当たらないよっ!!
「いざ、尋常に勝負っ!!」
ローガンの掛け声に合わせて僕らは声を上げる。
「いざっ!!」「いざあああっ!!」
両者下段に構えて睨みあう。その眼光鋭く、一切の迷いが無い。両者の呼吸は深く、意気込みはあるが、気が逸ってはいるわけではない。
お互いに敵に隙を見せつつ敵の隙をつく動作をして見たり、敵に隙を見せずに自分が威圧していき敵を精神的に消耗させようとする。
「位攻め」
上記のように構えや間合いの取り方というような僅かな動作で自分の武術家としての格を相手に見せつけて敵を威圧し、精神的に追い詰めてゆく戦法の事を古武術の世界ではこう言う。これは己の未熟さと敵の上手を知らぬド素人には全く効かない不思議な技法だが、一流の戦士にはこれが滅法効く。実力者ほど敵の実力を察知する能力に長けているので、彼我の実力差を悟れば、自然と精神的に追い詰められて窮地に立ってしまう。(※彼我とは敵と自分という意味)。ただ、位攻めは効果を発揮するのにそこそこ時間のかかるものだ。お互いに一流であるならば精神的にもタフであるし自分以上の強者と戦う経験も十分に経験しているからだ。故に達人同士の戦いは想像以上に睨みあいの多い地味な展開になりがちだ。しかし、その地味な展開の間には常人の想像を絶する精神戦が繰り広げられられている。ちょうど僕と父上の戦いのように・・・・・。
試合が開始されてどれくらい睨みあっているだろうか? 僕自身の体感時間は10分は睨みあっている気がするが、実際にはもっと長い時間が過ぎていても不思議ではない。人は強い集中力を発揮するとき思いの外、時間感覚が狂う。楽しい時間は一瞬出すぎるように感じてしまうあれと同じだ。
じりじりとお互いの距離を詰めたり、少し後ろへ下がって距離を外したりしながら、己の力量を敵に見せる地味な戦いが続いている。
しかし、そのやり取りの中で僕は余裕を得ていた。父上の威圧を軽いと感じている自分がいたんだ。
これまで僕は師匠・魔神フー・フー・ロー様と共に様々な戦いを経験したし、師匠に激しい稽古をつけてもらってきた。その修羅場を潜り抜けて来た僕の経験が、父上という達人を前にしても一切の遅れを見せていない。
・・・・いや。遅れを見せていないどころか、父上は段々と呼吸が浅くなって行っているのが見て取れるようになってきている。僕の威圧に飲まれて行っている証拠だ。
城を追われる前はあれほど恐ろしく巨大に感じていた父上だったが、今の僕には等身大の大きさに感じられる。
・・・・・・・・僕は強くなっているんだ。
僕はそう実感する。
そして、それを裏付けるかのように父上は僕に対して後ろへ下がることが多くなってきたし、その表情には焦りが見える。
なれば・・・。
なれば、ここが攻め時。そう察知した僕は一気に攻勢に仕掛ける。
「やー--っ!!」
と、気合い一閃。僕は大きく詰め寄りつつ、鋭い中段突きを父上に見舞う。父上は体をそらしつつ、手にした木槍で払いつつ、かろうじて僕の攻撃をかわして、僕の左へ回り込まんとステップインする。
その動きを察知した僕は、払われた木槍をペンを回すかのように掌の中でクルリと回して前後を逆転させる。先ほどは槍の刃物部分が付いているいわゆる穂先部分が僕の前方にあったが、回転させたことにより反対側の石突部分が父上の方へ向けられる。最初は槍を長く使うために槍の端っこに位置する部分を握っていたが、反転させた槍は、槍を持つ手が槍の柄の半分くらいに位置する場所を握ることになるために、槍のリーチは短くなってしまう。だが、反面。こうやって槍を短く持つことで多様な動きを実現させることができる接近戦に向いた構えとなる。僕に向かってステップインしてくる父上にとってこれは驚異として目に映ったようで、自ら僕に近づこうと踏み入れた足を止めて後ろへ下がってしまうのだった。
ー 流石に上手いな・・・・ ー
僕は危険を察知して無理な勝負を仕掛けず、僕の誘いにも乗らない父上の試合巧者ぶりに舌を巻く。
これまで仰ぎ見るだけの存在だった父上は質実剛健。常に強者の槍使いというイメージだったが、こうしていざ自分が優位に立った立場から父上を見ると、むしろ父上の上手さを実感できて、感心させられてしまう。父上はあり余るほどの身体能力の高さだけが武器ではなく、この猫のような臆病さ、繊細さを御し合わせて戦える業師でもあった。
・・・・・僕は父上のことがまるで見えてなかったんだな。・・・・
改めてそう反省し、僕は父上のその試合巧者ぶりに敬意を表して、全力で叩き潰す道を選択する。先ほどの魔術戦は、僕にはなかった覇気が今はある。
僕は父上を大人しく投降させるためではなく、倒すために戦うのだ。
覚悟を決めた僕は槍を中段に構えると、突きの威圧をかけたまま、ずい、ずい、ずずいっ!!っと、踏み込んで距離を詰めていく。その進撃速度を父上は嫌がり、下がったり、回り込んだりしようとするのだが、僕の槍のプレッシャーからは逃げられず、何度も僕の槍に襲われる。
・・・・そう何度も。
僕の槍が父上を襲う事、10数度。そのたびに父上はギリギリの回避を成功させる。10数合の打ち合いを無事にやり過ごし、反撃の機会を伺うという威圧を逆に僕に仕掛けてくるのだった。
「えいやー--っ!!」
肺腑から絞り出すような掛け声で父上を威圧しながら、突きに打ち込み、薙ぎ払いの攻撃を仕掛けるも、父上は必死ながら、かろうじて回避している。
・・・・・・おかしいっ!!!・・・・
数十度の攻撃を仕掛けた僕は、その事に気が付き焦りを覚える。
僕は優位に立っている。明らかに実力は僕の方が上だ。その証拠に僕の威圧は父上に効いている。すでに大量の脂汗を額にかいているのがその証拠だ。
にも拘らず、僕の攻撃は全てあと数センチで父上の体を射止めようかとというところで完全に防御されてしまうのだ。そして、それどころか父上は僕の攻撃に対して一回一回、必ず反撃しようとする威圧を僕に浴びせてくるのだ。
このやり取りの恐ろしさがわからぬ傍観者たちは声を上げる。
「ミカエラ王が一方的に押されているっ!!」「防戦一方だ!!」「すごいっ!! 第一王子はここまで強くなられたのかっ!!」と騒ぎ立てる。
バカなっ!! 何を言っているんだっ!! むしろ・・・・
むしろ今、追い詰められているのは僕の方だっ!! 圧倒的な戦力差があるのも拘わらず、僕の攻撃は全て防がれて、攻め手に欠く。それどころか父上が時折放つ返す刀のプレッシャーで疲弊しているのは僕の方だ。まるで今の僕は勝利を確信して城内に進入した敵兵が、その城内の複雑な造りに翻弄されて罠に落ちて討ち死にしていく様のようだ。
何故っ!? 一体、どうしてっ!?
「焦っておるな? ジュリアン。お前の顔を見ればわかるぞ・・・。」
僕の威圧を浴び続けた父上は額に大量の脂汗をかきつつも、余裕の笑みを見せた。
「なぜ? 一体、何故、あと一歩のところで我が槍は届かぬ? そう感じているのだろう?
周りの凡俗どもにはわかるまいて・・・・・。今、攻めに責めているお前が追い詰められていっていることを‥‥。」
僕の心の動揺を見透かしたように父上はニヤリと笑う。
「ジュリアンよ。お前に槍を教えたのは誰であった?
お前の知っている技は私が教えたものであり、お前のまだ知らないドラゴニオン流鎗術の全てを私は知っている。
故に私には手に取る様にお前の動きの先が見える。お前の槍は私には届かないのだ・・・・。」
ドラコニオン流で未だ僕が知らない奥義があるとっ!?
僕はその言葉に焦りを覚える。それ故に僕が父上に攻め切れていないのだとしたら、僕の槍が父上にあと一歩届かぬのも合点がいく。だが、合点がいくということは、僕の槍が父上に届かないことが証明されたようなもの・・・・。だとすれば・・・・。
「わかるか? ジュリアンよ。
先ほどまでのせめぎあいの中、自分の成長ぶりと強さを実感し、この父を追い詰めたつもりでいたのか? さにあらずっ!!
追い詰められているのは、お前の方よ。」
~~~~っ!!
マズいっ!! マズいぞ、これはっ!!
このままでは攻め手に欠く僕の方が何度攻撃しても倒せない相手に対して、攻め疲れを原因で倒されかねないっ!! これは、マズいっ!!
「ふっ・・・・ジュリアンよ。焦りが槍の穂先に現れておるぞ。
木槍の尖端が揺れておる。
焦りで呼吸が浅くなっておる。
お前が追い詰められている、そのが証拠だ。」
父上の言葉は呪いの予言のように的確で僕を精神的に追い詰めていくのだった・・・・。




