ふざけるなっ!!
「ふっ・・・・ジュリアンよ。焦りが槍の穂先に現れておるぞ。
木槍の尖端が揺れておる。
焦りで呼吸が浅くなっておる。
お前が追い詰められている、そのが証拠だ。」
父上の言葉は呪いの予言のように的確で僕を精神的に追い詰めていくのだった・・・・。
実力では僕の方が上であるのに、それ以外の要素で父上は僕に優位を見せている。僕が使うドラゴニオン流鎗術は僕が最も得意とする武術であり、その指南をしたのは他ならぬ父上だ。その父上にとって、教え子の僕の動きは手に取るようにわかる上に、僕の知る技術の更にその奥にある技法。奥義を知る父上にとって僕は圧倒的な脅威とはなりえないらしい。
速く。上手く。鋭く。戦略的な僕の鎗術の全てが父上よりも一段、いや二段は上を行っているであろうに、奥義を知る父上にはそれが通用しないのだ。その理由は恐らく奥義とはドラゴニオン流鎗術の破り方を伝えるものだろう。ドラゴニオン流鎗術を知る敵と相対したときにその敵を打ち破る方法は弟子に師匠が有利を得るにふさわしい技術だった。そうして弟子が身体能力の強さだけで勝ち上がらぬように見届け、十分な知識や精神性。そして実戦経験をもった一流の存在になった時に初めて相伝されるべき技法なのだろう。それ故にそれを習う前に国を未熟なママ出てしまった僕には未知の技術であり、相性最悪の技術というわけだ。
そして、その奥義を僕は見抜けない。
そこから木槍を打ち合わせること数十合。その都度、僕の槍は父上には届かず・・・。だんだんと父上が僕の技に返し技を返すタイミングが合ってきた。
木槍の柄の部分で籠手を打たれること2度。太ももをローキックのように打たれること3度。槍の柄の部分だから有効打として採点されないが、これが穂先、石突部分のような一撃必殺の部位が当たっていれば、すぐに致命傷と判断されて僕の敗北が宣言されてしまう。
その様子を見て傍観者たちがまた騒ぎ出す。
「おおっ!? 今度はミカエラ王が優勢に立っているっ!!」「違うぞっ!! ミカエラ王は初めから追い詰められていなかったに違いない。そうでなければ、この逆転はあり得ない。」「これはジュリアン王子の敗北が濃厚かっ!!」
随分と勝手なことを言ってくれる。
ただ、あっさりと父上の勝ちにならないのは基本的な技術では、僕の方が勝っているからだ。試合時間が長引く中で父上の額の汗の量は増え、呼吸は荒くなって行っている。父上のその姿が、この戦いの壮絶さと、見た目ほど一方的に僕が威圧されているわけではないことが証明されている。父上の方もあと一歩のところで僕に決定打を与えるには至っていない。父上もまた、僕の威圧を浴び続けて疲弊しているのだ・・・・。
しかし・・・。それでもこの優位が覆らない限り、僕の敗北色は濃厚だ。お互いに疲弊していくが、その疲弊していく中で父上には光明があり、僕には攻め手が無い。明らかに僕の方が先にへばってくる。
打たれた籠手と足は一発敗北を宣言されるものではないが、確実に僕にダメージを与えている。
足が痛い。手首が痛い。
防具の上からだから見えないけれど達人の一撃を何度も受けたのだ、打たれた部位はどちらも内出血で浅黒く腫れているだろう・・・・。脈をするようにズキズキと痛む。
こんな攻撃は何撃も耐えられるものではない。あと数度打たれたら、僕は槍を支えきれなくなるし、ステップも踏めなくなるだろう。そうなればボクシングで足が止まってしまった選手のようにボコボコにされてしまうのだ。
僕は明らかに追い詰められていたっ!!
どうしようっ!!
どうしようっ!! 僕は勝たねばならないっ!! 父上や母上、マリアや弟たちを守るためにもこの国を守るためにもっ!!
僕は勝たねばならないのにっ!! その手立てが思いつかないっ!!!
心の中で己の未熟さを悔しがった。そして、やがて来るであろう敗北の時が近づいていることを実感してとても焦っていた。
そういう僕の焦りを見た父上は一つ深呼吸をすると息を整えてから勝利宣言ともとれる発言をした。
「ジュリアン。強くなったな・・・・・。恐らくはこの父以上の槍者となっておる。
だが、・・・・譲れぬ。私にもこれまで王として国を導いてきた矜持がある。
お前の気持ちは嬉しいが、この国の責任は私が取らねばならん。
この程度の試練を乗り越えられぬお前に・・・・・父は責めを背負わさせるつもりはない。それが父として最後にお前に果たせる私の愛と知れ。」(※矜持とはプライドのこと)
父上は、ご自身の真意を述べた。
無かったんだ・・・。最初から僕に王位を継承させるつもりなんて・・・・。
ドゥルゲットに脅されていたとはいえ、ドラゴニオン王国には重い罪がある。その罪を償う前に無事に退位して息子にその責任を負わせるつもりはない・・・・。そう言った。
そう言ったんだ・・・。
・・・・・・ざけるな。
「舐めるなッ!!!
ミカエラ王っ!! 僕がどんな試練を乗り越えて、今、ここにいると思うっ!!?
この程度の試練乗り越えて、必ず王位を奪取して見せるっ!!」
ふざけるなっ!! 僕は怒りで総毛立って吠えた。
今のところ勝ち口は見えない。それでも・・・・それでも僕はこれまで多くの試練を乗り越えてきた。行く度の戦いを乗り越え、試練を乗り越え僕はここにいる。
いつまでも父親の庇護に守られる子どもと思うなっ!! その思いのたけを全てぶつけた。
怒りに任せて父上を怒鳴ったなど生まれて初めての事。父上も目を見開いて、口をあんぐりと開けて驚いている。間抜けな顔だ・・・・。こんなマヌケな顔を晒す父上を見るのは初めてのことだった。想像したこともなかったのだろう。自分の可愛い可愛い幼い息子が自分に吠えるなど、想像もしていなかったのだろうから、王としての威厳も忘れてこのような表情をお見せになったのだ・・・・。その姿を見て今、僕は強大な父の掌から飛び立つ、その時が来たのだと確信した。
そして、父上の方もそれを感じ取ったのか、気を引き締めて勝負に出てくるのだった。
今まで僕の攻撃を待ってから反撃するスタイルを貫いていた父上がついに、ご自分から攻撃に移ってきたっ!!
これまでの戦いで、僕の攻撃を見切り切った自信がおありなのだろう。僕に向かってずい、ずいっと前進してくる姿にその事がありありと映し出されていた。
その踏み込み、押し寄せる波のように淀みなく僕に向かってくる。間合いを詰められた時、槍を長く持つのは不利である。僕はステップバックしつつもいつか訪れる接近戦に備えて槍の柄を短く持ち、備える。
そして、その時がついに来た。
父上の突きを払った瞬間、雷撃のように父上は体を飛び込ませて接近戦に変えて来た。
接近戦の最大の危険は、双方が最速の技を叩き込めることだ。ここからはスピード勝負になる。手数勝負になる。
攻撃の回転が上がり、ガチンガチンと木槍をぶつけあう音の回転も上がり、超アップテンポの16ビートを刻むバスドラのように激しい打撃音が鳴り響く。その応酬に傍観者たちは声も上げられない。
激しい打ち合いは、肉薄すると体格差がモノを言う様になってくる。体重差は格闘技に於いては絶対的な有利であることが顕著に見て取れるようになるのが接近戦ともいえる。巨躯の父上はやがて少年の肉体の僕を追い詰めていく。父上の一撃は重く、僕は技術でそれを凌ぐが、それでも限界がある。その限界は父上に攻撃の手段の多様さを与えることになる。肘打ち、膝蹴り、と言った離れた距離ではありえない攻撃を可能とする接近戦で体格に勝る父上が槍の攻撃に合わせてこれを使うと、正直、僕はかなり厳しい。防戦一方にならざるを得ない。しかも達人の父上の事。ガードの上からも的確に僕にダメージを与えてくる。
痛いっ!! 苦しいっ!! 逃げ場がないっ!! 反撃の手立てもこれまでの攻防で父上に知られてしまって対処されてしまうっ!!
なんてことだっ!! なんてことだっ!!
僕は、僕はこのまま一方的に負けてしまうのかっ!!!
敗北食が濃厚になった僕の弱気を見透かしたように父上は攻防の間隙を縫って意表を突く体当たりを仕掛けてきた。
「あっ!」
と思った時は遅かった・・・。避けようと浮足立った僕の体は体格差も相まって父上の肩に簡単に跳ね飛ばされて地面に叩きつけられる。
「終わりだ‥ジュリアンっ!!」
そう宣言しながら父上が疾風のように速い止めの突きを入れてきた。
その攻撃をかわす手立ては僕にはなかった・・・・。
・・・・なかったはずなのに・・・・無意識だった。
無意識のうちに僕は木槍の石突部分で床を突き、棒高跳びのように跳躍したかと思うと、僕に突きを入れんと突撃する父上の体を飛び越えて背後に回り、父上が振り向く間も与えることなく突きを深々と当て入れる。吹き飛んだのは僕を突き倒そうとした父上の体の方だった・・・・。
無意識だった。無意識で出た攻撃だった。
質実剛健。決して華はないけれど、堅実な攻めが信条のドラゴニオン流鎗術の動きにはない、華麗でアクロバティックなその動きは、師匠・魔神フー・フー・ロー様の得意とする鎗術だった!!
「ジュリアン。お前は俺に似て鎗術を最も得意とするタイプだ。
お前のドラゴニオン流鎗術は俺の鎗術とは形が違うが、俺はそれを矯正しない。何故なら、お前はその鎗術で既に強いからだ。それを下手にいじるのは、お前の鎗術の成長をかえって停滞させる。だから、お前は俺と戦うことで俺の鎗術を学べ。そして、気が向いたら俺の鎗術も使って見るがいいさ。」
師匠の動きを何度も見て、その動きが体に染みついていた僕の体は自然と師匠の鎗術をくりだしていた・・・・・。
僕の心に稽古の時に師匠が話してくれたその言葉がそよ風が流れるかのような安らぎを与えながら響いていた。(※84話「目だよっ!!目っ!!」参照)




