いかないでっ!!
「助けてっ!! ジュリアン様・・・・こんなの、こんなのやだぁ・・・。」
クリスの死を魂と体で再確認してしまったオリヴィアは、泣きじゃくる。
仕方がない・・・・こんなの仕方がない。
だって。だって・・・・僕だって涙を止められないんだから・・・・・。
僕らは泣いた。人目もはばかることなく泣いた。そんな僕に師匠は声をかけてくれた。
「よい。ジュリアンよ。泣きたいだけ泣くがいい。
私はお前に男なのだから強くあれと躾けた。
お前は私の命令通りオリヴィアを支えるためにずっと我慢してきたんだろ?
あの日、この城を私と共に脱してから、お前はずっと冷静を装ってオリヴィアを支えてきた。
泣くがいい。今はもう、泣いていい時だ。お前は使命を果たして勝利した。クリスの体はこうして戻ってきたんだ。誰がお前の涙を無様と笑おうか? そのような者がいたら、私がそっ首撥ねてくれる。」
師匠はオリヴィアの心に復讐という名の灯を付けて生きる気力を沸かせた。逆に僕にはずっと、オリヴィアが復讐に取り憑かれぬように守り支える男になれるように冷静でいることを強いてきた。そして、それがオリヴィアを守るためだけではなく、実は僕自身を狂わせぬための配慮であったことを思い知る。
だって、涙が止まらないもの。師匠があの頃の僕にオリヴィアを守り支えよという使命を課してくれていなかったら、とっくの昔に僕もどうにかなっていたのかもしれないとさえ思える。
ずっと我慢してきた。オリヴィア達の為にも強くあろうとして、考えないようにして耐えた。” 今は、クリスの事で僕が悲しみに暮れていてはいけない。オリヴィアを支えなければっ!!” と思っていた。だから、この悲しみを乗り越えられたんだと今、わかった。使命を果たしてクリスの遺体を取り戻した時に改めてもう彼女が生き返らないことを悟った。同時に僕の心は堰を切ったように悲しみがとめどなくあふれ出て来たのだった。
滂沱の涙と共に思い出されるのはクリスとの甘い恋の日々。
一度流してしまった涙は思い出を誘い、思い出は涙を誘う。今まで我慢してきた分の全てが吐きだされ、クリスに対して縋り付いて泣いた。その体の中にはオリヴィアの魂しか入ってないないが、それでもクリスの名を呼んで僕らは泣いた。無限に続く哀しみのループに僕は頭がおかしくなりそうだった。それでも泣かずにはおられない。
悲しい・・・。悲しいよクリスティーナ。
君にもう会えないなんて、悲しすぎるよ。
君の声が恋しいよクリスティーナ。
僕に向けてくれたあの無邪気な笑顔が恋しいよ・・・・。
名前を呼んでほしい。僕の名を・・・クリス。僕の名を・・・・。
僕とオリヴィア、ミレーヌにはそれぞれ違う立場の思いがある。恋人として。親友として。ともに生まれ育ってきた魂の半身として。それぞれが違う立場から違う悲しみを抱いていた。しかし、共にクリスの死を悼んでいることに変わりはない。3人とも感情をコントロールできなくなって泣いた。
しかし、魔神フー・フー・ロー様は、そんな僕達の気持ちを理解した上で、それでも話しかける。
「辛いだろう・・・・。わかる。
だから、そのままでよい。だが、私の話を聞け。お前たちに話しておかねばならぬ事がある。」
師匠の声は不思議なほど僕の心の奥に響く。これも僕と師匠の契約の力だろうか? それとも単純に僕が師匠の事を慕っている想いからだろうか? ともかく僕は泣きながらも顔を上げて師匠を見つめた。
「私はこの度の事で目立ちすぎた。異界の王にも出会ってしまった。今後これまで以上に私への監視と捜索は厳しいものになって来るであろう。
それ故に私は、これより暫く異界に隠れ住み、現世から姿を消す。」
衝撃的な通達だった。師匠がお姿を隠す? 僕を置いて・・・?
「ど、どうして・・・・? クリスの遺体が戻ってきて悲しみに狂う僕に、どうしてそんなことを・・・。このうえ、師匠に去られたら僕は何を支えに生きればいいのですか? 誰が僕を導いてくれるのですか?」
悲しみの最中に僕を置いて去るという師匠に涙の抗議をする。そんな僕を師匠は叱りはせず、優しく慈しみ深い笑みを湛えたままこういうのだった。
「ジュリアン。仕方のない子だ。
お前はもう、国の王なのだ。これからはお前が家臣や民草の道標とならねばならん。王として生きるとはそういうことなのだ。お前の父がそうしたようにな。」
そんな・・・・そんな・・・・。
「今はわからなくても良い。それでもお前は聞いておかねばならない。
私は最後にお前の神として、お前に予言を3つ残していく。」
「予言なんかいりません。お願いです、師匠。
僕を置いていかないでくださいっ!!」
師匠の足に縋り付くような勢いで頼んだが、師匠はそれでも態度を変えなかった。それどころか先ほどまでの優しい態度から一変した毅然とした態度になって周囲の者にも聴くように促しながら予言を伝えるのだった。僕の思いを置いて・・・。
「他の者も心して聞けっ!! これより私が告げる予言は災厄の予言である。
ドゥルゲットが何ゆえに此度の騒動を起こしたかにもかかわる事態だ。
まず一つ目の予言は、あと2年以内に確実に太陽神が死ぬっ!!」
・・・・・・師匠は想像以上に深刻な予言をぶっこんできた・・・・
太陽神。つまり、太陽が消滅してしまうと仰っているのだ。
あまりの情報で僕はおろかオリヴィア、ミレーヌも一瞬、時が止まってしまった。
バー・バー・バーン様も目をむいてビックリしたご様子。周囲の一般人たちがどれほど驚いたかは説明するまでも無いことだと思う。
「だが、慌てるな太陽が無くなるのはホンの数年のことよ。太陽神は数千年に一度必ず死ぬ。
そして、数年のうちに己の体を燃料に復活する。太陽神は死と再生を繰り返して己を常に新しい状態にしておいてこの世界を照らすのが運命の神。正確に言うと鬼神同様に、そうなるように作られたこの世界の機構なのだがな・・。」
太陽は再生する。自分の体を燃やして再生する話は地球の不死鳥を思わせるエピソードだが、こちらは神鳥ではなく太陽だという。僕達の前世を過ごした地球と現世は恐らく時空自体が違うのだろうけど、ものすごい話だ。しかも、師匠・魔神フー・フー・ロー様のお話から考察するに太陽神は現世世界を構築するうえで必要なシステムなのだろう。直ぐには全てを理解できないような話だった。しかし、大変になるのはこの後だった。
「問題は、太陽神が入滅してから再生するまでの間の事よ。
陽の気の象徴である太陽が消えた間は、陰の気の象徴である月だけがこの世界を照らす。だから世界に氷の世界が来るわけではないが、作物は実りが悪くなり、夏が訪れぬ時代が来る。
そして、陰の気が世界に満ち足りることによって、陰の属性を持つ者たちは活発化したり、理性を失う者もいる。例えば、陰の属性を持つ私のような魔神だ。ジュリアン。俺がお前の前から姿を消すのは陰の属性が暴走してお前たちを傷つけぬためでもある。俺は俺の世界に引き籠り、この事態の影響を受けないようにする必要性があるのだ。」
「そんなご事情がおありなのですね・・・・・。」
僕は少し、冷静に師匠の事情を受け入れることができて相槌を打つことができた。師匠の話はドゥルゲットの話にも続く。
「以前は説明することを拒否したがこの期に及んでは語ってやろう。ドゥルゲットも陰の属性を持つ疫病神だったが、奴は奴なりに自分の信徒を守るために行動を起こした。転生者の体に宿る呪いの力を己の体に取り込むことで自分の力を上げ、太陽が消滅した後の事態に備える思惑があったのだ。転生者を作り出した神の計画に割り込んでまでも力を付けようとしたのだ。そのために奴は疫病を広めると言う手段までなりふり構わず使った。疫病を恐れる者たちが多くなれば、奴の神としての力が増すからな。まぁ、奴には奴なりに神としての事情があったわけだが・・・・。許すわけにはいかんので殺した。」
「・・・・・勿論です。アイツだけは許せません。」
僕の眼に力がこもるのを見て師匠は安心したように笑うと続きを語った。
「そして、世界各地で陰の属性を持つ魔神が暴れかねん。どの神が暴れ出してどの神が冷静を保てるかは、私にも正確にはわからんが、確実にこれから起こる事として、もう一つ、予言しておかねばならん。」
次の予言。その言葉を聞いてその場にいた誰もが固唾を飲んで待った。
だが、それとは裏腹に師匠は災厄の予言というわりには慈しむような目で僕を見つめながら昔話のように尋ねる。
「ジュリアン。お前は覚えているか? 私とお前が戦ったあの忌まわしい神の場所を・・。」
当然、覚えています。初めて会った時、師匠は僕を殺そうとした。とっさに僕は水の国の王に封印された黒き神がいる場所に逃げ込み、その幻術の魔力の気配を消すことで師匠に契約違反を起こさせて難を逃れたあの出来事を覚えていないはずがない。
「皆の者。心して聴け。水の国の王に封印されし、あの黒き神が復活する。その時は水の国の王に封印の監視を命令された水精霊の貴族シュー・シュー・ラーは役には立たぬ。水の国の王も異界の理によって要請もなく現世への関与は出来ない。つまり復活を止める手立てはない。
あの神はドゥルゲットなどとは比較にならぬほどの災厄を世界にもたらすであろう。」
誰もが、その予言に震えあがった。
水の国の王に封印されしその黒き神は、性格残虐で悪性強いその神は、7日7晩で3つの古代都市と三つの港を毒の海に沈めたと伝え聞く。
この世界の女神は自身では手に負えず、水の国の王に助けを求めたほど凶悪で強い魔神だったからだ。
そんな・・・そんな・・・・
どうすればいいんだっ!!
動揺する僕に追い打ちをかけるように師匠は止めを刺すように言うのだった。
「その時、私はいない。」
これほどの災厄があるだろうか? 僕もオリヴィアもまだまだ泣きくれているわけにはいかないのだった・・・・。




