得るための傭兵稼業ですらない。
災いの神ドゥルゲットの傀儡として前線に出て、戦闘を拒否すればドゥルゲットに疫病をかけられて、死んでしまう。そういう状況だったのだ。
しかも、この戦線が異常なほど広く伸びた理由の大半が戦争に勝利するためのものではなかった。
囮だ。
僕と言う存在をおびき出すためにドゥルゲットは各地に点々と兵士をバラまいた。それは僕をおびき出すセンサーとなる。この無益な戦争を僕が知れば、隠れていた僕が兵士の救援のために必ず出てくるとドゥルゲットは踏んでいた。そして、どの拠点に僕が現れても即座に転移してくる準備をしていたのだ。
きっと、各拠点のどこかに転移のための神文が刻まれているのだろう。奴は用意周到に僕を捕獲しようとしていた。
結果として、ドゥルゲットのそれは逆に魔神フー・フー・ロー様がドゥルゲットをおびき出す罠として利用されてしまい、ドゥルゲットは殺されてしまったのだが・・・・。この一連のゴタゴタは兵士にとっては無関係の事件であり、まさにとばっちりだった。
何処に正義があるのかもわからない戦争にかり出され、戦争犯罪を犯すことを強要される。
彼らには勝つ誇りも死ぬ名誉も与えられなかった。
ただ、戦って。それでいつか死んでしまう未来が待っているような状況を半年以上も強いられていたんだ。
その心労は想像を絶するものだっただろう。
だから、誰もかれもが僕が持ち運んだ撤退命令書を見て涙を流したのだった。
拠点防衛の任務を任されていたディエゴ・ベン・ガルシア伯爵は、国旗を掲げる柱の高いところに掴まって伝令を伝えた僕を見て、涙を流して跪くと
「ああっ!!
貴方はまるで女神のようだっ!!」
と言って喜んだ。
幻術によって風の女精霊騎士リュー・リュー・ルーンに姿を変えた僕を見て女神と讃えたのだ。
その気持ちはわかる。
だって、リュー・リュー・ルーンは、精霊騎士だけあってこの世のものとは思えないように美しい女性だからだ。
長く美しい黒髪は風に乗ってたなびいた。
露出の多い装備品のために露になった細い太ももに細い腰、それなのに豊満な乳房は、何カ月も女性に飢えた兵士たちの眼にはさぞかし女神の様に映ったのだろう。
柱から降りてガルシア伯爵に今後の撤退作戦の命令を伝えようとしたのだが、男どもは僕に群がってきた。
「女神様っ!!
こちらを向いてくださいっ!!」
「いいえっ!! こちらをっ!!」
「私もご尊顔を拝したくっ・・・・・!!」
誰もが僕を仰ぎ見て・・・・・いや、正確にはリュー・リュー・ルーンだけど・・・・。
だけど・・・・。
こうも屈強な男達から羨望の眼で「キレイ、綺麗、美しい」とチヤホヤされたら、変な気持ちになってくる。
ああ・・・・。なんか変な性癖に目覚めそうで怖い・・・・・。
いやいやいや・・・・。私ったら何を考えているのっ!?
今はそれどころじゃないのよっ!!
僕は気を取り直してガルシア伯爵に撤退の指示を出す。
撤退のルートを説明しつつ、近隣に分散された部隊が無いか確認をとる。
ガルシア伯爵は答えた。
「リュー・リュー・ルーン様。
ここから南に徒歩で半日分ほど下ったところに80人ほどの部隊がいます。
それからこれから撤退するルートから離れた部隊にも数か所心当たりがあります。」
ガルシア伯爵は、そういいながら地図に点を描き入れていく。
それを見る限り一旦、大部隊は大部隊で回収していき、拠点につくまで僕が導き、その後に僕はこの部隊から離れて再びこの場に引き戻り、そこから小規模部隊を護衛しながら撤退した方が良いように思う。
僕は少し思案してから、撤退ルートの計画を立てて各拠点への移動日数や、兵站の確認なども含めて伯爵に伝えた。
「では、ガルシア伯爵。
そのように・・・・。」
「了解しましたっ!!
リュー・リュー・ルーン様っ!!」
撤退戦は地獄の強行軍だった。一日平均40キロを歩かねばならないのだから。
それも場合によっては2カ月にわたって・・・。
なのにガルシア以下、3000の兵士は強行軍のスケジュールを聞いても文句の一つも言わないどころか、嬉々として行動を開始するのだった。
・・・無理もない。
孤立していく兵団。
兵站どころではなくなっていく戦線。
ドゥルゲットの恐怖による支配。
そして・・・・周辺諸国の恨みを買って襲撃されるかもしれない恐怖。
その全てから彼らは解放されて歩き出すのだから、ほんの少しの弱音もないだろう。
これまでの疲労を考えると苦行と言う言葉が生易しく感じるほどの強行軍であったが、無事にで乗り切ることができた。
各地に散らばった部隊をまとめながら、ローガンが陣地を築いている中継地点に22日で到達できた。この拠点から一番遠い場所だったというのに2番手で到着という成績だった。
地図上では全行程1300キロの内、3分の2くらいの距離を歩いことになる。地図上の事だから正確にはわからないけど大体、800キロ弱くらいかな?
川があったり坂を超えたり、食料に困ったりしながらの強行軍であったが、皆、本当によくやってくれた。その苦労をねぎらうかのようにローガン達が食事と寝床を用意してくれていた。安心して眠ることと、温かい食事がこんなにありがたいのかと、誰もが涙をこぼすのだった。
それからローガンの陣地にたどり着いた軍勢はこの時、初めてドゥルゲットが死んだこと、父上が僕に敗れて王位継承の儀式が成されたこと、そして、自分たちを率いてきた絶世の美女が僕であったことを知り、全員が苦難の旅を共に乗り越えてくれた王として僕に忠誠を誓ってくれたのだった。
この拠点に予定以上の速度で無事に来れたのは僕としても大変うれしいことだった。
何と言っても最愛の女性たちに会えるのだから・・・・。
「おかえりなさいませ。陛下。
お戻りを心待ちにしておりました・・・・・。」
整列して僕を迎えてくれた彼女たちは深々と頭を下げながら声を揃えて言うのだった。
僕は彼女たちの気持ちに応えるように一人ずつ抱きしめてからキスをしていく。
初めにオリヴィア。次にミレーヌ。そしてシズールにキスをしていった。
それぞれがそれぞれに違うキスの感触だった。柔らかな唇に温かい咥内の感触は言葉で言えば同じになってしまうが、それは全く違うものだった・・・。僕は3人が3人とも違う愛し方をできると感じていた・・・・。
しかし、このキスは再会のキスであり、別れのキスでもあった。
僕は再び戻らねばならなかった。まだ取り残されている小部隊の救出をしなくてはいけないのだった。
「ごめん。僕はもう行くよっ!!」
その言葉に誰もが悲しい顔を見せてくれたけど、ごめん・・・・。僕はいかなくちゃいけないんだ。
それに僕はローガンに確認しておかなくっちゃいけないことがある。
僕の率いる部隊は一番遠い場所だったのにもかかわらず、2番手だった。つまり、セーラ・セーラかニャー・ニャー・ルンのどちらかの部隊が遅れているということだ。
二人の受け持ちの部隊は僕達の部隊よりもずっと近かったはずなのに・・・・。
僕はローガンに問うた。
「ローガン。僕達の部隊より遅れているのはどちらの部隊だ?」
「・・・・ニャー・ニャー・ルンの部隊でございます・・・・。」
ローガンは少し答えにくそうに答えたので僕は問い詰めなければいけない。
「ローガン、奥歯にものがはさかったような物言いだが、一体何があったというのだ?
貴方らしくない。必要な情報は速やかに伝えよっ!」
ローガンはしばらく黙っていたが、やがて観念したかのように答えた。
「斥候からの情報ではニャー・ニャー・ルンの部隊は現在、グー・グー・ドーの部隊に行く手を阻まれて籠城しているとのこと。
グー・グー・ドー率いる部隊、およそ3万。
おおよそ勝機はありません。」




