めっちゃ早いじゃんっ!!
傭兵王国ドラゴニオンは、窮地に立たされていた。
「我が国に戦乱を起こさせたドゥルゲットは死に、守り本尊である二柱は国を去った。
拡大した戦線は、兵士たちを置き去りにするようにして長く伸びている。
この伸びきった戦線を各国が当国の二柱が消えたことを察知し、同盟破棄をするまでに撤退完了させるのは至難の業である。そして、各国が攻撃を仕掛けてくるまでに当国へ戻れなかった兵士たちを待つのは地獄だ。蹂躙され、拷問の限りを尽くされて殺されかねない。そして、彼らが戻ってこれなくなった後は、我々全体の問題にもなる。世界各国がこの国へ押し寄せてくるのに分散した兵力ではとても立ち向かえない。
・・・・・・この国自体が地獄になるのだ・・・・。」
会議が始まった時、僕は全員にまず状況を把握してもらうために、言いにくいことを話す。
それから、地図をテーブルに広げ、各地に分散した我が国の軍勢の位置に駒を立てて、具体的な戦力を集計する。
「まず城内にいる478名の騎士に場外にいる兵士が200名。
我が国の国境近くに3000の兵士がいて、各地に散らばっている兵団は3000名規模を最大にして300~1000名規模がほとんどであり、場合によっては60名程度で拠点を防衛している場合もあるが、全てを把握できるわけではない。各拠点にどうやって速やかに伝令を伝えるか?
妙案があれば、遠慮なく申せ。」
しかし、それは誰にもこたえられない質問であった。戦線は端から端までで1300キロというところか・・・・。
1300キロ。人間が一日で移動できる距離は40キロ前後と考えると、片道33日かかる計算になる。ただし、伝令を伝えるのに33日。戻るのに33日というわけでもない。個人の伝令が馬を走らせれば、一日の移動距離は60キロ近くに達するから伝令が一番端の兵団に連絡を付けるのに22日かかる。ほぼ10日は縮められるわけだが・・・・・それでも最短で53日もかかってしまうのだった。
では、海路はどうか?
残念ながら、我が国が戦争の対象になってこなかったのは、岩礁多く、付け入れる港は一か所だけという信じられないぐらいの立地条件の悪さが理由の一つにある。それぐらいだから、海路を頼ることは出来ない。船を出しても我が国の航海技術は当てにはならず、悪条件が重なったら、ともすると馬よりも遅れる可能性さえあるのだ。
最短で53日。悪条件を考えれば2~3カ月かかる可能性さえある撤退作戦が成功する望みは極端に低いのだった。と、なると・・・・。
「疾風のローガン。貴方ならば、この距離、何日で走り切れますか?」
走ることで頼るならば、やはりこの人物ではないか?
ローガンは、じっと地図を見ながら、やがて考えに考えてから答えた。
「私は魔神フー・フー・ロー様と馬車で4日かかる距離 (240キロメートル)を一刻 (約30分)で駈けたことがありますが、その後はとても走れませんでした。フー・フー・ロー様は大層ご不満のご様子でしたがね。体力が持ちませぬ。
しかもこれほど長い距離ならば、この老体では最早かなり速度を落とし、さらに睡眠時間を含む休憩をはさまねば、とても走り切れませぬ。2日足らずというところでしょうか?」
2日で1300キロっ!!
信じられないことを聞いて、僕以外の者たちも驚きを隠せない様子だった。
しかし、ローガンは「いや、老いましてございまする。」と、自分が若いころはもっとできたと言わんばかりの態度を見せた。
「ただし、つけくわえるのならば・・・・」
ローガンはそう言って精霊騎士二人を指差して「この二人ならば遅く見積もっても一刻以内に・・・・」と断言するのだった。さ、三十分以内に1300キロを走るのか。てことは時速で言うと単純に倍で時速2600キロか。ええと、確か音速がいくらだっけ? 小説で読んだな・・・確か時速約1200キロ前後だったような。てことは、マッハ2以上の速度で彼女たちは動いているってことか・・・・。(※マッハ1は1225キロですが条件次第でこれも大きく変わりますので、時速約1200キロ前後と表記しました)
流石は精霊騎士。ニャー・ニャー・ルンもセーラ・セーラも間違いなく高位の存在だった。そして、200歳以上の高齢ゆえの事だが、短時間だけなら彼らとタメを張れるローガンは正に疾風か・・・。
道理で精霊騎士がガチで動けば人間の肉眼では見えないわけだ。・・・・ん? 待てよ。精霊騎士ならば可能ってことは・・・。
「ローガン。もしかして・・・・・。」
ローガンは僕が気が付いたことを嬉しそうに笑って答えた。
「ええ。ジュリアン様。
貴方様にもできますよ。」
ローガンの言葉に僕は決意した。
「最前線の兵団への伝令は、私が行う。」
僕の決断はすぐには重臣たちには理解されなかったようで、少しの沈黙が起きた後に猛反発された。
「ええええ~~~~っ!!?
へ、へへへ、陛下っ!! そ、それはなりませぬっ!!
貴方様はこの国の王っ!! 屋台骨であらせられますっ! 貴方にもしものことあれば・・・・。」
最初に抗議したのは見知った顔の50歳くらいの人物だった。
「おうっ!。 貴公は確か、大地震の時に私の指示に従って動いていた・・・・。」
「はい。あの時は殿下・・・陛下の的確なご指示で国民は救われました。あの時、陛下の命令で動いていたウェルネス・ベン・ワイス伯爵です。ワイスとお呼びください陛下。
それよりも先ほどの件、どうかお考え直しくださいませっ!!」
・・・・ワイス伯爵? たしか彼は僕の同級生にして少年少女保護庁を任せたスティールの家が使えている伯爵家だ。彼の名前を聞いてスティールは元気だろうかと気になったが、今はそれどころではない。
「心配してくれてありがとう。ワイス伯爵。
しかし、私の今の話をちゃんと聞いていたのか? 私と精霊騎士ならば短時間での伝令が可能だ。それならば、分断された兵団に速やかに伝令を出し、撤退をスムーズにできる。各隊の合流も可能になる。
これ以上の代案があるというなら、誰でもよいので申せ。それを採用しよう。」
ワイス伯爵は少し渋い顔を見せながら、「代案はございませぬが・・・。」と納得できない様子だった。他の重臣、騎士団勢も代案を出せずに渋い顔をする。しかし、僕らには答えのないものを待つ無駄な時間などどこにもないのだ。
「無駄な議論を続けるつもりはない。代案なくば、私の案を採用することを決定する。
では、次に撤退するルートを話し合おう。各地に散らばる兵団をまとめながらの速やかな撤退を実現できるルートを割り出せっ!!」
割り出せっ! と、命令したのは、単純に僕よりも彼らの方がこういうことに長けているからだ。
傭兵王国ドラゴニオンは要請されれば各国の戦場へ飛ぶ。そんな生業をして育った僕の家臣たちは恐らく世界で一番、外国のルートを熟知している集団だ。この場合は彼らの経験と知識に頼るのが一番だ。
僕は彼らの事を信じて彼らがルートを割り出すのを待った。
そうして、出来上がったルートを元に行動することが決定された。
撤退ルートは有難いことに分配された兵士を合流させつつ北部、中部、南部地方の3ルートで構成できた。これなら僕と二人の精霊騎士が先導できる。
「しかし、問題は何処に配置されたか詳細を把握できていない小規模部隊をどうするかですな・・・・。」
疾風のローガンは地図を指でなぞる様にしながら指摘する。先ほどの家臣たちの話し合いを見ていたが、やはり大部隊は把握できているが、60人より小さい規模の正体がどこに点在しているのかまで把握していないのだ。
「本当に部隊を把握している者はいないのですか?」
ローガンの不安は的確なようで、家臣団もそれを聞いて深刻な顔をしている。
暫くの間、誰もが押し黙って考え込んでしまった。その様子を見ていたゴンちゃんが僕に耳打ちをしてきた。
「ねぇ。小規模部隊のためにこれだけの大人数を救う足止めをさせてしまうの?
放っておいた方が大勢を救えるんじゃないの?
こんなに簡単な問題なのになんで悩んでいるの?」
それは、ある意味正論で、ある意味では悪魔のささやきだった。
ゴンちゃんの一言は実は、この場にいる全員が悩んでいる部分だったからだ。




