鬼神、こわっ!!
「全員っ!! にげろっ!! 今すぐ城内に入れっ!!
異界の王が来るっ!!!!」
フー・フー・ローが放ったその言葉と同時に大雷鳴が鳴り響き、異界の門が出現する。女たちは恐れおののき、悲鳴を上げながら一目散に城内に逃げ込む。城壁を守る役目の巨大な女騎士すら門扉の彫像の姿へ帰っていった。
そうやって皆が無事に逃げ延びるその様子を背中で感じ取りながらもフー・フー・ローは視線を標的から逸らすような一切の隙を見せない。災いの神ドゥルゲットの死の執念が召喚させた異界の門を睨みつける。
やがてフー・フー・ローの眼に二匹の巨大な鬼神が異界の門を押し開けて躍り出てくるのが見えた。異界の門から出現した二匹の鬼神は、巨大な金棒を振り回し、清めの舞を踊った後に、その巨大な金棒で地面を叩きならしながら、火と水の奥の国の王が来られた事を宣言する。
「恐れ多くも畏こくも、我らが火と水の奥の国の王のお出ましである!」
「控えい! 控え~いっ!!」
赤銅色で筋骨隆々のその体に架かるざんばら髪を振り乱し、巨大な牙を噛み鳴らせながらの見栄を切るその姿は、見るものを恐怖させるのに十分だった。(※見栄を切るとは、歌舞伎で役者が決めポーズをとること。)
その口上が終わるや否や、魔神フー・フー・ローが槍を手に鬼神に襲い掛かる。鬼神二匹が「ややっ!?」と、驚きの声を上げる。その槍の一刺し凄まじく、鬼神が槍から身を守るために防御に使った金棒を貫いて鬼神の体に傷を負わす。しかし、鬼神もさるもの。仲間の負傷に動じることなくもう一匹が背後から魔神フー・フー・ローを蹴り飛ばす。
フー・フー・ローはその蹴りを防ぐために槍を手放して背後へ振り向きながら両腕で鬼神の蹴りを受け止める。・・・・が、巨大な鬼神の蹴りに呆気なく吹き飛ばされてしまう。
「ちっ!! さすがは異界の王を守る機構。やるなっ!!」
フー・フー・ローは飛ばされながら、宙でトンボを切って着地せんとするが、その着地点を狙って鬼神が襲い掛かる。鬼神が金棒を振り鳴らせばフー・フー・ローに向けて雷光が走り、足を踏み鳴らせば炎が巻き上がり、指を摺らせて打ち鳴らせば氷の槍が降り注ぎ、両手を打ち鳴らせば大地から超高硬度の材質で作られた金属の槍が湧き上がりフー・フー・ローを襲った。しかし、フー・フー・ローは一切負傷することなくその攻撃を防ぎ切り、あまつさえ自分に追い打ちを入れんと金棒を掲げて接近してきた鬼神二匹の攻撃の間隙を縫って繰り出す得意のサイドキックで吹き飛ばす。この間の行動は人間の感覚では表現できぬほど一瞬のことであった。
吹き飛ばされた鬼神たちは自身らの脇腹にくっきりと残ったフー・フー・ローの足跡を見て「我らを相手に何という・・・・・。」とフー・フー・ローの実力に驚きを隠せずにいた。
だが・・・・・。魔神フー・フー・ローはそれ以上の戦いを望まなかった。
突然、跪き大地に両手をつくと
「力を付けたとはいえ、鬼神二匹を相手にこの程度か・・・・・。
やむを得ん。今の俺ではまだ、異界の王を殺せぬということか・・・・。」
と口にすると、一瞬で大魔法を発動させて、自分のいる場所から鬼神二匹のいる場所に線を引くかのように異界を切り裂き、分断する。分断された異界は実体を失う様に崩壊していく。
「おおおおおっ!? 何事であるかっ!?」
何が起きているのかわからず動揺する鬼神二匹には目もくれず、魔神フー・フー・ローの眼は異界の門より今、現れた王を睨みつけていた。
威厳ある古代の王族の衣装を着て現れた火と水の奥の国の王は、この世の者とは思われない美しい神だった。長い耳にイヤリングを付け、黒の長い髪を三つ編みに束ねて肩から垂らしていた。
アクアマリンのように美しい青の瞳と整った鼻筋。褐色の肌に映える青の瞳は本当に美しく見える。長い睫毛も、その美しい瞳をより大きく見せるのだった。
細く美しいピンク色の唇は、それだけで他人を虜にさせるほど色気に満ちていた。男性神だというのに、人間がこのお姿を見れば例え男であっても一目で恋に落ちるであろうと思わせるほど美しい大神だった。
そして美しいだけでなく、広い肩幅と厚い胸板、太い腕と太い足は、戦士としての優秀さを示していた。そして、何よりもドゥルゲットの神核を吸収した魔神フー・フー・ローが異次元レベルと考えたほどの魔力量だった。
異界の王は魔神フー・フー・ローが成した異界を分断するというありえない奇跡の様子を愉快そうに笑うと、フー・フー・ローが自身に向ける殺気に応えるように話す。
「余の従属を相手にして五分以上に戦うどころか、これほどあっさりと異界を分断するとは・・・・聞きしに勝る魔神よな、そなたは。
よい。余は面白いものを見せてくれたその褒美に、余の姿を直視したその罪を問わぬ。この場はお前の世界が異空間に転移するのを見逃してやろう。どこへとなり消え失せるがよい。」
魔神フー・フー・ローは苦々しくその言葉を聞いていたが、フー・フー・ローの方にも戦闘継続の意思は毛頭なく、ただ一言、鬼神の金棒に突き刺さった槍を見ながら「その槍は褒美にくれてやる。」とだけ言い放つと、自分の作り出した世界と共に一瞬でいずこかへ転移してしまった。
火と水の奥の国の王と鬼神二匹は、主を失って崩壊していく分断された世界に残された。その世界を見ながら火と水の奥の国の王は「不可思議な力を持った神が生まれたものよなぁ・・・。」と呟きながら、次元の壁を切り開いて異界の門を出現させると従者の鬼神二匹を伴って自分の国に帰っていくのであった・・・・。
ー--------------- そして、今 ー----------------------
ドラゴニオン王国の王宮内で向かい合うギューカーン様とバー・バー・バーン様の緊張感が高まって、二人が放つ殺気による毒気に障って僕と父上がまるで地獄に落ちたのかと思うほどの恐怖を感じた瞬間のことだった。
突然、バー・バー・バーン様が右手を出して
「あ・・・・待て。」
「たった今、災いの神ドゥルゲットが死んだ・・・・。」
と言ったのだった・・・・・。
その言葉を合図に父上は、ふーっ・・・とため息をついて肩を落とした。
「これで万事終わったのだな・・・・・。」
そう呟いてからその場に足を伸ばして座り込む父上を横目に見ながら、バー・バー・バーン様は邪龍ギューカーン様に向かって戦闘終了を告げる。
「我らをたばかった悪神ドゥルゲットは魔神フー・フー・ローの手にかかりあえなく死んだ。これにより我らは、この少年に降伏することを我が土の国の王へ誓おう。
ギューカーン殿は安心して国の警備に戻られるがよろしかろう・・・・・。」
ギューカーンは、神妙な顔でバー・バー・バーン様の降伏宣言を聞いていたが、やがて呆れるようなため息をつくと次元の壁を切り裂いて、地の底の国へと帰って行ってしまった。
いきなりの急展開で反応できない僕を置いて・・・・・。
「・・・え? は?
こう・・・・ふく・・・・?」
「・・・は?・・・・なんで?
てか、ドゥルゲット死んじゃったの?」
一人取り残された僕をあきれた眼差しで見る父上と、無視するバー・バー・バーン様。バー・バー・バーン様はレーン・レーン・ルーンのもとへと歩みより傷を回復させると、彼女の頭をヨシヨシするように撫でながら「すべて抜かりなく終わった。よく頑張られたな。レーン・レーン・ルーン殿。」と褒めるのだった。
傷が回復して目を覚ましたレーン・レーン・ルーンも、目覚めた光景に狼狽える様子も無ければ、バー・バー・バーン様に頭を撫でられて心地よさそうに笑っている。え・・・・・もしかして事態を把握できてないのは僕だけ?
「レ・・・・レーン・レーン・ルーン・・・・。何が起きているのか、僕に分かりやすく説明してくれないかな?」
レーン・レーン・ルーンは呆れたように声を上げた。
「はぁっっ!?
貴方、本当にバカじゃないのっ!?
え? ギューカーン殿まで呼び出したの? 何を考えているのよっ!?」
僕、バカじゃないもんっ!!
必死に反論しようとした僕をバー・バー・バーン様が「まぁ、まて。他の者たちにも何が起きたのか、聞かせてやらねばなるまい。」と、両手を叩き鳴らせて止めていた時を再び動かす。
驚いたのは時間が動き出したオリヴィア達だ。戦闘開始の瞬間から、終戦の瞬間へとタイムワープしたのだから・・・・・。
一瞬にして目の前にあった荘厳な造りの謁見の間が、廃墟同然のボロボロな光景に変わる・・・・・。
そして、何故か血まみれのレーン・レーン・ルーンがバー・バー・バーン様に頭をナデナデされててご満悦の様子。
父上は足を伸ばしてリラックスしたように地べたに座るという王にあるまじき態度。
僕は何が起こったのかわからない顔で狼狽えながら、「え? え?」と声に出しながらウロウロしている。
オリヴィアもミレーヌもゴンちゃんも戦闘が始まったばかりの状況だったので、この光景を見て驚かないわけがない。
「「「ええええええええええええー-----っ!!!」」」
三人の驚きの声が謁見の間に響いた・・・・。
なるよねー。




